遥か星々の向こう側へ ──To the other side of a long way off stars──
@TwinCrow
第1話
空には三つの衛星が浮かぶ──眩い空。
淡く一面桃色の草原は、明るい月明りに照らされてきらきらと、光り輝いていた。
(ふぅ……ようやくここまで来たかな)
僕が乗る反重力で浮遊走行するエアバイクは桃色の草原を駆けて行くんだ。
「……はむっ」
エアバイクを走らせながら、僕は片手でバックから栄養価の高いビスケットを一つ取り出して、口に入れる。一つ食べただけでも、一気に身体に元気が満ちるのを感じる。そしてその後で水筒の水を口にして水分補給。
──何せ、ここまでずっと広がっている草原を、もう三日は走り続けて来ているから。この惑星は人が住む植民惑星の中では辺境の星系に位置する、ずっと端にある星。住んでいる人も少なくて、惑星表面の殆どが……この桃色の草原に覆われている。
それに恒星が照らしている昼と、今の夜。恒星の光を反射させる衛星が三つもあるせいで、夜も昼も空は変らず明るい、淡く紫色の空のままだ。
桃色の草原と、紫色の空……そんな中をエアバイクを走らせる。
(勝手に一人でここまで来たんだし、きっとパパとママも心配しているだろうな。書置きは残して来たけど、それでも長い間家を空けているから。大騒ぎになっていなければいいけれど)
でも家族に何も言わず、勝手に出て来てしまった。一人前の大人ですらない、ただの子供がこんなに遠くに行ってしまった。
旅立ってからもう二百日以上過ぎただろうかな、定期便の船に乗って別の惑星にまで旅して、ここまで辿りついた。
きっと凄く心配している事は僕にも分かる。──けど僕だって男の子なんだし、少しくらい冒険くらい構いはしないと。そう思いながら、ふと夜空を見上げる。
「あれは──船か」
空には、今まさに宇宙へと飛び立って行く宇宙船の姿が小さく見えた。
船はここからずっと遠くの宇宙港から飛び立った。だから小さく見えはするけれど、実際はあの宇宙船も巨大なんだ。
四角い板に近い形の船。僕は少しエアバイクを止めて、それを観察してみる
(形からすると、あれは作業船かな。下に装着されたのは大気形成機や原子変換装置だとか……星のテラフォーミングに使うんだろうな)
僕達の文明の歴史はとても長い。それこそ数万年もの、長い歴史だ。
条件が合う星を見つけてはそこに移住して、文明を拡大──発展を繰り返し続けていた。
けれど人が住むのに完璧に適した惑星はなかなかない。だから人工的なコロニーを作るか、星そのものを改造して、テラフォーミング──人が住める環境にして、そこに移住をして文明を形成していくわけだ。
一つの惑星を長い時間をかけて開拓し……今では人が生活する星の数は、五百を超えるくらいになった。
(でも、宇宙は広いんだ。僕達が知る世界よりもまだずっと遠くに……知らない世界は続いている。……そして)
考えているうちに、ついに──僕が目指していた目的地が見えて来た。
遠くにおぼろげに見える、草原の中に佇む物体。それはエアバイクを走らせて
(その遠くの世界から、これはやって来たんだよね)
それは、横倒しになった長い……何か巨大な金属の残骸。長い年月で外殻はひどく風化しているけれど、僕にはそれが宇宙船だって分かった。
それもあのスペースが広くありそうな胴の形状からして、移民船だとも。それを見て、僕はおもむろに一つの端末を──長い時間でボロボロになった遺物とも言える端末を手にして、目を移す。
(この中にあった情報通り、ちゃんとあったんだ。ベルゲルミル……太古の昔、遥か遠くの星から来た移民船)
そう、僕はあの船を見つけるためにここに来たんだ。もしかすると何か価値があるものが見つかるかもしれないと。期待を膨らませて僕は、ベルゲルミルと呼ばれた移民船へと。
