形成逆転?
「い――――――ッ」
腹部が貫かれる衝撃、その鋭い剣先は確かに俺の腹部を突き刺していた。
一瞬、何事もなかったかのように感じた。痛みもなく、ただ剣が刺さっているだけに見えた。
「―――――――――――てぇええええええええ!!!」
だが違う、刺さっていることを認知した瞬間、痛みが脳天まで無尽蔵に駆け抜けた。はち切れんばかりの熱が腹部を覆いつくし、思考が、感覚が一点に集中する。
とにかく、痛すぎた。
「維新姜也、貴様・・・なぜ、なぜ俺が鈴宮嬢に思いを寄せていることをッ! なぜ知っている! 答えろ!」
いや痛くてそれどころではない。とにかく無茶苦茶痛いし人を突き刺しておいて今更問答なんてしようとすんな。
「・・・て、てめえが鈴宮を好きだなんて、誰が見たって分かるだろうがよ・・・」
なんとか、ひねり出すような声で俺は答える。まだ、まだだ、この状況と痛みは想定外だが、それでも勝機はある。
「な、なんだと?」
「そもそもお前が『維新姜也を退学させ隊』の隊長である時点で、鈴宮に好意があることはバレバレだろうが・・・ッ」
入学初日、俺と鈴宮がくんずほぐれつな状態になってしまったのを見たのも、その後決闘を即座に申し込んできたのも、こうして俺を退学に追い込むべくクラスメイトを率いて挙兵したのも、全てこいつ――立昇ジンである。
どうして俺に対してそこまで躍起になっているのか、そんなの多分クラスの皆が分かっているに違いない。
立昇ジンは――もちろんクラスの男子全員もだが――鈴宮凛に好意を抱き、その鈴宮凛といかがわしい関係(ではないが)の俺を目の敵にしているのだ。
俺は痛みを堪えながら、館山くんを見遣る。
――僕は立昇くんに焼きそばパンで釣られたんだ。やっぱり勝てないよね。焼きそばパンには
彼は二日前、そんなことを言っていた。俺はそんな彼をスペシャルイチゴパン1週間分で買収したのである。いや、ちょろすぎるだろ館山くんよ。
まあ、それはともかく買収した館山くんの情報からも立昇ジンの持つ鈴宮凛への行為は明らかなものだったらしい。
――立昇くん、中学の時から鈴宮さんのことが好きだったらしいよ。彼女を追って雄厳学園に入るためにスゴイ努力したんだとか
館山くん情報が脳裏にポンポン湧いてくる。いや、それは良いんだ。ともかく立昇ジンに対して、「鈴宮凛」というカードが挑発に有効なのは想定通りだ。
だが――ここまで効くとは予想外だった。
「貴様・・・俺をどこまで愚弄すれば気が済むんだ!」
「――――――ガッ!」
俺に刺されていた剣が勢いよく引き抜かれ、血飛沫と呻き声が同時に上がる。
こいつ、全くもって容赦ねえ。
「・・・わかった、わかったぞ、お前を半殺しにする。そして、その上で鈴宮嬢に俺は愛の告白をしよう。そうすれば彼女も分かるだろう。お前のような血に恵まれただけの凡人よりも、俺のような男の方が優れているということが!!」
狂気に満ちた顔で高笑いしだす立昇。ぱっと見冷静沈着に見えた敵将が、思わぬところでその本性をあらわにしてしまったことで、残りの敵軍(クラスメイト男子諸君)は完全に沈黙してしまっていた。
図らずも1対1の好機、――とは言い難いか。
腹部の痛みを堪えんながら、俺は立昇と対峙する。
「なあ維新姜也、お前は鈴宮嬢のどこが好きなんだ、なあ、お前は俺より鈴宮嬢のことが好きなのか? 俺より愛しているのか? あ? 俺より彼女に恋焦がれていたことが一瞬たりともあるというのか!?」
「――いやねえよ」
「なん、だと?」
あるわけがない。俺と鈴宮は何度でも言うがそういう関係ではないし、そういう対象として俺は見ていない。有害この上ない女じゃねえか。
――私の彼氏候補よ
思い出すな俺、そんな言葉でコロッと落ちていいのは中学生までだ。落ち着け。
「とにかく、俺は鈴宮とそういう関係じゃ、ねえんだっての」
