立昇ジンという男
そんなこんなで翌朝。つまるところ橘遼との決闘を三日前に控えた日のこと。
俺はいつものごとく教室で一人、朝の空気を感じていた。
まあ家に居てもすることがあるわけでもなし、手持無沙汰である。
そんな中、教室の扉が静かに開けられた。
何の気なしに、俺は音のする方向へ顔を向ける。
「・・・よお」
「・・・お、おう、おはよう・・・」
教室に入ってきたのは、立昇ジン――つい先日の決闘で戦った相手――だった。いや、なんかあれから色々ありすぎてこいつのこと忘れてたが・・・
決闘後、体調不良でしばらく休んでいた立昇
「・・・体調、大丈夫なのか?」
「あ、ああ。大丈夫だ・・・」
無茶苦茶気まずい。
かたや俺を退学させようとした男と、その男に腹部を剣で突き刺されながらも勝ってしまった俺。
お腹痛い。古傷が痛むよ。
「・・・鈴宮嬢は、お元気か?」
立昇の席は黒板の真ん前、つまり最前列にあった。席に着くなり、立昇はこちらを見るでもなく俺に問う。
というか嬢って言うの辞めなさい。
「あー、まあ、相変わらずって感じかな。言っとくけどお前が心配してるようなことは何も起きてねえから安心してくれ」
「そう、か」
随分元気のない声だった。
「・・・気になるんだけどさ。鈴宮のどこが良いんだよ」
「・・・愚問だな。鈴宮嬢の美しさ、可憐さ、麗しさその全てを間近で見ているはずの男が、外野の俺にそんな野暮な質問をしてくれるな」
「まあそりゃあ外見はかわいいかもしれねえけどさ、別にそんな皆が囃し立てるような理想の彼女像って訳でもねえと俺は思うんだがな・・・」
無茶苦茶で乱暴で、所かまわず俺にちょっかいかけてくるあいつがどうして男子共にあれほどまでに人気なのか、正直俺には分かりかねる。
俺の言葉に、立昇はしばし黙り込む。
「・・・本当に、ズルい男だな、君は」
「? なにがズルいんだよ」
「いやなに、君の明晰な頭脳ならわかり切っていることだと思っていたんだが、少し買いかぶりすぎていたのかもしれない。忘れてくれ」
「癪に障る言い方だな」
「こっちのセリフだよ、まったく」
沈黙。
なんだこの空気。
「鈴宮に惚れてる男の言うことは全く見当つかないね」
「き、貴様またそのことをッ――」
「安心してくれ、鈴宮にはバレちゃいねえから。ちゃーんと黙っといてやりますよ」
「そ、そういう気配りを求めているわけでは――」
「あそうだ、鈴宮の貴重なオフショットとかどう? 毎月5000円のサブスク形式で売り出そうか?」
「こ、この外道ッ! 50000円まで出す!!!」
「なりふり構わなさすぎだろお前・・・」
勿論気まずい、とか空気が悪い、とか勿論そういう気配ではあるのだけど。
でもまあ、立昇という人間とあの日戦ったことで、気付かぬうちに俺たちの間には絆とまではいかなくとも「何かを話すきっかけ」ができていたのかもしれない。
窓から入る風を感じながら、そんなことを思う。
「なあ」
唐突に、立昇が聞いてくる。
「君は鈴宮嬢のことが好きではないのか?」
「・・・」
好き・・・ね。
胎盤にでも忘れてきてしまった感情だろうか。
どうにもその感情の所在が分からない。
「鈴宮嬢のことを好きな気持ちは変わらないが、それは別に鈴宮嬢と付き合いたいとか、結婚したいとか、そんなものではないのだ。ただ、ただ――」
――鈴宮嬢に、幸せになってほしいだけなのだ
立昇はようやくこちらを振り向いて、そんな殊勝なことを言った。
真面目な顔で、冗談だろと笑い飛ばせる空気でもなかった。
「――だから、その、鈴宮嬢の気持ちにはきちんと答えてあげてほしいんだ。彼女が君以外の男は眼中に無いことは知っている。見てもらえない痛みを俺は知っている。だからこそ、彼女を蔑ろにはしないであげてほしい。傲慢なお願いだがね」
「・・・ああ」
俺は、確かに鈴宮の言葉から逃げていたのだろう。好きという感情が良く分からないと適当に言い訳して、目の前の好意から目を背けてきたのだろう。
まっすぐな好意に対する回答の仕方を知らないから。
だから、俺はこうしてズルズルと良く分からない関係のまま、つかず離れずの距離で彼女と関わってしまっているのかもしれない。
橘楓に対してもきっと同じ要領で、蔑ろにしてしまっているのだ。
「俺は君がうらやましいよ。君みたいにモテる男になりたかったね」
「・・・代わりたきゃ代わってやるのにな」
「ははは、よく言うよ。その役割は君だから出来るんだろう。維新姜也」
「いや大体な――」
ガラガラ、と今度は勢いよく教室の扉があけられる。
「おっはよー! 維新くん! 今日も良きデート日和ねえ、さあ今日はどこに行こうかしら?」
「おはよう維新くん、今日は一緒にお昼ご飯食べようねっ、お弁当維新くんの分も作ってきたから!」
「いや二人とも勢いが――ばふっ!」
鈴宮と橘二人分の果実が俺の顔面に飛んでくる。
毎朝俺は胸に挟まれる拷問を受けることになっているらしい。
「ぶぶぶえばああああ」
もみくちゃにされながら、俺は立昇の方を見た。
彼はもうこちらを見ていなかった。静かに自席で本を読んでいる。こちらの世界と断絶したかのように、一生徒として教室に溶け込んでいる。
他のクラスメイトたちもぞろぞろと教室に入ってきていた。各々が各々勝手に行動をとって、賑やかな我ら1-Aが形づくられていく。
「維新くんどう? 私の胸、苦しくない?」
いや苦しいよ挟まれてるんだからね!
「橘さんのデカいだけの胸より私の包み込むような美乳が良いわよね? 維新くん」
「ぶぶあいうばうあぶあ――」
前後不覚だからどっちがどっちかなんてわかんないよ!! 助けて立昇!
そう心の中で叫びながら、尚も立昇を見遣る。
瞬間、彼がこちらを一瞬だけ振り返った。そうだ! 今すぐ助けてくれ!
そして、彼は――
(うらやま恨めしい野郎だぜ! でもそれでこそ俺の認めた男だ。グッドラック!)
とノートにデカデカと書いた文字と共に、なぜかハニカミ笑顔で親指を立てていた。
ちげえよバカ! そういうことじゃねえ!!! というか謎のキャラ変してんじゃねえ!!
「なに~維新くん、暴れないでよ~ くすぐったい~」
「興奮してるんでしょ♡ ねえ維新くんほ~ら♡」
立昇の顔がまたもπによって塞がれて、俺の意識もまた無間πワールドへといざなわれていくのだった。
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