第三章 維新姜也の選択

嵐の後の静かな嵐?

 翌朝、1-Aにて。


「よ、維新姜也、昨日の決闘見事な作戦勝ちだったようだな。柔を以て剛を制すとはこのことかと感心したぜ。頼むから退学なんてしてくれるなよ、我が戦友」


 いつぞやの時と同じように、登校時間が少し早かったが故に俺は鐘沢カイト――入学試験でボコボコにしてしまったやつ――に絡まれていた。まあ、俺は現状ボッチなわけで、そんな俺に構ってくれるこの男に微塵も感謝していないかと言われるとそうでもない。ミジンコくらいには感謝しているのだが。


「・・・ミジンコ・・・」

「おい、誰がミジンコだよこの野郎」


 おっと、ついつい本音が漏れてしまったようである。


「せっかく昨日見舞いに行ってやったっていうのによお、そりゃないぜ兄弟」

「いや俺はお前とブラザーになった記憶はないが・・・お前が俺の見舞いに?」

「お前しかいねえだろ。まあ、実際のところ部屋に入ってすぐに鈴宮さんが来たから、見舞い品だけおいて帰っただけなんだけどな」

「・・・また鈴宮か」

「おいおい浮かない顔だなあ。いいじゃねえか、あんなかわいくて人気の鈴宮さんにつきっきりで看病してもらえたんだろ? 愛のパワーで超回復、痺れるねえ・・・」


 愛のパワーで超回復。うん、近からずも遠からずというべきか、なんというか。

 これ以上は墓穴を掘りそうなのでやめておいた。


「まあ、その、なんだ、見舞いに来てもらったのに気付けなかったのは悪かったな。さんきゅう」

「・・・お、おう。なんだよ、急に」


 いやなんでどいつもこいつも俺が感謝するたびに戸惑ってるんだよ、おかしいだろ。俺は暴君かよ。 


「で、今日は結局何しに来たんだよ、まさか俺の健康状態でも見に来たわけじゃあるまい?」


 頬杖を突きながら、俺の正面に座る鐘沢を指さす。鐘沢は前の席の誰かの椅子に、反対向きで座っていた。


「ふっふっふ、流石だな我が盟友、話が早い。本題というのはだな、お前のこの学園での身の振り方についてだ」

「身の振り方?」

「要はどの勢力に属するかってことだな。俺の調べた情報によると、雄厳学園の内部情勢ってのはどうにも荒れているらしくてな。3つの大きな派閥が互いに鎬を削っているみたいなんだ。昨日の決闘で図らずも維新姜也の名が知れ渡ってしまった以上、今後お前に降りかかる災難の隠れ蓑は見つけておいた方がいいんじゃないかと思ってな」


「ほえー、そんなことに・・・」


 なんだよそれ、世紀末じゃん。


「入学してから各所を飛び回ってごまをすり、靴を舐めてでも集めてきた勢力ごとの内情データも完備だ。これをお前に見せようと思ってな」


 鐘沢は胸ポケットからUSBメモリを取り出した。どうやらその中にこの雄厳学園の勢力状況とやらが詰め込まれているらしい。

 しかし、情報を得るためだけに靴まで舐める必要はあったのだろうか。ホントのホントに世紀末すぎやしませんか・・・?


「さっきも言ったが、この学園は現状3つの大きな勢力に分かれてる」


 鐘沢の解説がここぞとばかりに始まった。


「1つ目が、雄厳学園現主席――疾風猛が所属する3-Gを中心とした勢力。3つの勢力の中で最も規模が大きいな。とにかく欲望の赴くままに決闘を開いては圧倒的な実力で踏破。まさに現時点でのトップだな。巷では"正統軍"、なんて呼ばれてるらしい」


 軍て、国家かここは。いや、いずれ国家を代表する面々がそろっているのは確かだろうが・・・


「2つ目が、雄厳学園風紀委員長――碧葉劉染アオバ リュウゼンが所属する2-Dを中心とした勢力。正義、中立を重視しているらしく正統軍相手にも時として敵対するくらいその決意は固いものらしい。そこからとって通称は"中立軍"。結構情報を集めるのに苦労したんだぜ、これでも」


 情報集めに苦労したというが、確かに鐘沢が決闘までのここ数日、顔を出してこなかったあたり事実のようだ。


「んで、最後の三つめなんだが、ちょっと全貌は掴めちゃいないんだが・・・"黒赤軍"っていうとこらしい。名前にもある通り黒赤のマントを着用しているらしいが、正直ほとんど情報がないんだ」


