決意

「維新君、私のスリーサイズとか興味あったりする?」


 妖艶な笑みと共に、女豹のポーズをとる鈴宮。透き通る太ももの質感がダイレクトに視覚をぶんなぐってくる。きわどいスカート丈も相まって俺には随分毒である。


「ねえよ、一切ない。俺はそういうのに興味ねえから」


 上から85、58、82。

 超高校級の鈴宮の体になんてこれっぽっちも興味なんてないんだからね。

 右のおっぱいの方がちょっとだけ大きいとか、一ミリも知らないんだから!


「あらつれないのね。高校一年生ともなればそこら中の女性を見て野獣のように盛るのが男性――いえ、維新姜也という男だと思ったんだけれど」


「おいなんでそこで俺を限定したんだよ、そこは広くとれ広く」


「初めて会った時から維新君にはセンスを感じていたの。舐め回すような視線と私を屈服させようとする強い物言い、そしてラッキースケベ性能。完全に性の獣ね」


「言ってろ」


 目の前で机を椅子代わりにして高い場所に座る鈴宮。足を組みなおすたびにひらりとスカートが揺れ、艶めかしい魅惑の光景が俺の眼前に広がる。


 チラリとみて、すぐ目を逸らす。


「今、見たでしょ、私のパンツ」


「紫――っておい! 今誘導尋問しただろ! 卑怯だぞ!」


 ついつい見たまんまを言っちゃったじゃねえか!!

 これじゃあまるで俺が鈴宮の下着を見るために体を若干かがめて下から覗き込むような体勢を取っていた、みたいなことになりかねないじゃないか!

 と、俺は自分の丸まった背筋を伸ばしながらそんなことを思った。


「いや私一切誘導してないんだけど・・・勝手に自爆してないかしら・・・?」


「う、嘘だッ! このペテン師!! 紫!」


「堂々と私の下着の色を叫ばないでくれるかしら。いくら放課後二人きりのラブラブ教室だからといって人が来ないとは限らないわ。私たちの情事は見せものじゃないのよ」


「そもそも情事ではねえけどな」


 情事などという精々官能小説くらいでしか見たことない言葉を使うな。まるで俺が官能小説を毎月のように買いあさっている人間みたいに映ってしまうだろうバカ。

 と俺は手元のスマホに来た通知を見ながらそんなことを思う。通知の内容は「新刊発売のお知らせ」であった。月刊紙。うん。


「まあともかく疑心暗鬼くん」


「誰も信じられない人間不信くんだよそれは。名前遊びとかすんな」


「失礼、ド変態ゴミくん」


「それはそれで謎のダメージがッ・・・」


 案外、鈴宮には俺の隠れた思考なり嗜好なりが見透かされてしまっているような気もする。

 実生活で異性と関わるのは得意ではない。なんというか、まあ、色々あるしな。


「・・・決闘、またするの?」


 少し寂しそうな顔で話す鈴宮。突然の真面目トーンに俺も顔を上げてしまった。


「あぁ、まあ断る権利もないしな。やるしかないだろ」


 橘遼との一騎打ち、残念ながら今のとこ勝ちの目はないが。


「・・・少し心配だわ、今回ばかりは降参した方がいいと思うけれど・・・」


 降参――雄厳学園での決闘の申し出は原則拒否不可能。一方で開戦以降の降参は許される。決闘の場に立ち、その上で降参する。その惨めさこそ降参する人間に与えられる最低最小限の罰なのである。


「・・・」


 鈴宮の言いたいことが俺には痛いほどわかる。なにせ俺自身が一番思っていることだ。

 橘遼という男のあの得も言わさぬ威圧感。限定解除しかできない俺にはあまりにも部の悪い勝負であることははっきりしていた。おまけにあの気合の入りようを見れば、俺が再起不能に叩きのめされても不思議ではない。


 だから、鈴宮が言うように降参してしまうのも手なのだろう。

 戦況を正しく読んで、より賢い選択をする。逃げるが勝ちという言葉もあるように、戦略的撤退という言葉があるように、知略とは「危険を予知して対処する」能力のことを指すのかもしれない。


 だから、降参、ね。


「なあ鈴宮」


「・・・なに?」


「もし、もし俺が勝ったらさ――」


 俺にとっての知略とは、その程度のレベルのモノを指すのではない。

 俺が目指す智謀の極み、それはあらゆる苦境を打破する英知である。

 智こそが力である、揺るがない俺の信念。


 だから俺は、降参などしない。戦略的撤退など鼻で笑い飛ばしてやる。


 我が神算鬼謀を以てして、万物を看破して見せよう。


「――お前の処女を貰うぜ」


「・・・へ?」


 言ってみたいセリフがあったのだ。


 官能小説の主人公が道端で会った女性をナンパして必殺の言葉を放つ。

 主人公に魅せられた女性はその言葉に心を打たれ、そのままホテルへ直行。性愛を貪る。


 なんかかっこいいなと思ってしまった俺はそのセリフをあろうことか鈴宮に放ってしまっていた。


「・・・い、維新くん・・・」


「あ、いやごめん今の――」


 ふと我に返り、弁明しようとした――が、


「べ、べべべべべべべえべべべべべべべえつに維新くんと初めてなんてこれっぽっちも嬉しくないんだから! ちょ、ちょっと用事できたから帰るわね! ばいばい維新くん愛してるわよはーと!!!」


 顔を真っ赤にしたかと思えば、次の瞬間飛び跳ねるようにして、教室をさっていった鈴宮。また、♡がはーとになってしまっているあたり随分慌てていたようだ。


「・・・まあ、たまにはあれくらいいいか」


 いつもやられっぱなしなのも不甲斐ないので、今回はそういうことにしておこう。


 そう思いながら俺はより一層決闘に勝たねばならないという固い決意をしたのだった。


 いや鈴宮の処女を貰うとか誤発射だからね? 一応ね?


 

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