第2話 魔王サイオス・クライン

 景色が一変した。

 あたりは草原だったが、空は暗い。

 暗いと言っても妙な明るさがあった。

 しかし、太陽はない。

「また知らない闇魔法か。今日は豊作だな」 

 勇者は上機嫌だった。

「今日は出し惜しみなしで行かせてもらいますよ。なんせ相手があの勇者ライオネル・ブラッドなので」

 魔王は魔剣グラディウスを片手に相手との間を計っていた。

 魔剣というには何とも細かった。

 先程までの英雄剣と比べると、見劣りしてしまうような刀身に従来の人間ならば躊躇うだろう。

 そもそも魔剣は世界に五本ある。

 なお、英雄剣は魔剣には含まれない。

 勇者のみが持てる剣であるからだ。

 五本はそれぞれに特色を持つ。

 例えば、魔剣ゼリエルは「干渉する魔力を全てゼロにする」という特徴がある。干渉する魔力とは放たれた魔法を全て無効化すると言うことにあたる。

 しかし、現世で魔剣を持っているのは魔王含めて2人のみとなっており、他3本の魔剣は行方不明となっている。

 たとえ魔力をほぼ持たない農民が見つけたとしても、膨大な魔力を消費する魔剣に触れただけで、命が尽きてしまうはずだ。

 つまり選ばれた者にしか触れることを許さない剣と言える。

 さて、魔王サイオスが持つ魔剣グラディウスは「最速の魔法を出せる剣」として。魔力を込めるだけで発動でき、無詠唱、連射可能、魔法放出速度増加など、一つの剣でできることは無限にある。


「魔剣グラディウスか、それくれよ。今日から魔剣集めも趣味にするからさ」

「これは代々魔王が受け継いできた剣。流石に差し上げられませんね。もし私を倒せたら話は別ですけどね」

 魔王はここで不敵な笑みを浮かべた。

 普通の人間ならば見ただけで失神してしまうだろう。

 魔王はゆっくりと剣先を勇者のこめかみに向けた。

 それと同時に最速の魔法が勇者の頬を削った。

 赤い血がゆっくりと頬を伝い、地面に染みた。

「不意打ちか、それにしても何年ぶりだ。俺が自分の血を見るのは」

「おかしいですね。脳天を直撃させたはずなのですが」

身体活性ライズを常時かけているからな。でもぎりぎりだったよ」

「そうですか、では幾ら魔法を撃っても私の魔力が切れる方が先ですね」

 魔王は剣先を地面に向け、ゆっくりと落とした。

「そう言うこと。幾ら魔王の魔力量があるとはいえ、魔剣相手に無闇矢鱈に攻めるより、持久戦にも持ってく方が得策だか、、」

「得策だか、、なんですって?」

 勇者の体は地面に引き寄せられるように体勢を崩した。口を開こうと思っても、そもそも頭が上がらないのだ。

「魔剣グラディウスのの能力は「森羅万象」です。この世の全ての事象を無視することこそこの魔剣の恐ろしさなのです。最速で放出する魔法も重量を無視しているためにそう思えるのですよ、勇者ライオネル・ブラッド」

「森羅万象、だ、と。なかなかチートじゃ、ないか」

 身体強化した勇者の体もギシギシと悲鳴を上げていた。

 少しでも気を抜けば重力によって、押し潰されてしまうだろう。

 地面に膝をついていることがやっとの状態であった。

「そう、事象を無視すると言うことはこのようなことも可能です」と言う言葉と共に魔王の姿が消えた。

 次の瞬間、足に冷たい感覚がゆっくりと襲った。

 悲痛の声をなんとか我慢することだけに精一杯だった。

 勇者の足にゆっくりと魔剣を突き刺す魔王の姿があった、それも背後に。

「どうやって後ろに回った?」

「簡単ですよ。時間という事象を超えたのですよ。静止した世界とは何とも美しいものですよ。全ての生き物は停止し、一つの無機物モノとなるのだから」

長年、自分が刺されるという行為とはかけ離れた存在だと思っていた勇者は取り乱すどころか、歓喜した。

「いい、お前いいな。ここまで追い詰められたことは後にも先にもこれきりだろう」

 一瞬の殺気を放つ勇者の一言に魔王は距離をとった。

「まだ本気じゃないようですね、危ないので今一度地面に平伏していてください」

再度、魔剣グラディウスの剣先が勇者に向けられた。

 しかし、勇者は直立していた。

「何故って顔してるな、魔王よ」

 それもそのはずである。

 全ての事象をコントロールすることができる魔剣相手に勇者は重力すらも感じていないのだから。

「どうゆうことだ」

「オリジナル魔法:模倣コピーさ。ほら、今さっきお前が使っていた闇魔法:反転リバースをコピーさせてもらった。事象をコントロールするとは言っても所詮は魔法の一種だ。予め、魔法のをしておけば、簡単に対処できる」

 魔王は笑った。

 笑うことしか出来なかった。

 幼い頃から魔王になる為の英才教育を行い、史上最強魔王とも呼ばれていた天才魔族だった。

 つい数分前に勇者ライオネル・ブラッドと会うまでは。

 そして、自分が住んでいた世界が極々小さいモノだったと認識するまでに時間は掛からなかった。

「素晴らしい、では何故私はこの固有結界を展開したのか。魔王とて勇者と一対一で戦うほど自惚れてはいない。時間稼ぎは十分に出来ただろう」

 魔王が指をパチンと鳴らすと、何処からともなく魔族たちが結界内に現れた。

 総勢1000を優に超える軍勢が一瞬にして、固有結界内に侵入した。

「怪我人の手当てと魔王軍を呼び出す為の詠唱をずっとしていた訳か。多勢に無勢か」

「申し訳ない、勇者。まだ私は死ぬわけにはいかないので」

 魔王が手をかざすと、一斉に魔王軍が勇者に襲いかかった。

 四方八方塞がれ、逃げる道はなし。

 そもそも固有結界から抜け出す方法は術者を殺すことのみである。

「ここまでか  

  オリジナル魔法:覚醒《リベレーション》」

 固有結界内が一瞬にして熱を帯びた。

 勇者のまわりに生えていた草木は燃えはじめ、魔王軍は進軍を停止した。

 ライオネル・ブラッドの体は全身が赤く染まった、燃えるような赤に。

「あれが、か」

 魔王軍幹部巨人族のS・ストロングは呟いた。

「熱いな、やっぱりこれは。てことで一瞬で終わらせる」

 その名の通りオリジナル魔法:覚醒《リベレーション》とは一時的に身体能力を飛躍的に上昇させる魔法である。全身の血液が高循環することにより、体は熱を帯び、赤く変色する。

 超基本魔法:身体活性ライズの更に遥か上をいく魔法を既に勇者は数年前に開発していた。

「近づくことすらできない」

 ゴブリンたちは一目散に逃げ出した。

 その他、魔王軍勢はただその場に立ち尽くすだけであった。

 







 

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