維新姜也の過去
「――――――――――あ」
ふと、視界が鮮明になる。ずっと暗闇を漂っていたような、そんな気がする。
――お前のような血に恵まれただけの凡人
なぜか、立昇が吐き捨てた言葉が反芻される。
俺のことを揶揄しただけの言葉。
これまでの人生でも随分と聞きなれた嫉妬と憎悪、のはずだ。
維新鳳仙――雄厳学園学園堂々首席の超人にして完全無欠の俺の姉。
そんな姉貴の血を受け継いでいるなら、勿論俺だって超人に違いない。世界を救う潜在能力が眠っているかもしれない。突然覚醒して、姉貴すら超える武神になっていたかもしれない。
でも、残念ながらそんな世界線が、可能性が存在しないことを俺は知っている。残酷にも非情にもどうしようもなく知ってしまっているのだ。
「――姜也、父さんと母さんから話があるんだ、ちょっといいかい」
今度は神妙な顔つきの両親の顔がよぎる。
別にいつもと変わらない日常のはずで、何も不穏なことなどないかのような日々だったのに、心がざわつくのを俺は感じていた。
両親から告げられたのは、どうということはない俺の出生の真実だった。
真実を聴いたことで、これまで漠然と心の隅っこで感じていた違和感がすっきりと晴れて、代わりに別の灰色がかった雲が俺の心には浮遊することになった。
――お前のような血に恵まれただけの凡人
つまるところ、
維新鳳仙――という人外無敵の姉貴の血統を俺は引いちゃいないのだ。
あくまで家系に男が生まれなかったことを危惧した両親の祖父母があれこれと手配して用意した「養子」、それが俺――維新姜也なのである。
だから、決定的に凡人である。立昇が俺を指して言った「血に恵まれた」という指摘は実際のところ間違ってはいるが、「凡人」という指摘部分については間違いなくその通りなのである。
なぜ公表していないのか、というのはまあ上記の通り、「維新家」には男系の後継が必要で、姉貴の存在もあって弟の俺は各種方面から「背負えるわけもない期待と羨望」の眼差しを受けることになっているわけで、
「この維新家の跡継ぎは、実は維新家の血を引いてるわけじゃないんです」
などと言えば先祖まで遡って蔑まれるに違いない、という想定らしい。
正直、俺にとってそれらのしがらみは心底どうでもいいものだった。いつだって俺は、俺がただの凡人であることに胸を張れる。公表にだって踏み切れる。
ただ、ただ一つだけ俺を踏みとどまらせるものがあるとすれば、それは――
「ほら、いくぞー! 我が弟よ! 今こそ飛翔の時だ~!」
砂浜ではしゃぐ姉貴。随分と子供じみた無邪気な笑顔に、その反面大人っぽすぎるグラマラスなスタイルに、いつもどぎまぎさせられる。
俺が出生の真実を知らされたのは小学3年生のころ。だから、それ以来俺にとって姉貴は姉貴であって、姉貴ではない一人の女性に映ってしまっていた。
俺のことを、本当の弟と信じて疑わない姉貴。
ただ一人の、俺にとっては残念ながら家族ではないはずの姉貴が、俺を「維新家の跡継ぎ」として繋ぎ止めていた。
姉貴は、俺が養子で、本当の弟ではないことを知らない。知らせるわけにはいかない。
あの無邪気に笑う姉貴が悲しむ姿を見ることは、俺には耐えられない。
これまで過ごしてきた日々が、感情が、全て虚に落ちる瞬間を俺は見て居られないだろう。
だから、俺は俺であり続ける。
たとえただの凡人であろうと、血がつながっていなかろうと、才能なんて微塵もなかろうと、
維新姜也であり続ける。そうあろうと、努力し続ける。
持ちうるすべてをかき集めて、俺は、維新姜也を貫くのだ。
鮮明だったはずの世界が、また暗闇に帰っていく。
「――維新くん、維新くんってば!!!」
声が聞こえる。
耳に障るような甲高い声だ。
俺は、ゆっくりと目を開ける。
維新姜也として。
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