──山を越える程の巨大な船体、その側面部を見ながらエアバイクを走らせて。
(多分、この辺りからならなら入れる……はず)
僕は側面にハッチらしいものを見つけた。その傍にエアバイクを停めて、いよいよ内部に入る準備を、僕はする事にした。
────
ベルゲルミル内部に入ると、あちこち風化しているものの、外界と遮断されていたのか随分と当時の名残が残っていた。入口から入り、通路をしばらく歩いて……。
最初から少し複雑に入り組んではいるけれど、これも船であるなら……大まかな作りは共通しているはず。
だとするなら──。僕は辺りを確認しながら考えた通りに道を進んでみる。すると……ついに出た通路の先、広大な空間が広がっていた。
空間には無数の建物がひしめき合っていて、まるで──
(まるで巨大な大都市だね。これは)
外とは違って、内部には光源はなくて真っ暗だ。だけど僕が持って来た電灯のライトで辺りを照らすと、そこには閉鎖空間の中で広大に広がる別空間……廃墟となった都市群が存在した。
多分、今僕がいるのは、移民船の居住区だろう。何せ、目的地にたどり着くまで数世代船の中で暮らすんだ。食料や空気、人間が生きるために必要な物理的条件は勿論だけれど、精神的ストレスにならない環境形成も必要だ。そのためのこの都市。良好な生活環境、娯楽だとかも色々あったんだろうな……きっと。
ライトでぼんやりと映し出される街景色には、昔店があったと思われる看板が倒れているのも見えた。本当にここに人が生活していたんだなって、そう思えたんだ。
(探せば、もしかすると何かがあるかも)
そう思った僕は、建物の内部も見て見ようと考えた。
(と言う事で、これから探検してみようかな。……楽しみだ)
────
それから僕は、居住区内の都市を探索してみた。
地下通路や建物の中、それに多数の部屋を見て回って、何か良い発見がないか見て回る。
けれど──その期待は、すぐにガッカリする事になる。確かにここの景色は色々と面白かったりする。ずっと昔にもこんな都市が、それも宇宙船の中にあったんだと。そう思うと僕も興味深いから。でも──。
(どこにも、何も気になる物が無いと言うか……物そのものがない、空っぽだ)
建物はあるけれど、中身は殆どすっからかん。既に貴重品は船から出る時、とっくの昔に持ち出されたのか、残っている物は殆どなかった。
辛うじて残っているものも、グズグズに風化しきって、汚れて何なのか分からない物が多い。価値があるものは結局ないままだ。エアバイクを走らせながら、あちこちの建物や通路に入って調べて回ったけれど結果は同じ。成果は本当に何もなかった。
がっかりしながら……僕は公園だった場所のベンチに腰を下ろす。
「……はぁ」
結局何も収穫がなかった。この居住区には何も、期待するものはなかったんだ。
(ここには、もう残っているものなんて……空になった街くらいか)
この移民船ベルゲルミル、その大部分を占める居住区……だけど。
(でも、あそこにはもっと何か情報があるかもしれない。この船の──管制制御区には)
そう。僕は船の中を移動し、居住区のずっと奥まで来ていた。目の前にある壁と、そこに建てられた大きく厳重そうな建物。
ここまでは居住区だけれど、この先は船の管理、制御を行う……言うなれば中央、心臓部だ。
(あの向こうが、制御区画に続いているはずだよね)
きっとそこには、何かまだあるはずだと。僕はそんな希望を持っているんだ。
────
建物に入り、僕は居住区より更に先に進んで行く。居住区にある建物とは雰囲気も違い内装も無機質でいかにも管理施設とも言った感じだと分かる。
そして、僕はついに……ある扉の前に。
(僕は分かると言うか、予感がする。あの扉の先に続くのが、船の中枢部だと)
他の扉と違い更に、大きく厳重に閉ざされた、その扉。壁に記されている古代言語、それを読み解いてみると……扉の先が制御区画だと、そう記されているのが分かる。
