助言

 橘遼との決闘が決まった夜、俺は何事もなかったかのように帰宅して早々にベッドに横になった。


 今日は鈴宮が先に帰ってくれたおかげでいつもより少し早く帰宅できたのは良かった。橘さんの方も今日は用事があるとかなんとか。


 激動過ぎる毎日に正直辟易しているところではあるが、橘遼との決闘のことを考えるとそんなに悠長に構えても居られない。


 数日で鍛えられる筋肉量などたかが知れている。あいつに太刀打ちするにはそんな付け焼刃ではどうしようもないことなど分かっている。

 それを覆すための戦略であり、策略であるのだ。

 鈴宮にデカいことを言った手前それなりの策を考案せねばならぬが・・・


「だーめだ、なーんも思い浮かばねえ」


 数分立たずして考えるのを辞めた。出ないときは出ない、そういうものである。


 俺は気持ちを切り替えて机に置いていたスマホに手を伸ばす。電話帳のお気に入り欄にただ一人名前のある人物に俺は電話をかけることにした。


「お、どした? 姉ちゃんがさみしくなったか? 我が弟よ」


「いや、寂しくはないけどちょっと聞きたいことがあってさ」


 俺の姉――維新鳳仙はいつものように明るい口調だった。わずか2コール目で応答してくれるなんてどんだけ暇なんだよ。


「・・・もしかして私のスリーサイズか?」


「ちげえよ」


 鈴宮と気が合いそうだな・・・


「橘遼って男、姉貴覚えてる?」


 姉貴は少しの間悩むように唸った後――


「いや、知らんな、そんな奴」


 ばっさり切り捨てた。


「というか大体な、私にとって決闘なんて呼吸みたいなものだから、相手のことなんて正直どうでもいいんだよなあ・・・姜也だってこれまで吸ってきた空気の量とか覚えてないだろう? そういうものさ」


「その例えはパンだろ・・・」


 これまで食べてきたパンの数を覚えているか? みたいなことを言いたいのだろうが、随分話がややこしくなっている。

 まあしかし、姉貴の記憶にないのも無理はない。学生時代無敗を誇った姉貴にとって決闘の相手など確かに「空気」同然の存在感であったのだろう。

 いやはや、本当に俺の姉貴で良かったとしみじみ思うよ。


「あー、でもあれだ」


「ん? 何か思い出した?」


 姉貴はふと思い出したかのように語る。電話の向こうでは随分騒がしい人々の喧騒が聞こえていた。


――ってやつだけは、覚えてるよ。確か一個下だったかなあ? 強いっていうか、支配的っていうか、なんか上手く言えないが風格があったからな」


 正統軍とかいう物々しい軍団の頭、現雄厳学園の首席――疾風猛ねえ。まあそっちは正直どうでもいいが。


「――風格?」


「そうそう、真の強者は戦わずして勝つ。そのための風格ってやつだ。戦う前から相手の心をへし折ってしまえば勝利も同然というわけよ。まあ私にとっては戦わないとつまらないけどな~」


「・・・なるほどね」


 戦わずして勝つ、か。


「私が覚えてるのはそいつくらいだ。でも、急にそんなこと聞いてくるなんてまたなんかやらかしたのか?」


「まあそんなとこ」


 姉貴は俺の言葉を聞いて快活に笑う。


「ははっ、それでこそ我が弟よ。前も言ったが、学生生活を存分に満喫するんだぞ~」


「はいはい・・・ってさっきからスゴイ騒がしいけどそっちは何してんの?」


「ん? 姉ちゃんか? 姉ちゃんはな――」


 姉貴は軽ーい口調でとんでもないことを言う。


 ――姉ちゃんは今、戦争止めてるところだ


 え? 何? 姉貴じゃなくて兵器と会話してる? 俺。


 ――戦車はちょろいんだが、航空機がちと面倒でなあ、一回一回跳躍して船体に飛び乗るのは正直だるいわ


 聞いたことないよそんな跳躍。しかもきついんじゃなくてだるいだけかよ、気持ちの問題なのかよ。


「・・・邪魔してごめん姉貴・・・そ、そろそろ切るな」


 俺が電話しているせいで姉貴が怪我なんてしたらたまったものではない、というか怪我で済むんだろうか・・・


「全然気にすることないぞ~私も姜也と話せて楽しかった! また落ち着いたら連絡して来いよ~」


 どう考えても貴方の方が落ち着いてないんですが・・・


 そんなこんなで俺は電話を早急に切った。有益な情報があったかと言われると微妙だが、それ以上に単純に姉貴が心配であった。


 とはいえ、結局姉貴は何食わぬ顔で平然と任務を完遂して戻ってくるのだろうが。


 もう一度ベッドに寝転んで、俺は一つため息をついた。


 俺も姉貴みたいに強かったらなあ、と思いつつ。


 それでも、俺は今の俺にできる全てをかき集めて、やるしかないのだと思う。


 無いものねだりをしていられるほど、時間に余裕はない。

 有りものを最大限に活用して最たる強さにする、

 それこそが、俺の目指す神算鬼謀というものである。


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