急転直下爆撃オアシス
「橘さんって、維新くんのクラスの子じゃない?」
沢渡先生の言葉に、俺は小さく頷いた。
橘楓――鈴宮と修羅場を演じている赤髪の美少女。彼女が図書委員になっていることだけが俺の知りうる最低限の情報だった。
「うーん、まだ委員会にも入ったばかりの時期だからねぇ。維新くんみたいに毎日話す機会でもあれば性格とか特徴とか、何かわかるかもしれないけれど・・・今のところ"至って普通の女の子"って感じかなあ。でも、どうして急にそんなことを? もしかして好きな子なの?」
「いや違います。好きな子ではないです」
「なに~? 怪しいじゃない、維新くん」
沢渡先生が興味あり気に微笑む。
彼女が俺のことを好きなんです、などとナルシストもドン引きするようなことは言えなかった。
"至って普通の女の子"か。まあ、俺にとっては至って普通でもないことは確かだが、それでもやはり「常軌を逸した何か」は感知できない。
ビデオに写っていた黒赤の外套を着た人物。あの強者が橘さんではないかという不吉な推測はやはり俺の勘違いだったのだろうか。
推測の根拠も、所詮彼女の赤髪でしかないわけで、赤髪の生徒などこの雄厳学園にはそれなりの数居そうなものである。それが全世界出資の雄厳学園であろう。
「あ~、大丈夫です沢渡先生、今の忘れてください。ちょっと気になっただけなんで。それと、そろそろ彩音先生に仕事完了の報告しないと叱られそうなので、今日はこの辺で帰りますね」
「あら、そういえば彩音に仕事を頼まれて来てくれたんだったよね。ごめんねうっかり話し込んじゃって。もし彩音に何か言われたら私の名前出していいからね」
彩音先生と沢渡先生は学生時代からの知り合いだということは以前、沢渡先生が教えてくれた。
クラスでボッチな俺と、そんな俺を気遣って(?)雑務を押し付ける彩音先生と、俺を癒してくれる沢渡先生。図書室に山のような資料を運ぶという雑務は週に3回ほどある。本来ならたまったものではないと断るところだが、沢渡先生が居てくれる間は断ることはないだろう。
それくらいに、この時間は貴重なものだ。
俺は穏やかな心持ちのまま、図書室の出入口扉に手をかけた。
「あ、そうだ、維新くん」
そんな俺を、沢渡先生が呼び止める。
なんだろう。
「さっきの話の続きじゃないんだけどね」
俺はゆっくりと沢渡先生の方を振り返る。
「この前橘さんが委員会に出席したとき、これ忘れて行っちゃったみたいなの。橘って名前が刺繍されてるから、彼女ので間違いないと思うんだけど――」
忘れ物。橘楓が図書室に忘れていった忘れ物。そう、ただの忘れ物――のはずだった。
「――ッ、それって」
戦慄する。心配事の8割くらいは実際には起きない、みたいな話があるが俺はそんな言葉を信じない。今のところ俺の不吉な予想は100%的中してしまっている。
「マフラー、かしら。それにしてはちょっと大きすぎるわよね・・・まるで――」
沢渡先生が持っていたその忘れ物を凝視する。
それは黒く、赤く、質量を持たない存在でありながら、無風になびく。
人が身に着けるもの、その中でも大きくいえば羽織る範疇のモノ
そう、まるで――
「マント、みたいよね」
黒赤のマント。
あのビデオに出ていた人間。圧倒的な力で対戦相手を屠った黒赤マントの人間のそれと、全く同じものだった。
体中から嫌な汗がまた噴き出るのを感じた。
その瞬間――
俺が手をかけていた扉が勢いよく逆側から開かれた。
「のわっ!!!」
扉の開く勢いに押され、俺は転げた。
「沢渡先生すみません! あの、先週私が忘れていったものがありませんでしたか!! その、まるで――マントみたいな!!!」
橘楓がそこには立っていた。角度的に彼女が履いている下着が見えてしまったことなど、この状況の悲惨さに比べれば解説するに足りないことであろう。
「――あ、維新・・・くん?」
転げた俺を見て、橘さんは驚いた顔を見せる。転げた俺を心配する沢渡先生。
血の気が引いていく俺。
「あら橘さん、ちょうどよかった。今維新くんに届けてもらおうと思ってたの。このマント、やっぱり橘さんのものなのね?」
沢渡先生の言葉に、橘さんは少しだけうろたえながら答える。
「あー、えーと、それは――」
言葉を明らかに濁す橘さんはチラリと俺を見遣る。
その目には、――明らかな敵意を感じた。
え、なにこの子俺のこと好きなんじゃなかったけ? 好きって「殺したいほど好き」的な、意味の分からない逆説表現? 憎悪のウラ返し? と思わざるを得ないほど、鋭い目つきだった。
「とりあえず、ありがとうございました!」
橘さんはそのまま黒赤のマントを受け取り、瞬く間に自らの学生鞄の中にその全貌を包み隠した。恐るべき収納の妙技。
「――それと、維新くん」
転げたまま冷や汗だらっだらの俺に声をかける橘さん。
なんでしょう、処刑待ちですが。
「――この後、時間ある?」
「・・・はい、あります」
無いと言ったら数秒後に俺の命もなかったことにされそうなくらい冷たい声だった。俺はここでも言論の自由を奪われるのか・・・
図書室というオアシスを出る時、沢渡先生は俺に「ファイトだよ!」の意でガッツポーズを魅せていた。
違うよ先生・・・「
赤髪の美少女――橘楓がスタスタと歩く後ろを、絶望交じりの心境でついていく。
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