(ここに来る前に、僕は色々と調べたんだ。少しは大昔の言語だって学んだし……骨董屋とかを探して見つけたこの古代端末だって、見つけた。大昔にまつわるものなら、もしかすると──)
僕が取り出した古代端末。電源を入れると画面が映り、ちゃんと起動だってする。
(元々は壊れていたけれど、僕が修理して動くようにしたんだ。それに言語だって最初は全く訳が分からないけど、学校にいる仲の良い先生が知ってもいたから。だから色々教えてくれて……自分でも読めるようになった)
その知識を元に、僕は古代端末を調べ……この場所に太古の船が残っていると知った。それで──僕はここまで来た。
そう思いながら僕はズボンのポケットからある物を取り出して、眺める。
──長い年月が経ってすっかりさび付いている、ネックレス。ボロボロになってはいるけれど中央には青くて綺麗な……石が埋め込まれているんだ。
(これが僕の、一番のきっかけなんだ。小さい頃からずっと気になっていたんだ、これが何なのか)
このネックレスは元々僕の家にあったもので、ずっと子どもの頃に、物置で見つけた。父さんに聞くと先祖代々に伝わる、何かの宝物らしいと言ってたけれど。
だけど……ある日僕はどうしても気になって、ネックレスを持ちだして学園での先生に──仲良くしていた歴史の先生に診て貰った。あの人は考古学にも精通していたから、そうした事を聞くには一番だと考えた。──そしてその話では、ネックレスに埋め込まれていた青い石は今まで発見されていない新種みたいだった。
この星にも、他に発見されて人類が移住している多くの星にだって存在しない……そんな新種の石だって。それから更に先生は教えてくれた、大昔にずっと何処かから、遠くの宇宙から来た移民船の伝説の事を。石はもしかするとそれに関係するものらしいと。
先祖が残したネックレスに、それに移民船の伝説。僕はどちらにも興味があって、あれからもずっと昔の資料や痕跡を調べていたんだ。それがあって──今こうしてこの場にいる。
(こんな所まで来たんだ、せめてもっと、何か欲しいんだ。
大切な何かを……僕は)
僕は扉の操作パネルに、自分の持って来た端末を接続して操作する。この古代端末は、かつて昔に船の責任者が用いていたものだって言うのは、知っている。だからこそ、一種のキーみたいな機能も備えているみたいなんだ。
だからこの扉だって、端末を使えば開く事が可能だ。僕は指定の操作を色々と試してみて開錠を行ってみる。いくらか試して、少し時間がかかりはしたけれど、やがてガシャっと大きな音とともに扉はゆっくりと開く。
……多分ずっと閉鎖されたままだったのか、ふわっと冷たい空気が扉の向こうから漂うのも肌で感じる。
(この先がずっと特別だって、僕にも分かる。あの向こうには──きっと)
何か特別なものがあると。そう……今度こそ。
────
制御区画の中、そこは他よりも風化が少なくて、まるで人がいなくなったのもつい最近のように思えるくらいに。通路を歩いて、途中あちこちの部屋に寄りもした。
制御に携わっていた職員の使っていたらしい部屋や、大型のコンピューターが備えられた場所だったり。色々と見て回った、その末……辿り着いた部屋はまるで指令室のような場所。あちこちに機械や装置、それに座席。ここが重要な場所であるのだって見て分かる程だ。
(多分ここで、船のコントロールを行っていたのだろうな。いわゆるブリッジ──と言う所だ。ここも構造は、僕が知る大型船の物と似ている感じだ)
僕は席の一つに座ると、試しにパネルとモニターが備わった機械を動かそうと試みた。すると、音を立てて起動し、画面が点灯する。
(……ここのシステムは、まだ大分生きている感じだ。試しにどんなデータがあるか探ってみるか)
起動したモニターを開くと、どんな事が出来るか見てみる。すると、ここから制御区画の照明を灯す事が出来るらしい。
