財閥のお嬢様?


 橘楓――彼女は鞄から取り出した黒赤マントを即座に被ったかと思うと、不吉な詠唱と共に鈴宮にむけて右手をまっすぐ伸ばした。


 束の間、その右手の先から、無数の閃光が迸る。

 放出された光は乱反射するレーザーのごとく、四方八方に広がりながら、標的となった鈴宮にその矛先を向ける。

 

「――す、鈴宮ッ! 逃げろっ!」


 俺は咄嗟に声を出す。この女――橘楓は只ものじゃない。あのビデオと同一人物であるならば、その力は「全解除」すら凌駕する「未知の何か」だ。何も知らない状態で立ち向かっていい相手ではない。俺の直感がそう告げていた。


 だが、鈴宮はその光を見てもなお不遜な笑みを崩さない。寧ろ、より一層不遜で悪戯な笑みを浮かべていた。

 底知れない自信――俺が鈴宮に常日頃から感じていた馬鹿さ加減というかなんというか、そういった何かがにじみ出ているように感じられた。


 圧倒的余裕。それは、時にあらゆる障害をも超越することが出来る秘訣なのだろう。


――『』。これが私の覚悟よ」


 瞬間、鈴宮自身を真白な光が包んだ。


「ぜ・・・全解除・・・? 鈴宮が・・・?」


 よくよく考えれば、俺は鈴宮の戦闘能力というのを微塵も知らないでいた。てっきり財閥のお嬢様なのだから戦いには向いてないのだとばかり思っていた。

 そんな彼女が、全解除だと・・・? 一握りの才ある将にしか発現できないはずのそれを、鈴宮が・・・


 驚愕。開いた口が塞がらない。


 そのまま、光の中から透き通る白髪の鈴宮が現れる。


「――ハッ!!!!!!!!!!!!!!!!」


 そしてそのまま、鈴宮は一つ、本当に小さな動きで、掌底を繰り出した。

 空気を叩くような、ただの掌底。いわば空手の型の試験みたいな、「空を切る動き」


 彼女の掌底は、文字通り空を切り、そして橘との間にある空間を


 乱反射していた光線はたちまちその存在を歪められ消えゆく。


「な、噓でしょ!? 私の魔道をそんなパンチで防ぐなんて・・・――きゃあああっ!!!」


 空を切り裂いた掌底の衝撃波が、橘に直撃する。

 不可視の一撃だった。


 構えを解き、白い長髪をさらりと振るわせながら、鈴宮は吐き捨てる。


「橘さんそれ本気? 全然つまらないんだけど・・・やるならもっと本気で来てくれないかしら。折角全解除してあげてるんだから、ねえ?」


 笑みを浮かべたまま、嘲るように言う。

 あれだけ軽い動きで繰り出した掌底で、これほどまでの威力。

 全力で、尚且つゼロ距離で当たればその威力はどれほどのものになるのか、考えるのも末恐ろしい・・・


 しかし、攻撃を受けた橘も立ったままだった。見るからに吹き飛んでしまいそうな攻撃を喰らってもなお、立っている。

 俺にとって衝撃だったその光景に、鈴宮も腕組みをしていた。


「ふーん、消力シャオリー・・・ね。そういうのも出来るのね、あなた」


 しゃおりー?


「がっ・・・勢いを殺しても尚これほどまでの力・・・鈴宮凛、あなた一体・・・何者なのよ・・・ただの財閥のお嬢様って感じじゃないじゃん・・・」


「別にあなたには関係ないことでしょう? あなたにとって私はただの恋のライバル、その程度よ」


 なんだろう、鈴宮の圧倒的な強者の余裕が今だけは随分心強い。恋のライバルという言葉には聊か突っ込みたい気もするが、正直この場に俺の入る余地はなさそうだ。


 彼女は、間違いなく俺なんかより強い。

 白髪に稲妻のような闘志を纏い、万物を見透かすかのような白銀の眼。


 姉貴のそれにも似た――


 俺は、力の差をまじまじと感じていた。


「さ、そろそろ終わりにしましょう? 私と維新くんのディナーデート前にちょうどいい腹ごしらえになったところだし・・・さよなら、"武器八百"の橘さん」


「な、なぜ私の真名を―――――――」


 橘が意表を突かれ、言葉を吐こうとした次の瞬間――


 鈴宮は消えていた。目にもとまらぬ速さで橘の懐に入り込み、靡く白髪が垂れるその前に――


「おやすみ」


 目にもとまらぬ第二の掌底。

 空気のはじけるパアンという音と衝撃波が二人を中心に広がり、橘の体は地面に崩れ落ちる。


「・・・や、やりやがった・・・」


 静かに、それでいて完勝。


 戦い、わずか数秒。


「維新君、お腹すいてる?」


 白から紫に戻りゆく髪。鈴宮はいつものように俺に笑いかける。


 小悪魔のようないたずらな笑み。彼女の背後に爛れる夕焼けが見えた。


 鈴宮凛の、勝利を示す暁の夕焼け。

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