最下層ゴブリンの国落とし

鈴木背徳観

第一章 勇者ライオネル・ブラッド

第1話 勇者ライオネル・ブラッド

 そもそもここに俺が立つ理由は何なのか。

 現世最強勇者のライオネル・ブラッドは底が見えぬ暗闇に掛かる石橋の上で考えた。

 ライオネルはちょうど橋の真ん中付近に直立しており、その行く末には首を九十度上に曲げたところで、天守閣の見えぬことのない魔王の城がそびえ立っている。

 祖国に帰ったら取り敢えず友人のガロアと一杯やろうか、いや先に妻のフレアを抱こう。

 周囲は凍てつく寒さで、植物一つ生えていない。

 勇者の周りを取り囲むのはリザードマン、ドワーフ、ダークエルフ、巨人族、獣人、そしてゴブリン。

 要は人外達。

 決して人類とは分かり合えない存在達。

 彼らに対して、全くと言っていいほど、恨みはない。

 しかし、彼らはあるだろう。

 ここに来る道中に既に同胞を殺されているのだから。

 英雄剣トラストコードはその返り血で真っ赤に染め上がっていた。

「聞いてくれ!俺には戦闘の意思はない。魔王とだけ戦わせてくれれば、お前らを殺さずに済む!と言ったところで通させてはくれないよな」

 トラストコードが紫色のオーラを浴びる。

「全軍攻撃開始!」

という先頭に立つリザードマンの一声で魔王軍の軍勢は橋の真ん中に立つ勇者へと矛先を向け、走った。

「やっぱり聞いちゃくれないか、、、」 

 勇者はゆっくりとその英雄剣を振り下ろした。

 剣先から放たれた紫色の魔力は魔王軍をいとも簡単に吹き飛ばし、気づけば勇者は魔王城の門の前に立っている。

「やっぱりここだけは強力な結界が貼ってあるな。

対物理攻撃を無効化にする魔法か、なら、、、」

 勇者の手から英雄剣が離された。

 いつでもこの英雄剣は勇者が必要な時に現れ、そうでないときは勇者の魔力の一部として体内に帰る。

 剣は塵のように跡形もなく、勇者の体に吸収された。

 それを見るや否や、背後からゴブリンの軍勢が小さい小刀を向け、突進してくる。

 ゴブリンという生き物はずる賢く、しぶとい。

 勇者にとって、一番厄介な魔族かもしれない。

 「爆発魔法:自爆デストラクト

 次の瞬間、勇者の体は木っ端微塵に吹き飛んだ。

 このライオネルが自ら編み出した魔法「自爆デストラクト」は、術者がピンチの時に相手を巻き添いにして、死ぬべしという思いが込められたもの

 特出すべきは、術者の残りの魔力全てを爆発の威力に還元するということであり、の人間であれば、ピンチの時に膨大な魔力を残して死ぬバカはおらず、凡庸性がなさすぎるのだ。

 さらに困ったことはこのような凡庸性のカケラもないオリジナル魔法を作り出すことが勇者の唯一の趣味でもあることなのだ。

 ただ、これは従来の魔法を使用する人間のみに当てはまることで今回の場合では話は別であった。


 城の門は吹き飛び、石橋は闇の底へ崩れ落ちた。

 幸い、魔王陣営の幹部、ダークエルフのマッド・マイオスの対物理&結界により、城の内部には爆発の影響は及ばなかった。

 魔王軍は安堵した。

 勇者ライオネル・ブラッドが死んだのだ。

 哀れにも自らの命と引き換えに魔王軍を全滅させる魂胆だったようだが、結界の仕組みまで理解することはなかったようだと、、、

 一人の、いや一匹の獣人が声を発するまでは。

「あれ」

 指差す先には魔王が座る玉座の後ろで英雄剣トラストコードを魔王の首筋に当てる勇者の姿があった。

回復ヒールだけど?」

どうやら勇者が言うには「自爆」と「回復」を同時詠唱したらしい。魔王軍は勇者の語り口に開いた口が塞がらない様子。

 同時詠唱は無詠唱の更に次の段階である。

 一つの魔法を詠唱すると共に、無詠唱魔法を繰り出すという簡単な構造だが、そもそも無詠唱すら現世で可能なのは指で数えられる程度なのだ。

 さらに、勇者の言うである「回復ヒール」は擦り傷を治す程度の威力しかないである。

 人体再構築を「回復ヒール」で成せるのは恐らく膨大な魔力量があってのことだろう。

 

「はじめまして、勇者ライオネル・ブラッド。私は第859代魔王のサイオス・クラインと申します」 

 魔王は至って冷静であった。

 外見は黒いマントに甲冑のような装備、ではなく、至ってシンプルな白いスーツであったが、それはシワ一つない。

「まずはこの喉元の剣を納めてくれるかな」

「納めない、と言ったら?」

「闇魔法:反転リバース」 

 英雄剣トラストコードは塵と化した。

「闇魔法か、その反転リバースとやらはまだ俺のレパートリーに入ってないな。どうやら魔法因子で形作られたものを破壊するような魔法だが」

「まぁ、そんな感じです。さすがは勇者ですね。闇魔法は魔王か魔王軍幹部のみが扱える魔法のはずなんですが」

「魔法収集が趣味なもので」 

 まるで太陽が照る昼間に一つのテーブルを挟んで、お茶を嗜むような二人の会話に魔王軍の魔族達は口をあんぐりと開けた。

「それはそれは気が合いそうですね。とにかく場所を変えましょう。ここでは戦いにくい」

「そうだな」

「では、闇魔法:固有結界展開ニュー・ワールド」 

 魔王サイオスが魔法を唱えると、勇者そして魔王の周辺の景色が一変した。

 










 

 










 













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