ずっと暗かったから、まずは──照明をつけることにした。若干操作系統は僕達の使う機械と違うけれど、大体は同じだ。僕はすぐに、今いるブリッジの照明を入れる事が出来た。
その瞬間、辺りの照明が一気に点灯して、部屋が明るくなった。そうして、明るくなった広い指令室の中。さっきまで暗くよく見えなかったのに比べればずっと、視界は良くなった。そんな中で引き続いて僕はモニターを見ながらパネルを操作、情報を検索する。
(ここで見れるのは、船の状況と詳しい構造とか……さすがに今はもう飛び立たせるなんて無理だろうけど。
だってもう長い年月が経ってボロボロだし、むしろここがこうして使えるのがまさに奇跡と、言うか)
多分この席は船のオペレーターなどを行うための場所なんだ。同じような席に何人も座って船の管理だとか、管制をしていたんだと……そう思う。
(あくまでも、オペレーターの一人がここを使っていたに過ぎない。やっぱ情報も限られて来るか)
細かいデータも色々あるけれど、今はもう役に立たないものばかり。
(もっと情報があるとするなら、指令室中央の──あそこしかないかも)
指令室の中央にある。他とは違う高い位置にある座席。設置してある機器に、指令室全体を見渡せるくらいのその場所。おそらくあそこが船の最高責任者──艦長が使っていたんだと。
僕は今度は中央の席に座り、機械を動かす。
(……よし、やっぱりここ、艦長席の方が閲覧できる情報が膨大だ。色々とアクセス出来る感じだから……探せば何かあるはず)
おそらくここから周囲のオペレーターに、そして船全体へと指揮を出し、移民船を動かしていたんだろう。僕は早速、情報の中から気になる物を探す。色々見たりして、大半はよく分からない物。けれど──僕は、一つの気になるデータを発見した。
(このデータは何かの文章データ、データにつけられた名前を見ると……日誌、みたいだけど)
日誌……その内容は何だろうか。データを開いて、僕は文章の中で一番古い記録から見てみる。……それを見て、僕は驚いた。
(内容はやっぱり日誌。それも──船が出発する前、元の星にいた頃からじゃないか。
名前は……『地球』、そんな名前の惑星みたいで)
書いた人間が地球にいた頃から、それからずっと、日誌はつけられているみたいだった。日誌全体は長いけれど、僕はその内容に興味を惹かれたんだ。
(この記録にはきっと……一番の価値がある物が、ある気がする。ずっと大昔に何が起こったのか、それを知る事が出来るのなら)
かつて昔、本当に起こった出来事。それは──僕の想像が追いつかない程の、事だったんだ。
────
私の名はスミノルフ。かつては研究員、科学者であり、……今は巨大移民宇宙船、『ベルゲルミル』の艦長だ。
我々の星──地球は、もはや滅亡の一歩手前にある。数千年に及ぶ人類の文明は高度な発展を遂げ、大地に無数の大都市を築き、科学の力で豊かな生活と技術の恩恵を受けていた。そして──月や火星に基地まで作り、その手はまさに宇宙にまでも届こうとする程に。
けれど……幾ら文明を発達させたとしても、人類の持つ業は変わりはしなかった。 差別、環境破壊、そして……争い。
人類同士が争い、戦い、殺し合うと言う──業。かつては斧や剣によって戦っていた。けれど文明の発達とともに剣から銃に、戦車や戦闘機、……そして核兵器と言う禁忌の技術も、また生み出された。
全てを焼き、汚染する悪魔の兵器。人類は核兵器を用いた大戦争、第三次世界大戦により大地と自然を、そして自らの同胞の半数を失った。
地球を傷つけ、文明さえも大被害を被ったこの戦争。けれど人類の半数を失ってもなお戦争は続いた。今度は新たな兵器を……巨人のような機械兵器──Labor Energy Valiadation Weapon 通称LEVと呼ばれる機械兵器まで開発し、戦場に投入。……さらには激減したヒューマンリソースの代行としてバイオテクノロジーによる自己増殖、自己進化を行う生体兵器を開発までした。LEVも用いられはしたが、戦局は人類同士のものから生体兵器同士の代理戦争へととって代わられた。
