おかわり

「・・・殺し屋?」


 俺は騒然としているファミレスであほみたいな声を出してしまう。


「ええ、そうよ」


「ごめん、うるさくてよく聞こえなかったかもしれない。もう一回言ってもらっていいか?」


「え? いやだからそうよって言ってるじゃない」


「えー・・・殺し屋・・・?」


「ええ、橘さんの家系は由緒正しい殺し屋、世界各国を飛び回り各地で暗躍しているみたいね。"橘家"といえば裏社会ではそれなりに名が通っているらしいわ」


「由緒正しい殺し屋ってなんだよ・・・」


 殺し屋なのに名が通ってていいのか、と思うところもある。

 そして同時に、そんな荒唐無稽でぶっ飛んだ話を顔色一つ変えずステーキを頬張りながら出来る鈴宮に驚きである。そういう世界で長年生きてきてるの? 俺がおかしいの?


「目的はよく分かってないし、そもそもなぜ雄厳学園に入学したのかも定かではないけれど、とにかく彼女は殺し屋の血を継いでいる。あの消力も代々受け継がれている戦闘技術の一環でしょうね。あの謎の技も――」


 謎の技――俺がビデオで見た光景、そして鈴宮が完膚なきまでに消し去ったあの光線のことだろう。


「橘が殺し屋の家系だとして、彼女が殺し屋だとは限らないし、仮にそうだとしても俺が狙われる理由が全くもって分からねえ・・・俺の前世で何が・・・」


「いや別に前世でした悪行の報いを受けてるわけじゃないでしょ。間違いなく今世での維新くんの言動に問題があるのよ」


「俺が何をしたって言うんだ・・・」


「恋する乙女は時に何者よりも凶暴になるのよ」


「よくわかんねえよそれ」


 そんなことわざ聞いたこともねえ。


「恋する乙女に救われたんだから、分かるでしょ?」


 ぐ・・・身を以て体感してしまっているわけか・・・認めたくはないが。


「ま、そういうことに無頓着なのが維新君の良いところでもあるんだけどね。はい、あーん」

「は?」


 言って、鈴宮は妖艶な上目遣いのまま俺の口元にステーキを向けてきた。

 ステーキをあーんするシーンなんて前代未聞だろ。


「食べて力付けなきゃ、また私に守られちゃうよ?」

「・・・うるせえ」


 俺は鈴宮が向けてきたステーキをやんわりと振り払って、自分のステーキとライスを掻きこむ。

 うるせえ、俺が弱くてまだまだなことくらい、自分が痛いほどわかってるっつうの。


「ふふ、元気出たみたいね」


 またも鈴宮は悪戯っぽく笑った。どうにもやはり、こいつといると調子が狂う。

 彼女になどしたくないねまったく。


「――で、そういや橘は?」


 色々とありすぎてほったらかしにしていた問題人物。


「あー、彼女は一旦うちに運んでるわ。聞きたいこともあるけど、まあ実害はまだ出てないから数時間もすれば開放する予定よ」


「俺が殺されかけるという実害は出てるけどな」


「まあその時はまた私が守ってあげるわ、維新くん♡」


「――っ、うるせえなあ。大体お前なんでなんて――」


 ――声の主は横から突然やってきた。


「カップルがファミレスで全解除の話なんて、おもろいことしてるやん。ワイも話にいれてーや。――なあ、維新姜也」


 瞬間、俺は何かにを覚えた。

 空気が地の底へと落ちるかのような、尋常ではない空気のひりつき。


 耳から入ってきた、その言葉に乗せられた重みが、俺の全身を屈服させようとする。


「・・・だれだよ、あんた」


 見上げると、そこには見知らぬスーツ姿の男が立っていた。


「ワイは橘楓の兄――橘遼。リョウでええで。君らの先輩で3年生や、よろしくな」


 アホ毛を一本天に伸ばす細身の男。

 黒スーツに、青のネクタイ。まるでホストのような整った顔立ち。

 ツーブロックのいかつい髪形。その瞳は深淵よりも深く、暗い。

 

 一難去って、また一難。というべきか。


「ちょうど妹の件もあるしなぁ。ちと話そうや」


 俺の隣に座ろうとしてくるリョウという男を前に、俺は一刻も早くこの場から逃げたしたくなる。もう嫌だもっと静かな日常が良い。


 でも、ステーキは食べたいので仕方なく席に入れてあげることにしたのだった。


 負け続きはごめんだから、とかじゃねえからな。

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