おうちデート?
同日、ステーキデートをよろしく終えた後、俺は鈴宮家の豪邸にお邪魔していた・レッドカーペットが敷かれた廊下の両壁には良く分からない凄そうな名画らしきものが多数飾られていた。
鈴宮財閥・・・なるほど、これが財閥というやつか。
ドレスコードがあっても不思議ではないこの豪邸にファミレス帰りの俺が寄っていいのだろうか、と不安になった。
鈴宮は制服から私服に着替えていた。ゆとりのある部屋着――にしてはずいぶんと不用心なキャミソールを着ていた。
それ、ほぼ下着では??
「維新君、あの男――リョウとかいうやつ、どう思う?」
格好に反して、真面目なトーン。
「どうって言われてもな・・・おっかなそうなやつだな、としか言えねえわ」
ファミレスではひとまず退いてくれたものの、まともにやり合ってはダメな奴だなあいつも。少なくとも肉弾戦で俺が勝てる見込みはなさそうだった。
戦闘ないし喧嘩に必要なのは、時に武力ではなく残虐性である。
奴にはその片鱗が感じられた。容赦のない嗜虐心というかなんというか。
「そう。なら、まあいいわ」
「ん? どういうことだよ」
「どういうことも何もないわよ。念のため戦わないように釘を刺しておこうと思ったのだけど。正しく恐れているのなら別に問題ないわ」
正しく恐れている、まあ、それはそうだろう。
君子危うきに近寄らず、ってな。
だが――
「――やられっぱなしなのは癪だけどな」
俺は小声でつぶやいた。声はこのだだっ広い鈴宮家では瞬く間に露と消える。
「何か言った?」
「いえいえ、何も」
妹さんにやられた分もまとめて、いつかお返ししてやらないと気が済まない、そんな風に考えてしまっていた。
俺は存外、負けず嫌いなのだ。姉貴に似て。
***
「ついたわ」
鈴宮がようやく立ち止まる。たどり着いたのは荘厳な装飾の施された扉の前だった。
「おいおい随分厳重だなこれは・・・」
「能力不詳の殺し屋を閉じ込めておくにはこれくらいしとかないとね」
「・・・どっちもおっかねえなあ」
鈴宮が扉をゆっくりと開く。ギィと古めいた音が響く。
「ご機嫌いかがかしら、橘楓さん?」
部屋の中央に、橘楓は居た。
てっきり磔の拷問でもされているかとも思ったのだが、その処遇はわりかし優しいものだった。
豪華な赤と白色ベースのベッドにちょこんと座らされている橘楓。
黒赤のマントはなくいつもの制服姿で、特徴的な赤髪を指でくるくると巻いていた。その表情は少し屈辱的な悔しさを浮かべていて、ほんのりと赤みがかっている。
「鈴宮・・・さんと、・・・維新くん」
「よお、さっきぶり」
俺は何食わぬ顔で挨拶する。さっきは自分を殺そうとしていた人間に普通に挨拶する当たり、俺も大概だとは思う。が、まあそれは彼女が俺を本気で殺そうとしていた場合の話。
なーんか、妙に気になっちゃうんだよね。あの時の締め技然り、俺を泳がせていたあたりも含め。
だからまあこうして鈴宮にお願いしてお話を聞かせてもらいに来たって訳。
「なあ橘さん、少し俺と話そうぜ。」
「・・・」
橘楓は顔を背けるように俯いてしまった。
む~、少し、哀しいねやはり。気まずさはそう簡単にはぬぐえないか。
「橘さん、俺別にさっきのこと気にしてねえんだ。だからまあ、また一からというか、普通に話せたらなーなんて・・・だめかな?」
「わ、私は、最愛の人である維新くんを殺そうとしたんだよ・・・? たとえ維新くんが助かったんだとしても、もう私に維新くんを愛する資格なんか――」
どうしてそこまで分かっていて俺を殺そうとしたのだろう・・・そして別に今必要なのは俺を愛する資格ではなく、普通に話す権利なのだが・・・
ツッコミたい気持ちは抑えてなんとか会話を修正する。
「いやほんとに気にしなくていいんだ。えーと、なに、その色々あるじゃん。愛情表現ってやつ? 殺したいくらい愛しているみたいなこともあるしさ、俺ああいうのドントこいだから、ビンビンに(殺気)伝わってきたから全然大丈夫」
「・・・維新君あなた、ミスリード多くないかしら・・・? また殺されそうになっても文句言えないわよ?」
あきれる鈴宮。あれ、そんな変なこと言いましたかね。
「ほ、ほんと・・・? 許してくれるの? 維新くん・・・こんな私でもまだ維新くんのことを好きでいいの・・・?」
「も、勿論! 大歓迎さ! 橘さん綺麗だし、いつもみたいに笑ってた方が――っていでええっ!!! 何すんだよ鈴宮!」
右足の指先をなぜか力強く踏んづけられた。鈴宮の横顔は凛々しく嫉妬を示しているように見えた。
「ありがとう維新くん、嬉しいよ。でも私ね・・・伝えておかないといけないことがあるの・・・」
あー、殺し屋の件ですかね。
橘楓が涙目になりながらようやく顔を上げて俺を見た。
少し乱れた赤髪がやけに大人っぽく見えたのは内緒だ。
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