秒速の選択

「ウチのバカ妹がご迷惑かけたみたいで、その節はすんませんなあ」


 開口一番、頭をぺこりと下げて軽い謝罪をする橘遼という人物。

 どうにも、うすっぺらい言葉と態度である。

 さっきの威圧感は一体なんだったんだ。


「リョウさん――でしたっけ? 一体何の用ですか?」


 やや冷ややかな口調で返す鈴宮。ステーキデートを邪魔されてご機嫌斜めのようだ。


「いやーまあそない怒らんでもええやん、妹の件の謝罪も兼ねてちょっと挨拶にきただけや」


「挨拶?」


「そそ、この維新姜也っちゅう男のでっていう挨拶・・・あ、これ別に下ネタちゃうで?」


 ・・・また俺ですか。しかもタマって、完全にアウトでしょ、道を外れちゃってる人の言い方でしょ。


「キミ、よかったなあ人気者で。嬉しいやろ?」


 嬉しいわけあるかボケ。


 随分棘のある言い方で、俺の肩に手を回すリョウという人物。回された手にこもる力がやや強いのは思い込みだろうか・・・


「維新君のことを狙うのは勝手ですが、妹さん同様そう簡単にいくとは思えませんが?」


 強気な鈴宮! グッジョブ! 今だけはお前が心強いぜ! もっと押してけ!!!


「そやろなあ、ワイだけやったら、さすがに厳しいわ。でも――軍単位やったら、余裕やろ」


「・・・どういうことかしら?」


「なあ維新姜也、ワイらの軍団"正統軍"に入る気ィはないか?」


「・・・正統軍」


 言葉を反芻する。鐘沢からの情報にもあった3大勢力の一角、そしてその中でもおそらく最も強大な勢力。


 そんな軍団からスカウトされている・・・だと?


「どういう風の吹き回しかしら、新入生が特定の軍団に入るなんてこと滅多に聞かないけれど」


 そもそも俺は雄厳学園に軍団があることの必要性自体よくわかっていませーん、鈴宮さーん。


「そりゃこれまでの新入生ちゃんたちは実力も分らんかったしなあ。大体が2年目の進級試験を参考にスカウトするのが通例や。でも、こいつは例外。この前の決闘でウチの団長が目つけちゃって、早期収穫のお知らせって訳や」


「団長・・・疾風猛ね」


「そうそう、鈴宮の嬢ちゃんもよーく知ってる猛や。いずれ嬢ちゃんにも声はかかるやろうけど、ひとまず維新姜也ってやつを勧誘に来たわけ、どーやキミ? 光栄やろ?」


「・・・光栄と言いますか・・・」


 そもそも誰だよ疾風猛って・・・とは言えない。現雄厳学園首席――姉貴の次に主席になった、学内最強の男。そんな男に目をつけられてしまったというのは光栄というよりかは――


「――めんどくせえっすね」


「ハァ?」

「さすが維新くん、ぶれないわね」


 驚き顔の見知らぬ先輩。鈴宮は俺の返答に満足げな顔をしていた。


「お話は有難いですが丁重に断らせていただきます。俺別に軍団とか興味ないんで」


 確かに疾風猛はいずれ相まみえる必要性のある男だ。だがしかし、わざわざそいつの軍団に入る義理などどこにあろうか。

 ないね、まったくない、俺は今静かに過ごしたい気分なのだ。


「・・・お引き取り願えますか?」


 俺の淡々とした口調に、リョウという男は、気味悪く笑った。


「カカッ、その舐めた口調と態度、つくづく思い出させてくれるやん」


「・・・思い出す? あなたとは初対面だと思いますが」


 俺を睨むような形相になるリョウという男。


「維新鳳仙――お前の姉貴には世話になったからなァ、思い出したらイライラしてきたわ・・・猛直々の以来じゃなかったらお前なんかワイがこの場で〇したるのになァ」


 今更伏字を使っても遅いのではないだろうか。そもそも俺はこの人の妹に殺されそうになっているのである。散々死ね死ね言われたのである。


「妹さんに似て、強烈な二面性ですね・・・」


「あー? あいつは橘家の落ちこぼれや、関係あらへん。ともかく、この誘いを断るっちゅうことはそれなりの覚悟があってのことやろなァ? この先何が起きても、文句は言えへんで?」


 何が起きても、か・・・ほんとになんでも起きそうな摩訶不思議ワールドだから簡単に頷きたくはない。

 だが――


「お手柔らかにお願いします」


 こんないけ好かない奴に屈するくらいなら、どんな困難でも俺の智謀で乗り越えてやろう。そう思った。


「・・・つくづく腹の立つ奴やな、姉弟揃って」

「・・・お互い様です」


「ケッ、まあええわ、今日は挨拶に来ただけやからな。そういうわけでよろしく頼むわ、ほなまた――維新鳳仙の弟くんと鈴宮財閥のお嬢ちゃん」


 リョウという男はスッと俺から離れたかと思うと、お茶代だけおいてファミレスを後にした。

 なんだろう、なぞの先輩感を出しつつも、ただ感じ悪くしていっただけな気もする。

 そして、あの最初の威圧感・・・く~怖い怖い。


 もうなんか良く分からなくなってハイになってしまった俺に、鈴宮が問う。


「・・・維新くん」

「?」


「その、ごめんね折角のディナーデートなのに邪魔ばっか入って・・・楽しいわけ、ないよね」


 絵に描いたようにシュンとする鈴宮。

 なぜこいつがそんなことを気にするのだろう。邪魔してきたのはあの男で、しかもそもそもこれはデートなのか?


 まあ色々考えて、返答する。


「まあ波乱万丈な人生の方が面白いしな、いいんじゃね(他人事)」


「ほ、ほんと!? 私とのデート楽しい!?」


「あーうん、楽しいおいしい」


「嬉しい! ありがと維新くんっ!!♡ この優男!」


 俺の言葉にぱあっと明るくなる鈴宮。

 変に暗くなられるよりかは、こっちの方が幾分かましだろう。


 訂正したい言葉はいくつかあるが。


「もー好き! 維新くん好きだぞー♡」


 きゃぴきゃぴの笑顔で、満面の笑みで、かわいらしいいなあおい。

 だがしかし、こいつの好き好き告白攻撃に対し、最強の断り文句を俺は身に着けていた。


「いいか鈴宮、告白の後に死んでって言ってくる奴もいるから、俺はその言葉を真に受けてられな――ばふっ」


 ぱふっと効果音がする。


「はーい♡ 維新くんのすきなやつもあげちゃう♡ ほれほれ~♡」


「ばうばふぼふ(なにしてんだ)」


「私の胸の中で眠りなさい~♡」


 まあ「眠りなさい」も意訳すれば、「死んで」と同じような気もするが、これは至極の柔らかさ。人類の柔らかの到達点ともいうべきか。


 鈴宮の魅惑的な両胸に顔を挟まれ、俺はファミレスで天に昇る。


 正統軍? なんだそれ知るか、俺はここで眠るぜ・・・


 周りの客に変な目で見られているかもしれないという不安を抱きつつ、俺は安住のパイワールドに抱かれるのだった。

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