目覚め

「維新くん! 維新くんってば!」


 俺はゆっくりと瞼を開ける。


「・・・鈴宮・・・か?」


 真白な天井と、毎度麗しい鈴宮の綺麗な顔。その表情は随分と深刻そうな顔だった。


「大丈夫!?」


「まあ、なんとか」


 徐々にだが状況を理解し始める。

 決闘が終わって、その後気を失ったというところだろう。俺は仰向けになっているようだった。

 ・・・ここは、保険室?


「よかった・・・ほんとに。死んじゃったかと思ったんだから・・・」


 鈴宮のこわばっていた表情が一気に和らいで、そのまま俺の布団に顔を埋めた。


 どうやら、随分心配をかけてしまったらしい。


「・・・悪いな、心配かけて」

「ほんとよ、もう・・・無茶しすぎ」

「決闘の勝敗は、結局どうなったんだ?」

「維新くんの勝ちよ。これで退学しなくて済むわね、刺された代償として大きいのか小さいのかはよくわからないけど」


 勝利を噛み締める。俺は無事勝ったのだ。


「・・・そうか、色々ありがとうな」


 俺の言葉に涼宮が突然顔を上げて驚く。


「え!? い、維新くん今なんて!?」

「え、いや、ありがとうなって・・・そんな変なこと言ったか?」


 館山くんを買収し、立昇ジンの情報を揃えられたのも鈴宮の力と美貌あってこそだったわけで、そういう点ではこいつに感謝している。

 まあ、そもそも決闘の火種を作ったのは鈴宮の暴挙(キス)な訳なんだが。


「あ、あの維新くんが私に感謝を・・・あぁ、今私まともな顔してるかな、大丈夫かな、いつもの完全無欠ビューティーモードを保ててるかな」


 何故か自分の顔をぺたぺたと触り慌てふためく鈴宮。

 なんだ、俺は人に感謝しない横柄なやつだとでも思われているのだろうか。


「ところで、立昇のやつはどうなったんだ?」


 立昇ジン――『維新姜也を退学させ隊』隊長。


 あたりを見る限り、この保健室に居るのは俺と鈴宮だけらしい。テレビから雑誌から何まで揃っていて保健室というよりもはや高レベルな病院の個室である。


「え? あぁ、彼は怪我とかないし、ただの失神だったみたいだからここには居ないわ」


 なるほど。

 俺は自分の体をまじまじと眺める。点滴を打たれ、腹部は包帯でぐるぐる巻き。どう見たって俺が敗者じゃねえか。


「――ってあれ、今何時だ? 俺はどのくらい気を失ってたんだ?」


 保健室の窓はカーテンで仕切られているし、壁時計は俺の見える範囲には無い。


「22時ね」

「22時・・・なるほど・・・って、22時!? 夜!?」


 10時ならまだわかる。でも、22時はもう疑いようが無い夜じゃねえか!


「そうよ、決闘が終わってザッと4時間くらいになるかしらね」


「4時間も、ここで待っててくれたのか・・・?」


 鈴宮の顔に少し疲れが見えるのは、そういうことだろうか。

 ずっと、俺が目覚めるのを待っていたのか。


「ええそうよ。待っていたわ、ずっとね」


「・・・どうしてだ?」


「え?」


 鈴宮がキョトンとする。


「どうして俺にそこまでしてくれるんだ? 鈴宮が俺のことを気にかける理由に全く心当たりがないんだが・・・」


 そりゃ俺のことを気遣ってくれるのはありがたいが、その真意が全く以って読めないのは一抹の不安がある。別に利用されるようなことにはならないだろうが、この際聞いておいた方がお互いのためだ。


 俺の言葉に、鈴宮はムッとした顔で腕組みした。


「うーん、これは相当厳しい躾が必要みたいね・・・」


 およそ人が人に対して口にすることはないであろう「躾」という言葉が聞こえたことは、触れないでおこう。


「維新くんさぁ、私が入学式の日、決闘を申し込んだの覚えてる?」


「忘れるわけもない、入学式の日はお前のせいで散々だったんだからな」


「じゃあ、私がキスしたのも覚えてるわよね?」


 ――柔らかい唇の感覚。


「――ッ、あ、生憎な」


 何故か記憶と感覚がフラッシュバックして、声が裏返ってしまう。涼宮は一切動じることなく、何なら不遜な態度で続ける。


「あのねぇ、女の子がそんな簡単にキスすると思ってるわけ?」


「・・・え?」


「わざわざこっちからアタックして、堂々と決闘で勝ってから付き合おうとしたってのに邪魔が・・・まあそれは良いわ。寧ろ2人で決闘に備える情報収集含め各種よろしく時間を過ごしたっていうのに! なんで気付いてないのよ!」


 徐々に語勢が強まる鈴宮。心なしか背後に黒いオーラが見えるような・・・


「維新くん鈍感すぎ! シバきまわすわよ!」


「な、なんだよ、シバきまわすって!」


 縛って回すのか!? どんな拷問だよ!!


 鈴宮の顔は真っ赤だった。瞳を潤ませ、照れに照れて、怒りに怒ってというかなんというか。


「うるさい! 彼氏候補だってうっかり言っちゃったんだし、大体ぼっちの維新くんに絡んでるの私くらいなんだからある程度想像つくでしょ!」 


「い、いやそうは言われましても」


 半ば嫌がらせの説もあるかな、なんて口が裂けても言えないくらいに真剣な眼差しで見つめられている。


 え、なに、鈴宮さん俺のこと好きなの? 嘘でしょ? 散々鈴宮の将来の彼氏(他人)に憂慮してた俺は何だったの? 今すぐ「ちょっと待ったー」って名乗り出てこいよ、俺の席譲るから。


「好きなの! 私は! 維新くんが!」


「い、いや何故そうなった! 経緯が分からんぞ!」


「うるさいうるさい! 異論反論言論は認めません!」


「言論の自由まで奪ってくれるな!」


 そんなことしたら歴史が揺らいでしまうだろうが。


「――ったくこの鈍感記憶力不足天然人たらし! とにかく、維新くんにはお仕置きね! ちょうど今は身動きとれないんだし、お天道さまも見ちゃいないしバレなきゃ犯罪じゃ無いものね! 夜の学校で一夜の過ちや抜き差しがあっても不思議じゃないもの!」


 言いながら、鈴宮は自らの制服をボタンを緩め始めた。内側から白い肌と未知の世界が顔を覗かせる。


 なんだか、スゴイ暴言を吐かれたような気もする。

 しかし事態は一刻を争う、身動きの取れない俺がとる選択はただ一つ。


「ま、待て、お、俺が全面的に悪かった! だからひとまず今は回復を優先してだな。その後に説教でも調教でも何でも――」


「絶対逃さないから。覚悟してね、維新くん♡」


 不遜な笑みでいやらしく微笑む鈴宮。

 やはり俺は、とんでもないやつに目をつけられてしまっていたのかもしれない。

 去ったはずの苦難が、俺に再び降りかかろうとしていた。


 だが、鈴宮は確かに可愛いし魅力的ッ――って馬鹿野郎俺!!


「のあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 深夜の校舎に断末魔が響き渡った。


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