「情報がないってなんだよ、靴舐めはどこ行った」


「靴舐めは正統軍の情報をくまなく集めるときに使った、逆に中立軍は俺を丁重にもてなしてくれたんだが・・・黒赤軍は舐める靴すら見当たらなかったぜ・・・」


 あったら舐めてるけどな、と続けた。やはりこいつは馬鹿なのか。それとも単に羞恥がないだけなのか。――まあ、羞恥など迷いを産むだけ邪魔だと思えば、ある意味賢い生き方ではあるが。


 ともかく。


「まあその情報があるのは分かった。で、俺に何をしろって言うんだ?」


 鐘沢からUSBメモリを有難く受け取ってから聞いてみる。勢力云々はまあ分かったが、結局俺は何をしたらいいんだ。


 いいか、何度も言うが俺は可能な限り静かな学園生活を送りたいんだ。必要最小限の決闘で、俺は俺の野望を叶えたい。無駄な勢力争いなんてごめんだぞ。


 しかし、そんな心配をよそに、鐘沢は手を横に振った。


「いやいや、大丈夫大丈夫。お前がすることは何もねえよ。安心してどっかり構えとけばいい」


「・・・? どういうことだよ、さっき身の振り方を考えとけって言ったのはお前だろ?」


「ああ、考えてはおくべきだ。でも結局動くのはお前じゃない、だからまあ待ってろ」


 それに、と鐘沢は付け加える。


「それに、――もし仮にそうなったとしても、このクラスの姫君方がそれを許さないだろうぜ。鈴宮さんもいるからまあそれはそれで熾烈な争いにはなりそうだけどな」


 ぞろぞろと生徒が増え始める俺のクラスを見回しながら、鐘沢は楽しそうに言う。こいつ、含みがあるというかなんというか、バカなのか賢いのかいまいちわからない。

 というか姫君って何だよ。


「――あのなあ、お前もうちょっと俺にも分かるように――」

「――あっ! すまねえ! 今日は室長の代わりにやらなきゃいけないことがあったんだった! このままじゃクラスメイトに殺されちまう! またな維新姜也!!」

「お、おい――」


 俺の質問に答えることなく、鐘沢は前回同様光の速さで自らのクラスに帰っていった。なんなんだよあいつまじで・・・俺の脳内をしっちゃかめっちゃかにしてるだけじゃねえか。


 ひとつ、ため息をついたところで、


「おはよう、維新くん」


 俺の前方から聞きなれない声がした。鈴宮ではない。


「お、おはよう」


 ・・・誰? 

 目を遣ると、そこにはショートカットの赤髪をふわりと揺らす、可憐な美少女が立っていた。前髪を髪留めで上げている感じが実にスタイリッシュに映える。むっちゃ足早そう。


「さっき座ってた人って、友達?」

「・・・あ、ああ、別クラスの奴で・・・ってごめん、この席勝手に使ってたわ」


 どうやら、俺に声をかけてくれた女性は俺の前の席の人らしい。鐘沢が無断で使った椅子を手で払ってから謝罪した。


「ううん、全然いいよ。維新くんと関わりある人なら問題ないから」

「? そ、そっか、ならよかった」


 なんだか少し意図を組みかねたが、まあなんとかなったので、俺は疑念を掻き消した。


「あ、そうだ、維新くん――」


 俺が机の中身を取りだして、一限の準備をしようとしたその時、前の席に座る赤髪の美少女が俺の方を振り返った。俺はその声に心臓を掴まれたかのような恐怖を感じる。別に暗い声ではない。ただ、一定のトーンで感情を押し殺した声だった。


「維新くんとあの鈴宮って女、一体どんな関係なの? もしかしてあの女と付き合ってるの? 違うよね?」


 二コリ、ときれいな顔で笑う彼女。いやしかし、言葉の随所に謎の棘を感じてしまう。


 あれ、おかしいな。決闘に勝って穏やかになるだろうと思っていた学園生活だが、まだまだ波乱の予感・・・


「維新くんおはよ~!! 昨日はお楽しみだったわね~~~♡」


 そこそこの声量で叫びながら、鈴宮が教室に入ってくる。

 ま、まずいよお(?)。


「・・・鈴宮さん、今私が維新くんと話してんだけど?」

「あらあら橘さんじゃない~、私の維新くんに何か用? アポ取った? お生憎さま、一か月先まで私の予約で維新くんのプライベートは埋まっているわ」


 いや、俺自由ないじゃんそれ。というかなぜ視線と言葉でバチバチにやり合ってるんだよ! こえーよ!!!


「維新くん」

「維新くん♡」


 二人が、互いに互いの顔を指しながら俺に問いただす。


「「この女とどういう関係なわけ!?」」


 神様、俺に試練を与えすぎです・・・

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