鐘沢USB③黒赤軍
黒赤の外套をはためかせて、フードを被った人間が立っている。
向かいには雄厳学園の制服をきっちりかっちり礼儀正しく来ている男子生徒が対峙していた。
グラウンド――そう、あの日俺が立っていた場所と同じ決闘場に二人は立っていた。
「お前が誰だか知らないが、俺がこの学園の平穏を守る! 各クラスがそれぞれに執行権を持つなんて、そんなの認めないぞ! 一体何が目的なんだ! お前は!」
制服姿の男子生徒が恐怖の混じった声で、それでも勇気を振り絞って叫んでいる。
俺は食い入るようにその光景を見つめる。
黒赤の外套を纏った人間――あまりにも異質すぎるその存在感に、俺は意識を吸い寄せられていた。
鐘沢からもらったUSB、その中でも「黒赤軍」に関する唯一のデータとして保存されていたのが、この動画ファイルだった。
ファイル名は、
『黒赤軍団員A VS 生徒会長"炎堂昭太"による決闘』
炎堂昭太――その名前に、俺はどうしようもなく聞き覚えがあった。
動画の世界に、ひと時の静寂が流れる。
赤い外套が風で大きくなびいていた。
男子生徒――炎堂が右手を胸に当て、その手に赤い火を灯す。
「見せてやる、全解除――炎の竜鱗」
比喩ではなく、文字通り、真っ赤な炎をその右拳に宿し、ファイティングポーズをとった。
全解除――彼が使うその言葉は、俺の「限定解除」とはレベルが違う。読んで字のごとく、「全解除は」人間の持ちうる潜在能力の「全て」を解除する。「一部限定」でしか解除できない「限定解除」とは雲泥の差である。
「限定解除」はきちんと訓練すればある程度の人間が出来るようになる。だが「全解除」を意図的に行える人間は、この世の中でほんの一握り。
炎堂という男は、その一握りの「全解除」が出来る人間の中でも、頭一つ抜けた存在だった。それは、雄厳学園に入学した今年の一年生ならおそらく全員知っている。
「俺の全解除を見ても動ぜず、だんまりか・・・ならいい。お前は、名も知られぬまま、ここで果てるんだな!
拘束解除――煉獄破翼拳ッ!!!!!」
炎堂が叫びながら黒赤の外套をなびかせる人間に殴り掛かる。その右手に燃え盛る竜の翼を纏わせながら、必殺の撃拳をお見舞いしようとしていた。
――炎堂昭太は、昨年度の雄厳学園で生徒会長を務めていた男だった。
決闘で選挙が行われるという随分馬鹿げた生徒会総選挙を勝ち上がった――首席の次に強いはずの男。
オープンスクールや学園のHPに顔と実績込みで掲載されるような圧倒的な知名度を誇る彼のことを知らないわけがない。あらゆることに疎い俺でも知っている。
そして同時に、――知ってしまっている。
ある時点から彼にまつわる全ての掲載が取り消され、別の代替人物の写真や実績に差し替えられていたことを、俺は知っている。
炎堂が外套を着た人間に今まさに攻撃を直撃させようとしているとき、俺はこの動画の撮影時刻を見た。動画の右下に、撮影時間と撮影時刻が映っていた。
4月7日――入学式の、あの日。
雄厳学園では、入学式であろうと卒業式であろうと修学旅行中であろうと常時決闘が起こりうる。
だから、別に不思議なことではない。
4月7日を境に、炎堂昭太の情報があらゆる場所で抹消されていたのも、あくまで代替わりの時期で差し替えるタイミングだったから――そう思えば、何も不思議なことではない。
固唾を飲みながら勝負の行く末を見つめる。
燃え盛る炎堂の拳が、はためく外套に漸く触れた、その瞬間――
「!?」
画面が、真っ暗になる。
それと同時に、身の毛もよだつような残虐な音が響く。
ボキ、と。
骨がへし折れる、不快な音。
「う、ぐがあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
明らかに炎堂のモノと思われる叫びが暗闇の中から聞こえた。
それからしばらくして、動画は一瞬だけ状況を映し出して、プツリと切れてしまった。
映し出されていたその一瞬には、右肩を抑え、苦しむように地面にひれ伏す炎堂の姿と、黒赤の外套をはためかせたまま微動だにしない人間の姿があった。
「なんなんだよこいつ・・・」
動画は、そこで終わった。
俺は、自宅でただ動画を見ていただけなのに、体中から嫌な汗が出るのを止められなかった。鐘沢から「黒赤軍」などという仰々しい名前を聞いたときは、正直呆れていたし舐めていたが、舐めていいレベルのモノではない。
明らかに異質な存在、強者の風格だった。
「まさか、まさかだよな・・・はは・・・」
勿論、変な汗が止まらないのはそれだけが理由じゃない。
外套をはためかせていた謎の強者。彼/彼女はフードを被っていた。深く深く、目元が隠れるほどに、深く。
ほんのりと見える顔の下半分は、その表情を一切伺わせない冷徹なもの。
だが、その謎に包まれた表情の奥に――いや、所詮中程度のカメラで撮った映像のバグだと思いたいが――俺は見てしまったのだ。
深紅の赤髪の艶やかさを。
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