信頼

 橘遼は再び鐘沢の体に打撃を加え始める。


「・・・あんた、つよすぎるっしょ・・・能力使わずにこの打撃・・・どんな訓練したらこんなんに・・・――ぐあっ」


「――うっさいなあほんま、はよくたばってここから出してくれや。このまんまお前を虐めるのも悪ないけど、ワイには人質の数が必要やねん、数が」


「あいつ大人気ですね・・・つくづくうらやましい・・・」

 

「うらやましいなら、妬ましいならなんでこないな真似すんねん」


 橘遼の攻撃が一瞬だけ止む。


「・・・別にうらやましいだけで、妬ましくはないですよ。彼が女の子に持て囃されるなんて必然でしょう」


「ただ血に恵まれただけ、姉貴の威を借りてるだけの奴にどうしてそこまで肩入れすんねん」


「――知ってるからですよ」


「あ?」


「彼が――維新姜也が『才能』なんかで戦ってる人間じゃないって、俺は知ってるんです。入学試験のあの日、俺をボコボコにしやがった維新姜也の『努力』を身をもって体感してるんです」


「何馬鹿なこと言うとんねん、うざったいわほんま、そういう努力とかひたむきさみたいなので何か変わったんか? むしろ逆やろ! 周りの人間に迷惑かけてるだけやろうが。背負い、守る覚悟がないんなら出る杭になったらあかんねん」


 そこまで冷静で冷徹だった橘遼の声が、少しだけ感情のこもった音となった。


「・・・お兄さんも、そこまであいつに因縁をつけるなんて、なにかおありの様で?」


「チッ、黙っとれやボケ」

「うぐッ――」


 強烈な蹴りで鐘沢は転げる。


「もうええ、もう終わりや、茶番はここまでや。二度と立たんでもええようにしたる。その根性だけは認めたるけど、無駄な根性やったな」


 言いながら、橘遼は鐘沢に手をかざす。その手に黒い光が集い、おぞましい何かを作り上げていく。


「ワイの本気で潰したるわ。残りの学園生活ベッドの上で過ごすことになっても後悔せんようにな。――自分の無力さを嘆け」


 禍々しい闇が、橘遼の手に錬成されていく。

 その様を見て、鐘沢は小さく鼻で笑った。


「――何がおかしいんや? 気ィ狂ったか?」


「いやなに、俺でもなんとかなるもんだなって、そう思ったんですよ」


「・・・何とかなってないやろうが。お前は誰も守れてへん」


「まあ厳密にいえば、そうなんすけどね・・・


 鐘沢は幻影飛雷陣ホロ・ライトニングの効果を解いた。サークルの境界が壊れ、二人の空間が再び1-Aの教室と融合する。


「――ッと」


 扉の前に立つ、元凶。その傍らに立つ鐘沢のボロボロの幻影鐘沢

「すまない鐘沢、遅くなった」



 驚愕する橘遼。維新姜也が不在の時間を狙ってきたはずだったのに、その男がここに駆けつけている理由、それは――


「お前、まさか――端からそのつもりで空間を切り取って、情報を遮断したんか。幻影が維新姜也を呼びに行ってることを感づかせないために・・・」


「ご名答っス・・・にしてもほんと遅いんだよ。もう一人の俺が呼びに行ってから、時間かかりすぎだろ・・・おかげでボロボロだぜ・・・」


 鐘沢の能力――幻影飛雷陣ホロ・ライトニングの効果は二つ

 ①サークル上の空間を切り取り、外界との接触を断ち、逃げ場を奪う

 ②能力使用者の体をとして外界に放つ

 絶対に勝てる相手に対しての①、万が一負けた時の②

 鐘沢カイトが『策士』タイプの能力である所以。策は常に万事を周到し、如何なる不測も起き得ない。


 橘遼は標的を維新に切り替える。鐘沢は力を使い果たし、幻影が消えると共にぐったりとその場に横たわった。


「――くそが、人質用意してから、と思ってたんやけどそうウマくはいかんみたいやな。まあエエわ。絶望する顔が見たかったんやけど、サシでボコすのもええやろ」


「やりましょうよ先輩。俺の友達が随分世話になったようですし――久々にカチンと来ました」


 凍り付いた空気が、再び燃え上がる。

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