第14話「閻羅王からの呼び出し」

 自分達の屋敷に帰った劉陽華りゅうようか袁閃月えんせんげつを出迎えたのは、山と積まれた銀貨であった。銀貨の山は玄関から入って横にある応接室に積まれている。数日前に仕事に出発する時は、この様な物はなかった。


 陽華達はかなりの財産を保有しているが、皆宝物庫に収めている。


「これは一体?」


「お二人のご遺族が、紙銭を燃やしたんでしょうね。それがこうして冥界に届けられたのでしょう」


 戸惑う二人の後ろから、この事態に関する解説がされた。解説の主は、冥界の役人である疫凶えききょうである。陽華達が冥界に来てから、何かと世話をしてくれている人物だ。


 本人は単なる獄卒だと言ってはいるが、冥府に仕える他の者達からは、かなり丁重に扱われている。彼は実際はかなりの高位の官吏なのではないかと陽華は推察している。


「私たちの実家が、かなりの財物を送り込んでくれたと言ってましたが、そうやって届けられてたんですね。生きている時にご先祖様の供養で紙銭を燃やしたりしてましたが、本当に役に立っているとは思いませんでした」


「紙で出来た銭や細工物を燃やすことで、こうして冥界に居る者にちゃんと届けられるのです。昔から続く風習が、単なる迷信ではないと言う事ですね。まあ、紙で出来た作り物を燃やす以外にも、色々と冥界に届ける手段はありますが」


 疫凶の解説によると、本物の銭を棺桶に入れて死者と一緒に埋葬した場合、死者は冥界にその銭を持参する事が出来る。その銭を使う事により、冥界で様々な物を購入したり、乗り物に乗ったりする事が出来る。例え銭を持たなくても最終的には冥府で審判を受け、地獄送りや転生など、銭の関係ない世界に旅立つのであるが、少しでも楽をしたければ持っているのに越したことはない。


「随分と良い品質の紙でできた紙銭を捧げたようですね。普通の紙銭なら冥界では銅銭となって出現するのですが、ご覧の通り銀貨として出現しています。これは非常に稀ですよ」


 そんな事を言いながら疫凶は、銀貨の山の一部を手に取って懐に入れていった。


「ちょ、ちょっと疫凶さん?」


「あ、お気になさらず。一割を税として徴収しているだけです。ここで取った分は間違いなく冥府の蔵に納めますからご心配なさらず」


「でも、数えもしないで、正確な徴取量が分かるんですか?」


 陽華は金に貪欲と言う訳ではないが、どんぶり勘定で余分に取られるのは流石に気分が良くない。今回実家から送られてきた冥銭が一体どれだけの枚数が有るのか、陽華や閃月自身ですら把握していないのだ。


「問題ありませんよ。私は一目見れば銭がどれだけ有るのか判別できる特技がありまして、見た所十万枚あります。よって、一割の一万枚を持っていきます」


「はあ……」


 世の中妙な特技を持った人物もいるものだ。だが、疫凶は現世の人間ではなく冥界の役人であり、どちらかと言うと神仙の様な存在に近い。もしかしたら、何かの神通力によってこの様な能力を身につけたのか可能性もある。まあ、長年の苦しい修行の果てに習得できると言う神通力が、銭の量を一目で判別するなどと言うものであったら、何か悲しさや滑稽さを感じてしまうのだが。


「ところで、まだお子さんは作っていないようですね」


 必要枚数を徴収し終えた疫凶は、唐突に話題を変えた。このあまりに直截な発言に、陽華も閃月も凍りつく。


「な、何を?」


「そう思う根拠でもあるのですか?」


「ああ、最初に少し説明したと思いますが、すでに死んで鬼になっている身とは言え、お二人は子供を作る事が出来ます。お二人の子どもとして、紙人形が捧げられているからです。しかも、この紙人形はとある高名な仙人の手による宝貝パオペイなので、一晩で生まれるのですよ」


 そういえば、最初に疫凶と出会った時に、その様な事を言っていたのを陽華達は思い出した。


「あ、一晩というのは、行為に及んだ夜の次の日には出産出来ると言う事ですよ」


 疫凶の話が何やら生々しい方向に進んできた。


「む、待てよ? 朝にした場合もやはり一晩待つのか、それとも夕方には生まれるのか……」


 妙な方向に話が進む。疫凶はどうでも良い疑問を覚え、自問自答を繰り返している。


「お二人は、どちらだと思いますか? 私としては、「一晩」と言うのが宝貝が作成された時に設定された条件だと思いますが、単に言葉の綾かもしれません。その場合一定の時間で出産まで行くと思いますが……どうでしょう? 実験してみては?」


「しません!」

「するわけないでしょう!」


 陽華と閃月は口を揃えて拒否した。


 二人は共に十代中頃の顔立ちだ。生きていたとしてもまだ結婚するには少し早い。また、この位の年代でも、家の事情により結婚する者は確かにいるが、普通は母体の安全等を考慮して、十代後半位までは子作りを控えるのが一般的な枢華世界における常識だ。その様な常識のある社会に生きてきた二人にとって、いきなり子供を作れと言うのは抵抗感がある。


「それは残念です。そういえば、実は用事があって来たんですよ。冥府からの仕事の依頼です」


「税金の徴収に来たんじゃなかったんですね」


「雑談をしに来たのでもなかったと」


 また急激に話の方向性を変えられて、陽華達は困惑気味だ。それならそうと、最初から言えば良いではないか。だが、疫凶の顔が急に真面目なものに変わり、陽華も閃月も自然と背筋を伸ばした。


「袁閃月並びに劉陽華は、冥府の第五殿に出頭し、閻羅王の命令を謹んで受け取るように。以上です。詳しい内容は、閻羅王様から直接聞いてください。家に帰って来たばかりのところで悪いですが、すぐに来てもらいます」


 閻羅王は閻魔大王とも呼ばれ、現世においても有名な神である。その様な高位の存在から呼び出しを受けた事に、陽華達は衝撃を受けた。

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