第五話 姉貴
「ただいまーって・・・姉貴、なんで居るんだよ」
俺が紆余曲折散々派手に一日を終えて帰宅したら、玄関先に俺の姉貴が立っていた。俺は高校から一人暮らし始めることになっていたから、この状況はおかしいといえばおかしい。
俺の姉貴、維新 鳳仙 (イシン ホウセン)。
俺の4つ上で、雄厳学園の卒業生。
「おーキョウヤおかえり――ってどしたのその顔の傷! 大丈夫か! 暴漢にでもあったのか! おのれ許さんぞ私の可愛い可愛い弟を痛めつけるなんて! こうなったら今から見つけて粉状になるまで叩いてやる!」
言いながら、俺の頭なり顔なりをひたすら撫でてくる姉貴。
「いや、別に大したことじゃない。何ならこの傷は俺の不注意でついたものだから大丈夫」
顔にできた小さな切り傷をなぞりながら答える。全く気付かなかったが、帰り道に遭遇したあの男の右ストレートを避けきれていなかったらしい。
まあ、俺の不注意というか俺の不運というか、大きな区分で見たら似たようなものだろう。
それ以上に、姉貴が本気を出しちゃうとそれはそれでシャレにならないし。
維新 鳳仙――雄厳学園を首席で卒業した俺の姉。ここでいう首席は学問の意味合いではなく、"決闘"における戦績評価である。対外、校内問わず全ての決闘において圧倒的な勝利をおさめて卒業した姉貴。ある種超人的な戦闘力を誇る姉貴が「粉状になるまで叩く」といえばおそらくそれは文字通り実現しかねないのである。
だからまあ、シャレにならない。
「むぅそうか、キョウヤが言うならここは我慢するか。・・・しかし帰ってくるのがあまりにも遅いじゃないか。入学初日にどうやったらそんな怪我までする事態になるんだ?」
「・・・まあ、それは俺が聞きたいくらいだから、事情は話すけど、とりあえず俺の体から離れてくれ・・・?」
「おーすまないすまない、可愛い弟とお別れするのがさみしくてな、ついつい(なでなで)」
「なでなですんな。お別れといえば姉貴だって、なんでこんな時間に俺の家に居るんだよ、ホントなら今頃空飛んでるんじゃなかったけ」
姉貴はさっき言ったように"半端ない戦闘力を持つ要人"な訳で、雄厳学園を卒業してすぐの、この4月から各国を飛び回る予定だと聞いていた。雄厳学園首席の実力を以て各地で一体何をするのかは俺の知りえるところではないが、ともかく今日の便で海外に行くということだけは俺の耳にも入っていたのである。
「あー、あれな。なんか先方の都合が狂ったみたいで明日の便で発つことになったんだ。だから、折角だからカワイイ弟の入学式くらいには顔出してやろうかと思ってな」
「え、姉貴入学式出席してたのか・・・?」
「ああ勿論、保護者席でな」
「虚偽申告じゃねえか・・・」
ちなみにだが、俺の両親は基本的に海外で仕事をしているためにこういう行事ごとには参加しない。最低限資金支援はしてくれるがどうにも仕事が忙しいらしい。だから俺と姉貴は中学までこの家で2人生活をしていた。よく言えば保護者、と言えなくもないが・・・
「変装して保護者を名乗ったんだが、案内された席はなぜかVIPルームだったがな」
「身バレしてんじゃねえか!!!」
昨年度の首席なんて国家要人レベルなんだからそりゃそうなるだろ。恐れ多すぎるわ。
「ま、立ち話もなんだ、早く上がりな(なでなで)」
「だからあんたが撫でてるから上がれねえんだよ――っと」
姉貴の過剰なスキンシップを受けながら、俺はようやく我が家の内部へと足を踏み入れた。適当に鞄を放り投げてシャワーを浴びる。
「久々に一緒に入るか? 背中流してやるぞ?」と言いながら服を脱ぎ始めた馬鹿姉貴はかるーく部屋から押し出した。
「ふへー」
ぬるま湯のシャワーを浴びながら腑抜けた声が出る。
よくよく考えたらなんでどいつもこいつも俺に絡んできやがるんだ。姉貴が昨年度の首席って知ってるはずだろうに・・・
ガラララ
「どうだーキョウヤ、私の華麗な体! しばしの別れの前にとくと見よ!」
「見ねえよ」
姉貴が何の恥じらい躊躇いもなくシャワー中の俺の前に現れる。勿論、裸である。
しかし、予期された状況に、俺はあらかじめ用意しておいたひえっひえの冷水シャワーを浴びせる。
「キャーー---冷たい!!! これ水だろ!!! 死ぬ!!! さすがの私も死んじゃうキョウヤ!」
「・・・とか言いつつ」
「う、かくなる上は・・・――はっ!」
少しだけ姉貴がおどけたかと思えば、次の瞬間には仁王立ちのポーズになっていた。それと同時に、ジュっと音を立てて姉貴の体にまとわりついていた水分たちは蒸気となって掻き消える。
――この一瞬で、蒸発したのである。
「やっぱイカれてるぜこの人・・・」
「体温管理は健康の基本だからな! キョウヤもできるようになると便利だぞ!」
仁王立ちの裸体のまま、姉貴は堂々と返答する。
「誰が体温を一瞬で100度以上にできるんだよ教えてくれ」
「内部の体温ではなく、あくまで外皮のみの温度調節だからな、実体温は40度くらいのものだ」
「常人ならふらふらするレベルの高熱じゃねえか・・・もういいから、リビングで待ってて。もうじき上がるから」
「むぅ、つれない弟だ。折角お姉さまがいちゃいちゃシャワータイムを提供してやろうというのに」
「はいはい、また今度な」
仕方ないか、と言いながら姉貴は出ていった。まあ、姉貴は強さは勿論だが、それ以上に美しい。かわいいとかではなく、凛とした強さと美がある。学園内でも男女問わず人気だったらしいがその噂は疑う由もなかろう。
だがそれ以前に俺と姉貴は姉弟だからな。興奮とはまた違う感覚が普通である、普通。
俺は少しのぼせたような気分になりながらシャワーを切り上げた。
折角家に帰ったってのに、いつもよりどっと疲れた気がするぜ・・・
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