第13話「喧嘩祭り」
慌てて走り寄って見てみると、閃月は体のあちこちが傷だらけであり酷いありさまだった。まだ幼さの残る顔も、瞼が満足に開かない程腫れ上がり、口や鼻からは血泡を噴きだしている。まだ少女であり、この様な荒事に慣れていない陽華にとって、正視に耐えない光景だった。
冥府の門番たる夜叉達は、気性の荒い者が多いと聞いている。その彼らに絡まれた結果、閃月はこの様な無残な姿になってしまったのだろか。
「いててて。あれ? 陽華さんじゃないか。何してんだ?」
閃月の容態を心配した陽華であったが、彼は陽華が近づくとすぐに上体を起こした。話し方はしっかりしており、見た目の印象とは違って意外と元気そうである。
「何って、仕事を終えて家に帰る所よ」
「あっそう。俺はもう少し残るつもりだ」
「それは良いけど、一体何をやってるの?」
「ん? 見て分からないか? ちょっと組み手をやっていたんだよ」
閃月は腕で顔に付着した血を拭いながら、陽華に対して周囲を視線で示した。
言われてみて、陽華は気付いた。倒れていたのは閃月だけではない。夜叉達の巨体が、十数体ばかり辺りに散乱している。彼らも閃月の様に怪我をしており、未だ立ち上がる事が出来ず呻き声を上げている。
「組み手?」
「そう、組手だ。あいつらと一緒に門番をしていたんだけど、誰が一番強いかってのが話題になってさ。それでこういう事になった」
「皆、酷い怪我じゃないの」
「心配するな。俺が最後まで勝ち残ったからさ」
もちろん、陽華が言っているのはそういう意味ではない。
ここには男女の価値観の相違がある。男にとって、自分がどれだけ強いのかと言う事は、ある意味すべての価値に優先するのだ。頭の良さや、金をどれだけ持っているかも価値基準の一つだが、強いと言う事はそれらを凌駕する価値を持っている。
だが、女にとっては男が至上の価値を見出すところの強さとは、とどのつまり暴力でしかない。女にも戦いの強さに価値を見出す者は存在はするのだが、男に比べたら圧倒的に少数である。
そのため、閃月がいくら勝利の喜びを伝えても、陽華にはまるで伝わらないのであった。
「ここまでする必要あったの?」
「最初は
「何言ってやがる。殴り合ってみなくちゃ面白くないって言いだしたのは、お前だったじゃないか」
陽華と閃月の会話に、低い大声が割り込んできた。その声の主は、陽華や閃月の倍はあろうかという巨人で、青い肌をしている。彼は夜叉と言う種族であり、現世では伝説上の存在とされている。そしてこの冥界には実際に生きているのだった。そして、彼もまた酷い大怪我を負っており、元々人間離れした恐ろしい形相だったのが、更に変形して怪物じみている。
「そうだったっけ?
「そうだよ。角力だと流石に体の小さな人間のお前が勝てなかったから、ひと勝負終わった時に言いだしたんじゃないか」
「はは、そうだったかもしれないな」
「こいつ、ははははっ」
鋭播も後遺症は無い様だ。閃月と一緒に呵々大笑している。この様子から、この殴り合いによる遺恨は無さそうだ。
「おっと、紹介が遅れたな。俺は鋭播、見ての通りの夜叉で、この冥府の門番の長を仰せつかっている。一応閃月の上司と言う事になるかな。あなたは閃月の妻の劉陽華殿だろう。疫凶様から聞いている」
「妻と言っても形式上のものです」
「夫婦になる事を承知したつもりはありません」
陽華達は声を揃えて鋭播の言葉に拒否反応を示した。自らの言葉を否定された鋭播であったが、特に気分を害した様子は見られない。かなりの凶相ではあるが、その実大らかな心の持ち主なのだ。
「まあどっちでも良いけどさ、せっかくだから一緒に帰れよ。疫凶様からはお前の勤務は、自由にさせて良いって聞いてるからさ」
「そうですか? でも、まだ他の奴ら起き上がってきませんよ。門番はどうするんですか?」
「まあ俺が一人いれば問題ないだろう。それに、しばらくしたらあいつらも復活するだろうさ」
「そもそも、さっきまで全員倒れていたから、今まで誰も門番の役を果たしていないんじゃないかしら?」
至極もっともな陽華の疑問を、閃月と鋭播は聞かないふりをする。冥府の門を襲撃しようとする者は少ない。そこを守る鋭播達は精鋭であり、これを突破するのは至難の業だ。それに、門を突破して奥の審判の宮殿に突入したとしても、そこの主である十王達はさらに強い。有名な閻魔王や泰山府君といった冥界を支配する神々に勝てる者はまずいないと言っていい。
そして、敗北すれば文字通り地獄行きなのだ。転生や地獄送りに関する審判をする彼らに喧嘩を売るのであるから、当然の事である。
そのため、冥府の門を強行突破しようとする者はこれまでほとんどおらず、鋭播達門番は暇なのであった。
鋭播に促された閃月は、帰宅の準備を進める。畳んで置いてあった衣服を身につけ、一緒に置いてあった竹の水筒から水を飲み、一息ついた。
「水で良いのか? 酒もあるぜ」
鋭播は腰に吊るしていた瓢箪を手にし、中の酒をがぶがぶとあおった。門番の役目を真面目に務める気が無いのか、それともこの程度問題ないほど酒に強いのかは不明である。
「結構、まだ子供なんで」
「そうかぁ。まだ子どもなのに死んじまって残念だったなあ。大人になったら酒とか女とか、色々楽しい事があったのになぁ。おっと、死んでも結婚は出来たんだったな」
「だから、結婚は形式上の事ですって」
「はは、じゃあな。また喧嘩祭りやろうな」
鋭播の見送りの言葉に、閃月は拳を突き上げて応え、陽華は顔をしかめた。陽華としてはあまり野蛮な行いをして欲しくないのだ。
価値観の相違を見せた二人は、新婚生活の場である屋敷に帰っていった。
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