第二話 宣戦布告
「入学初日から正式な"決闘"の宣戦布告を受けるだなんて、一体何をしでかしたんだよ君は・・・」
宣戦布告に関する申請書をヒラヒラと振りながら、彩音先生は俺に問う。
放課後の教務室は随分と静まり返っていた。
「俺が聞きたいくらいですよ先生・・・」
「ちなみに言っとくけど、"決闘"ってそんな軽い気持ちでやっていいものじゃないからね? 思春期入りたての中高生がノリでヤッちゃいました、みたいな空気感でやったらダメなことだからね?」
「なんすかその超限定的な比喩・・・しかも今回ヤッちゃったのは俺じゃなく1-Aの俺以外の男子全員じゃないですかね」
というか、その言い方だと中高生がノリでヤッちゃうこと自体は別にOKみたいな意味合いになってないだろうか。それでいいのか現役高校教師よ。
「いや~私も若いころはスッコンバッコ――ごほんごほん、ビシバシやってたらからなあ。分かるよ、そういう血気盛んなになっちゃう気持ち」
「いや流石に無理あるでしょそれ。包み隠さず言っちゃってるじゃないですか。全部漏れ出ちゃってるじゃないですか」
「ははは、漏れてるのは君の〇〇〇●だよ」
「と、突然とんでもない下ネタをぶちこむな!!」
「あら、こういうのは嫌いかな? 一応カタカナを〇、記号を●にしたんだけど」
「そんな配慮要らねえよ!! 丸聞こえだよ!!」
「うーん、やはり元気な高校生を見ているといいね~ 若返った気分になるよ」
「いや、そもそも彩音先生は28だからまだわか――」
瞬間、俺の視界が真っ黒になる。
「――ぇっ」
「私の年齢の話は絶対にするな。金輪際絶対にだ。わかったな? そうでないと・・・この拳が、君の脳天を貫くぞ」
「・・・・・・は、はひ」
俺の視界を覆った力強い握りこぶしは、俺の腑抜けた返事と共に下ろされた。目にも止まらぬパンチ、――いやそもそもあれはパンチなんてかわいいものではなく刺突にも似た何かだったが――とにかく怖すぎる。高校生ってこんな世紀末なのか? と俺は心の底から不思議に思った。
「まあ経緯はともかく、こうして正式に"決闘"を申し込まれたのだから、君の選択肢は一つしかないだろう」
どくろがプリントされたシャツにショートパンツというロック過ぎる格好の彩音先生が、ようやくまともな顔に戻った。涙ホクロがキュートだね。パンチは怖いけど。
「・・・受けるしか、ないですか」
1-A男子全員対"俺"というなんとも理不尽な戦いを、言われるがままに俺は受けるしかないというのか・・・
「うむ、この学校では"決闘"は神聖なものだからね。ノリで、とか気分で、みたいな理由で決闘を辞退することはできない。だからこそ"決闘"の持つ拘束力は絶大なんだよ。要は、皆があがめているからこそ、決闘が決闘たりえるんだ」
ふうむ、まあ"決闘"の持つ拘束力が強いのは「P.S.W」の条約が後ろにあるからだろうし、世界のルールが"決闘"で決まっていくのを否が応でも国民はニュースで知らされるわけだから、そういう神聖化みたいなものについてはある程度理解しているつもりである。2年前に日本と南米の国が通貨を共有するという意味不明な条約を結んだ時なんか、その"神聖な決闘"のばかばかしさをまじまじと感じさせられたものである。
決闘というのはつまり、弱肉強食を許容し、強要することに他ならない。
勝てば正義、負ければ悪、不正。分かりやすいが、分かり合いづらいシステムだ。
だからまあ、俺が受けるこの理不尽も弱者の定めと受け入れるべき・・・か
「わかりました。受けます」
俺の言葉に、彩音先生は少し驚いた顔を見せる。
「・・・結構あっさり決断するんだな。てっきりもう少し駄々をこねるかと思っていたが」
「潔くない男はかっこわるいですからね」
「・・・確かに、挿入を焦らす輩ほどうざったいものはないからな」
「下ネタで汚すのやめてもらっていいですか・・・」
「汚すのは君の〇〇〇●だよ」
「だめだこの人!! はやくなんとかしないと!!」
教務室で一体何を話しているんだと思いつつ、まあ適当にその後のセクハラまがいの発言をあしらってから、俺は教務室を後にした。
肝心かなめの決闘内容については、後日連絡がいくとのことだった。正直気が気ではない。勉強か、スポーツか、はたまたそれ以外の何かか。
いずれにせよ、15対1という圧倒的な数的不利が考慮される決闘内容になることを祈るしかない。
深ーいため息をつきながら、玄関で下足を履き替えているときだった。
「決闘内容、決まった?」
「・・・」
玄関先に見える、可憐な女子生徒の姿。
忌々しい奴の姿がそこにあった。
「一緒に帰ろっか、維新くん♡」
「御免被る」
あの邪悪な笑みを浮かべて、奴は立っていた。胸元でなぜかはーとを作ってやがる、セリフにもはーと付いてんだから胃もたれするわ勘弁してくれ。
というか、お前のせいで入学初日に決闘申し込まれてんだからな。
言いたいことはあったが、俺は何も見えていないふりをしながら外に出る。
鈴宮は俺の無視さえ楽しんでいるかのようにルンルンだ。俺の隣にびったり張り付いてやがる。なんだこの女。
「・・・ついてこないでくれないか」
「ついてないよねえ、維新くん。入学初日に決闘なんて申し込まれちゃうんだから」
「・・・(おいなんだこいつ喧嘩売ってるのかおまえのせいだぞ、の目)」
「ふふ、怒っちゃって。かーわいい♡」
きつい、きついきついきつい。今すぐこいつの悪態をついて心をへし折って泣かしてやりたい。なんで俺がこんな奴に絡まれなきゃならんのだ。
「怒ってる維新くんに、ご褒美あげちゃう♡」
「・・・は――」
またも、またもである。
俺は鈴宮に体を引き寄せられ、そして――
むにゅ
柔らかい感触。しかも今回は手のひらではない。
顔、全体である。
「はい、私のぱふぱふで許してね♡」
「・・・ばふばう」
鈴宮の女子高生らしからぬグラマラスな胸に俺は顔を埋めさせられていた。いいか、大事なことだから二回言うぞ。埋めさせられていた、だ。ここ大事だテストにでるぞ。
「どう? 満足した?」
「・・・ばんぞく、じました」
胸の温かさと柔らかさが俺の頭をショートさせ、更に喋ろうと口を動かせば胸のクッションが俺の顔を優しく殴る。
天国と地獄。
「さ、これで既成事実もできたことだし、一緒に帰れるね♡ 維新くん」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
俺は、本当にトンデモないやつらに目をつけられてしまったようだ。
茜色の夕焼けが俺をあざ笑っているような気がした。
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