第3話 勇者凱旋

 一瞬にして魔王軍のうち、100体の魔族が灰と化した。

 魔王軍戦術指揮官アンデットのグレイは生まれて二度目の恐怖という味を知った。

 一度目の恐怖は一回死んだ時。

 勇者ライオネル・ブラッドが魔王城に攻め込んでくるという情報はグレイを指揮官にクラスアップさせた。

 アンデッドは生まれつき、というか生き返った魔族たちの成れの果てである。

 そのため、特別な知能は持ち合わせていない。

 このグレイというアンデッドは別だった。

 前世は王国の軍師をしていたからだ。

 元が魔族でないことから、魔王軍の中では知能は最上級クラスであり、いつの間にか指揮官という重要なポストについていたのだ。

 前からは勇者が魔族を目にも止まらぬ速さで切りつけている情景が広がる。

「アンデッド軍、巨人軍を盾として、後方からダークエルフ軍は魔法で遠距離射撃、中間に獣人軍、ドワーフ軍はその防御体勢に入れ」

  気づいた時には既に口が動いていた。

 グレイの一声で統率の取れた魔王軍はようやく戦闘態勢に入ることができた。

「敵に良い軍師がいるな、いつか会ってみたいものだ」

 皮肉にも、勇者ライオネル・ブラッドとグレイは一度、ゼク王国の近隣に住み着く魔族の一掃作戦で共に戦っていた。

 と言っても、互いは認識しておらず、ライオネルとグレイはまだ見習い冒険者であった為、魔族との交戦に尽力するのみだった。

「この魔王軍全体を相手にするのは骨が折れる。覚醒状態が終わる方が速いだろう」

 ライオネルのオリジナル魔法:覚醒リベレーションの持続時間は5分。タイムリミットが終わると、体は悲鳴を上げ、一時間はまともに戦えなくなる。

 つまり、それはこの戦争の終わりを指していた。

 勿論、魔王軍戦術指揮官のグレイもこれを先読みしていた。

 膨大な力の裏には必ず制約があることは、定石であるからだ。

「相手にしている暇はないか。やはり狙うは魔王の首一個だな」

 英雄剣トラストコードが姿を現した。

 魔王により強制的に魔法因子にまで戻されていた為、修復に時間がかかっていた。

「英雄剣放棄。ラストコードを実行する」

 英雄剣は消えた。

 今度はライオネル・ブラッドの体内に吸収されることはなく、天へと散った。

「とうとう最強勇者も降参ですか。流石にあなたでもこれだけの軍勢を前にして、平然とは戦えないでしょう。最後に言い残すことはありますか?」

 アンデット・巨人軍の背から魔王が姿を現した。

 魔力はどうやら回復しているらしい。

 固有結界展開と魔剣による魔力消耗は魔王軍の活躍により、完全に回復が完了していた。

 片手には魔剣グラディウスを持ち、今の魔王にはどんな魔法も無効化されるだろう。

 以前の勇者ライオネル・ブラッドならば。

「超基本魔法:風塵ウイング・ソード

 勇者が詠唱を終える頃には、魔王の両腕は地面に落ちていた。

「こ、これは」

 絶句した。

 魔王は両膝を地につけ、真っ直ぐライオネル・ブラッドを睨んだ。

「英雄剣の本当の力は英雄(勇者としての権利)を捨てることによって成される。ラストコードを実行することで、全ての魔法は防御不能の魔法になる」

「なるほど、、油断しましたね」

 上位の魔法使い通しの戦闘では、常に魔力を一定量防御に回す。

 つまり、全身に魔力のバリアが張り巡らされていることになる。

 魔王は言葉通り油断したのだ。

「最後に言い残すことはあるか、魔王サイオス・クライン」

 魔王は数秒の時を経て言い放った。

「ない」と。

「そうか」

 どちらが敵かわからない。

 ただ俺は王に言われてやっているに過ぎない。

 魔族の反応を見る限り、俺の方が圧倒的に「魔物」と呼ばれるに相応しい存在だろう。

 そんなことをいつも考えしてまうのが、俺の悪い癖だ。

浄化ヘブンズ・ゴーン

 魔王は光を帯び、その身体は内面から溢れ出す光量に耐えることが出来ず、静かに消えた。