「嘘をつけぇえええっ!!! 貴様らはあの日、いちゃいちゃうふふよろしくしていただろう! なんなら貴様は鈴宮嬢の胸を揉みしだいていたではないか!!!!」
「・・・」
それは否定できない、うん。
「貴様やはり私を愚弄しているな! 許さん、許さんぞ、やはり死ね! ここで、しねえええええええええええええ」
激高する立昇が剣を両手で握りしめ突撃してくる。これを喰らえばこいつの言う通り俺の人生は終了してしまうに違いない。既に出血のせいで意識が飛びそうだってのに。
でもなんでだろうな。不思議だ。
なぜだか、本当になぜか分からないけど、
底知れない自信が全身から湧き上がってくるんだ。
ようやく、ようやく俺も戦っていいんだなと。
敵兵を篭絡し、戦況を有利に進めることも、
敵将を挑発し、戦局を覆すことも、
どちらも策士の為す所業である。もちろん、俺はそれが好きだ。だから手はずを整えた。館山くんを買収し、鈴宮凛を横に侍らせて情報を収集し、こうして立昇ジンを挑発し戦局を1対1のイーブンに持ち込んだ。
だが、結局のところ。
最後にものをいうのは武なのだ。
厳密には、智と武。戦いに必要なのは頭の良さと力の強さに他ならない。
俺は右手を天にあげ、小さくつぶやいた。
「限定、解除」
「な――――」
俺の右手を中心に光の粒子が集まる。空気中の成分を全て吸収し、強制的に金属を錬金し、武器を象る。等価交換の原則を無視した錬金を超えた魔術。その光景に、立昇は突撃をためらった。
「緯武経文、ここに極めん」
右手に握るは天をも貫く一閃の鉄槍。
智を以て、武を以て、戦を制す。
「ま、まて、なんだその槍は、どっから出てきた! は、反則だそんなの! 知らないぞ! なんだそれ! なあ! 先生! あんなの反則だろ!」
事態の全てを見ていた彩音先生は、今更動じない。全く意に介さず、ただ首を横に振った。
周りの観客たちは心なしか湧いているようにも見える。まあ、それは悪い気はしない。限定解除の使い得である。
「ひ、ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺が悪かった! なあ、鈴宮嬢はお前に譲る! だ、だから―――――――そんなデカい禍々しい槍をもたないでくれえええええええええええええ!!!!!」
「・・・わるいな、俺、加減できないタチなんだ。歯ァ食い縛っとけよ」
「あ、あ、あ、あ、ああ、ああああ」
「お前、言ったよな、俺は血に恵まれただけの凡人だって」
「え、ひえ、そ、そんなこと・・・」
「別に俺は血には恵まれちゃいねえ。ただ、智に愛されているだけだ。智に愛されて、武から見放されただけの男だ」
「な、何言って――ってやっぱその武器は怖い! こっちにくるなあ!」
俺はぐんと、体の重心を後方に移動させ、腰を落とす。腹部にあいた穴はもう、感覚などなかった。ただ、右手に持つ槍と頭脳にだけ意識を集中させる。
そのまま、両足で地面を強く蹴り飛ばす。
この一突きで、戦いを終わらせるために――
「こんなので、ビビってんじゃ、ねえぞッ!!!!!!」
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
情けない男の断末魔が響き渡ると同時に、決闘の終了を告げるホイッスルがグラウンド中に響いた。意識を失って倒れている立昇ジンの顔と地面のすれすれのところに、禍槍は突き刺さっていた。無血開城といったところか。――まあ俺は出血してますが。
そうして、もれなくして会場が大きな歓声に包まれいくのを俺はただ聞いていた。
意識は、朦朧としていたが、確かに俺はこの決闘に勝利したようだった。
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