オアシス:シリアス
「こんちわー、彩音先生から頼まれた書類ここに置いときますね」
図書室に入るや否や、どさり、と山のように積みあげた書類を見上げながら、俺は言う。
「あ、重かったろうにありがとね~維新くん。彩音ったらすーぐ生徒をこき使うんだから、今度しっかり叱っておかなくちゃね」
「いや、良いんですよ、別に俺大して忙しくないんで」
「またまた~。あの決闘以来、随分人気者になっちゃって・・・皆維新くんのこと放っておかないんじゃない?」
「沢渡先生の人気には負けますよ。一部では図書室の女神って言われてるくらいです」
「も~いい大人をからかうもんじゃありません。維新くん、めっ、だよ」
聖母のような笑みを浮かべながら、受付カウンターに座る沢渡先生は優しく微笑んだ。ここは図書室、そう、漏れなく俺の心のオアシスであった。
入学して以来、散々な日々を送っていた俺は毎日放課後ここに通い、沢渡先生とたわいもない雑談で心を癒していたのだ。
が、最近は例によってあんまり来れていなかった。一週間ぶりくらいか。
騒々しいあの二人は今頃、現代文の補修を喰らっているに違いない。テストに向けた勉強会だってのにあれだけ修羅場にできるんだ、勉強の修羅場もどうぞ堪能していってくれ。
「あの決闘終わってから全然図書室に来なくなったから、てっきり先生は維新くんがリア充の世界に羽ばたいちゃったんだな~って思ってたんだよ?」
「いやまあ色々ありまして・・・」
「色々ねぇ~ ふふ、大人の目を誤魔化そうとしちゃだめだよ、維新くん」
「ご、誤魔化してはないです・・・」
「ふふふ、見える、見えるねえ・・・」
言って、沢渡先生は立ち上がり、ずいっと俺の瞳を覗き込むような姿勢を取った。外跳ねセミロングの茶髪が揺れ、ふわりと柔らかい香りがした。沢渡先生はニット姿で図らずも俺を誘惑する。
「な・・・何が見えるんですか・・・先生ッ」
「うーん、見える、見えるよ~・・・維新くんの悩み悶え苦しむ様子が!」
「ばっちり的中してしまっているッ!!!!」
「へ? あたり? 適当に言ったんだけど・・・」
「ううっ、なんと鋭い指摘! 俺の苦しい学園生活をここまで正確に言い当てるなて! 先生! 今からでも遅くありません! 占い師になりましょう!」
「え、いや、ごめん維新くん、違うの、私そういうつもりじゃなくて、ちょっとふざけてみただけで――」
「沢渡先生の占い教室! うん、これでいきましょう! クラスの夏集会で出し物にするよう提案してみます!」
「ふぇえ!? ま、まってよ維新くん違うんだってば、先生は冗談というかなんというかあわわ~とにかくごめんなさい~」
沢渡先生は俺の言葉に流されるまま、徐々に混乱していった。
畳みかけるぜッ!
「ごめんなさいで済むなら警察と刑事コロンボはいりませんよ! 先生! こういう時はどうするんですか!?」
「え、ええ~そんな微妙にニッチなネタ急に言われてもわからないよ~なに、脱げばいいの? 脱いで三回回ってニャンと鳴けば許してもらえるの~?」
目をぐるぐると回しながら先生は自らの服に手をかける。今日の先生の服はややタイトなニット。脱ぐまでもなくそれはそれで魅力的だった。
というか、沢渡先生の謝罪の次元がドン引きするレベルなのは何でなの。どういう環境で育ったらそうなるの。
兎にも角にも、こんな風に沢渡先生をからかうのが俺のオアシスでの日課だった。
さすがにまだお若い先生の秘めたる姿を見ても責任などとれるわけもないので、ここらでストップ。――責任とれるようになったら見ていたのかなんて野暮な質問はしないように。
***
「も、もう、維新くんったらいっつも私をからかうんだから」
ほんのり紅潮した頬を膨らませて、沢渡先生は腕組みしていた。
怒っているはずなのにカワイイ。これがまさに女神というやつか。
図書室の女神と呼んでいる友達――というか友達など俺に居るわけもないので、これは勿論俺が呼んでいるに過ぎない。というか俺以外の奴がそんな風に先生を呼んでいたら助走をつけてぶんなぐる。
「しーらない、維新くんのことなんてもう知らないもんね~先生は~」
「まあまあいつものように紅茶でも飲みましょう先生、そうだ、聞いてくださいよ、この間ね――」
「――――――」
「――――」
「―――」
「――」
~30分後~
「維新くんったら~、ほんとはいい子なんだから、あんなことしちゃだめだからね? するとしても、私以外の女性には絶対しないこと。約束できる?」
「はい、プロミスです。先生。いえ、アイフルでも構いません」
「よろしい。じゃあ先生がとっておきのおやつあげちゃう・・・ってアイフルってなに・・・?」
「先生はやはり純情であります!」
「ふふ、よくわからないけど維新くんって相変わらず面白いね」
優しく微笑む聖母に戻る沢渡先生。なんたる神。なんというチョロ女神。ああ、こんなところにいたのですね神よ、と俺は無神教でありながら神の所在を感じるのであった。
まあ、前戯というか前座というか雑談をこの辺にしておいて、俺が今日この図書室に来たのは「彩音先生のこき使われ」でもなく「沢渡先生との逢瀬」でもなく、また別の厄介ごとに関する情報を集めるためだった。
そろそろ本題に入らねば日が暮れる。
「先生、ちょっと聞きたいことがあるんですが」
「なーに、維新くん。かわいい生徒のためなら先生一肌脱いじゃうよ?」
「ではまずはそのニットを・・・じゃない危ない危ない」
図書室に来ると俺のIQが普段の10分の1になっている気がする。
「俺が知りたいのは、図書委員についてです」
「図書委員?」
先生はかわいらしく首をかしげる。
「そうです、俺のクラスの図書委員――橘楓さんについてです」
「橘さん・・・?」
橘楓――例の赤髪の美少女にして俺の修羅場の元凶である彼女のことを、なぜ探っているのか。
きっかけは、鐘沢カイトからもらったあのUSBメモリだった。
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