第二の刺客?

「維新くん、問題よ。

 とある学校に見目麗しい美少女が居ました。彼女はとある男の子に毎日毎日声を掛けました。そして彼の為に時間を割いて、あらゆることに協力しました。さて、なぜ美少女は男の子に声をかけたのでしょうか? はい答えて」


「え、えーとですね。鈴宮さん、あの、そんな問題は今どこにもないと言いますか、そもそも今やってるのは現代文の問題なわけで、勿論登場人物の機微を推し量るのは大事なことなんですが聊か限定的過ぎるというか、身に覚えがありすぎるというか・・・」


 俺の机に自らの机をピッタリくっつけ、食い入るような距離で俺に問う鈴宮。

 おかしい、新入生学力試験に向けた勉強会であるはずで、俺が鈴宮に捕食される会ではないはずだ。


「維新くん、私からも問題だよ。

 とある学校にいたいけで純情な女の子が居ました。彼女には好きな男の子がいました。彼女はその子にずっと恋焦がれていて、でも話しかける勇気が出せないでいました。けれどその男の子は意地悪い女に騙されて騒動に巻き込まれ、挙句の果てには怪我までしてしまったのです。そこで女の子は覚悟しました。私が維新くんを救おうと。さあ、答えてみて」


「いやそもそもそれ問題になってないじゃないですか橘さん、なんかよくわからないんですが最後の方に至ってはただの意思表示になってません? 気のせい? 全部気のせい? これあくまでテスト問題を解くための勉強だよな? 二人ともどんな試験を想定してるんだ?」


 鈴宮が右から机をくっつけているのは前述の通りで、俺の前の席である橘さんは真正面から俺を迎え撃つ。――いや迎え撃つな。両肘を俺の机に侵食させて食い入ってこないでくれ。


 どうしてこんなことになったのか。それはもう言うまでもなかろう。


 朝の教室で鈴宮と橘――橘楓タチバナカエデという二人の美少女クラスメイトに詰問され、なぞの修羅場に陥った俺。


 ――この女(鈴宮、橘)とどういう関係なの?

 

 と問われたので、噓偽りなく


 ――どちらもただのクラスメイトですが


 と回答したのだが、その後俺はなぜか両サイドから突如抱擁を受け、女子生徒二名の板挟み、いや、胸挟みの刑に処されたのであった。


「あのねえ橘さん! 悪いけど維新くんは私のだから! 昨日だって二人で愛を深め合ったんだから! ねえ維新君!」


「鈴宮さん、それはあまりに図々しいんじゃない? アンタがやってるのはただの脅迫でしょ? 維新くんを真に思い続けてる私にはわかる! 彼は"ただの幼馴染だと思っていたけどある日突然異性として意識し始めたら案外こいつのこと好きだったわ”的なポジションの私の方が好みに決まってるの! 絶対そう!」


 鈴宮と昨夜の校舎で深め合ったのは「愛」ではなく俺の心の傷だし、誤解のないように言っておくと別にイヤらしいことをしたわけではない。ただ鈴宮に「愛」について延々と語られ続けただけである。教習ビデオ(少女漫画題材のアニメ)8時間分を強制的に見せられながらな。控えめに言って地獄。

 そして橘さんという赤髪の美少女も鈴宮に感化されてるのか大概おかしい。この人は俺の幼馴染ではない。


 俺は胸に挟まれながらそんなことを思ったが、やがて、


 ――まあ、もうどうでもいいわ、やわらけえしあったけえし――

 

 俺は思考を放棄した。またどこぞの誰かが俺に嫉妬して決闘でも申し込んでくるんじゃないかと思ったが、それも二人の柔らかく神聖な胸の前では余りにもちっぽけな憂いだった。


「いいわ! そこまで言うなら維新くんを貸してあげる! でもね、私も同席させてもらうから! 付き人だから! 私!」


「あーそう、それはどうもありがとう。じゃあ維新くん早速で悪いんだけど今日の放課後二人で勉強教えてもらえないかな? 私現代文苦手で・・・来週テストあるじゃない? それに向けて二人で勉強したいなー的な?」


「あのねえ貴方私の話聞いてないのかしら? 言ったわよね? 私も同席しますって」


「同席? ああ、空気と同化できるのね鈴宮さん、意外。私と維新くんの恋路の邪魔をしないよう精々二酸化炭素として役目を果たすんだね」


「――このアマがッ」

「――だーれがアマですって~!?」


 ふーむ。


 俺の頭上で繰り広げられる苛烈な応酬。随分と騒がしいので止めに入ろうかとも思ったのだが、如何せん俺の視界は柔らかなる双璧に囲まれ真っ暗なわけで。天界からわざわざ飛び出て、地獄に足を踏み入れる必要はないかな、などと思っていた。

 まあせめて、その話題の渦中にあるのは俺自身だということくらいは、認識しておくべきだったのかもしれない。いくらおっぱいワールドに脳をやられていたとしても、な。


 ――まあ、そんなわけで放課後。


「はい維新くんあーん、休憩のおやつだよ~勉強には頭を使うからね~特製チョコだよ~」


 右から鈴宮がチョコを差し向けてくる。


「い、維新くん私とポッピーゲームしよ? 勉強の合間にはこういう遊び心も必要だと思うんだ」


「橘さんあなた、ポッピーゲームにかこつけて維新くんとキスしようとしてるでしょ」

「鈴宮さんもその特製チョコにどうせイヤらしい何か入れてるんじゃないの? そうやっていつも維新くんを誘惑しようとしてるじゃない」


 さっきからずっとこの調子。勉強なんて一ミリも進んじゃいない。開かれっぱなしの参考書もきっと泣いているだろう。

 大丈夫、俺も泣いている。


「あ、あの二人ともそろそろ仲良くして――」


「「維新くんは黙ってて!」」


 ・・・はい。


 なぜだろう。俺に言論の自由はやはりないのだろうか。


 俺の眼前で美少女二人が繰り広げる罵り合いを聴きながら、俺は参考書の例題を解いてみることにした。随分と長い問題文の後に、選択形式の問題が書かれている


【問題】

「最後の場面において、この時の主人公の心情を答えよ」

①二人の言葉を信じようと思った

②二人の言っていることが分からず、整理してからまた考え始めようと思った

③二人の言っていることと、自分の考えが違ったため、反論しようと思った

④諦めた


 俺は問題など全く読んでもいないのに、④に丸を付けた。哀しいね、世界。

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