 固有結界は破れた。

 魔族達に既に交戦の意思はなく、それはライオネル・ブラッドもまたそうであった。

 全身は悲鳴を上げ、燃えるような痛みが走る。

 魔王城から数歩進んだところで、ライオネルは倒れた。

 今までで一番心地よい眠りについたことは、この先忘れることがなかった。


 目覚めたのは、何日後だろう。

 小動物が俺の懐に入っては、出て、入っては出てを繰り返していた。

 朝の太陽に照らされながら、漸く魔力が安定してきたことをひしひしと感じながら、ゼク王国への帰路についた。

 途中、魔動物の肉を食いながら、ライオネルは清々しい気持ちで満たされた。

 

 王国へ到着すると、中央広場には沢山の人が集まっていた。

 その中央広場から真っ直ぐ歩くと、国王の待つ城に着く。

 歓声を浴びながら、城へと到着するまで一体どのくらいの時間を要しただろうか。

 息つく暇もなく、王がいる部屋に呼び出された。

 もう少し休ませて欲しいものだ。

 中に入ると、ゼク王国国王のゼク・シュタインが大層な椅子に鎮座している。

 このゼク・シュタインはつい数年前に国王になったばかりだった。

 歳は14歳。

 その近くに立っている男は側近のアルベルト・バトラーである。

 裏で手を引いているのはこの男であることは国民の全員が認識している。

 つまり、この国はアルベルト・バトラーの手の内にあり、王はその操り人形に過ぎない。

 今回の魔王討伐作戦も、兵の無駄を省くために、勇者単体での進軍を余儀なくされた。

 そして俺はこの国が嫌いだ。

 権力という名の暴力は、危険だ。

 時として、魔法以上の威力を発揮する。

 魔王討伐の報酬を貰ったら、この国を出る手筈だ。

「勇者ライオネル・ブラッドよ。よくぞ、ワレのめいを全うしてくれた」

「はい、、」

「ということで、褒美をやろう。アルベルト!」

「はい、王様」

 次の瞬間、ライオネルの下に魔法陣が展開された。

「第一級魔法陣展開、彼の者を拘束せよ」

 ライオネルが避けようとした時には既に遅かった。

 魔法陣から飛び出す鎖に足を拘束されて、動くことができない。

 さらにこの鎖は「指定禁止魔法具:迷羊ストレイ・シープ」であることに気づいたのは、そのすぐ後だった。

 国王補佐アルベルト・バトラーは神官プリースト

 しかも、禁術研究の第一人者。

 いつものライオネル・ブラッドならば、部屋に入った瞬間に魔力の異常に気づいていただろう。

 度重なる戦闘により、ライオネルの魔力感知能力は麻痺していた。

「王国はお前を危険因子と判断した。よって国王の名の下、お前を排除する」

 国王ゼク・シュタインは言った。

 その弛んだ腹はこの国の膿であることを象徴しているように弾んだ。

「貴様、殺してやる。上級魔法、、」

「それはできませんよ。この迷羊ストレイ・シープの鎖で縛られている以上、あなたは絶対に動けない。さらに第一級魔法陣による魔法妨害。いくらあなたが現世最強だといえども、動けまい」

とアルベルト・バトラーは流暢に語った。

 たしかに動けない。

 ライオネルの中には殺意のみが燃えていた。

れ」

 国王ゼク・シュタインの発生とともに、部屋の中に、何人もの魔術師、いやあの装いは聖教徒の連中か。

「汝を神タナトスティアの名の下、抹殺する」

「おっといけない、いい忘れるところだった」

 国王が口を開いた。

「お前の妻、ガロア・ブラッドは俺の手の中だ」

「き、貴様。どれだけ畜生なんだ」

 国王は高々と笑い、腕を振り下ろした。

 何発もの魔法がライオネル・ブラッドに打ち込まれた。

 ライオネルの心の中にはただただ「復讐」の二文字のみが刻まれていた。


 
















 













 

 









 


 

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