どれだけの犠牲を出しても、更には生命と言う神の領域さえ侵し、弄んでもなお戦争を止めない。その人類の愚かさに対する相応しい報いは……ついにある時、受けることになった。
ある時、戦争に用いていた生体兵器の制御が人類の管理下から離れ、暴走し出したのだ。もはや人類にはどうしようもなく、ただ暴れる生体兵器に蹂躙されるしかなかった。
──理不尽な暴力に、ただ無力に犠牲にされる。かつて人類も地球の自然環境に、無数の動植物に対して同じ事を行って来た。今度は人類が同じ目に遭う番、だったのだろう。
限られた生活圏を奪われ、少ない人類もまた更に減少した。言うなれば人類の愚かさ、生み出した破局……人類は自らの業により、この世界もろともに終末を迎えようとしていた。
(地球は青かった……か、もはやそれも過去の話だ)
外の景色を眺め、ワタシはふとそんな事を思ったのだ。
「スミルノフ主任……いえ、スミノルフ艦長。間もなくベルゲルミルに到着予定でございます」
「ああ。分かった」
私が乗るシャトルは地球の大気圏を離れ、宇宙空間へと辿り着いた。
窓から見下ろして見えるのは地球の姿。……人類の故郷でもある星、しかしこれでもう見納めだ。
(あの星には、もう戻る事はないだろう。……あんな状態では、もはや人類に居場所はないのかもしれないしな)
青い星とも言われていた惑星、けれど今見えるその姿は大気が荒々しく渦巻き、汚染と破壊によってあちこちで雷鳴がひかり黒く灰色にくすんだ星の姿──今の地球の姿があった。
「……やはり寂しいのかい、スミルノフ」
隣から聞こえた声、振り向くとそこには私の同行者である一人の少年がいた。
「ああ。……船は既に殆ど完成し、移民の移送も始まっている。ベルゲルミルの責任者でもある私も、今後は直接状況を見ていかなければならない。無事に船が旅発つ、その時まで」
「そっか。無事に目的地に──辿りつければいいね」
「大丈夫だとも。……その為にこそ、君は座標を示してくれたのだろう、リノア」
リノアと言う名の、少年。
彼の外見は十四歳程で、性別が分かりにくい中性的な外見の……きらきらと輝く長い銀髪の少年だ。白い飾り気のない服を着ていて、それに耳を隠すようにイヤホンのような物を被っている。
彼は私が知り合った少年であり……実は私しか知らない、ある秘密がある。
「ええ。貴方ならと、僕は思ったから。──そして、あれが人類が用意した箱舟の一つ、ベルゲルミルだね」
私たちが乗るシャトルは、宇宙空間を航行し……衛星軌道上に浮かぶ巨大な物体へと迫る、それは建造中ではあるものの、ほとんど完成されつつある、横長で巨大な宇宙船。
あれこそ、二万人の人間を納め、遠く星の世界へと彼方の新天地へと向かう我らが移民船、ベルゲルミルの姿だ。
近くに迫り、シャトルの窓には巨大移民船の姿が一杯に映る。そして宇宙空間に浮かび、飛び、今なおも建造作業を行う金属製の人型の姿。
ここからでは小さく見えるものの、実際は十数メートルもの大きながある、大型の機械だ。
「LEV……確か戦争の兵器だって聞いていたけれど、船の建造にも使っているなんてね」
それらは、本来なら戦争で用いられていた大型の人型兵器、LEV。けれど今は武器もなく、あくまでベルゲルミルの建築作業に携わる工作機械として、ここでは使われている。人間が中に乗り操縦する、大型の人型機械。人間の機能を巨大化したLEVなら作業の効率は生身よりもはるかに効率が良い。
細い機械の手足と、胴体には作業に使用する工具や機材を備えてベルゲルミル各部で作業を行う機体。そしてリノアの言葉に、私は答えた。
「あれはスカイワーカー、宇宙空間の作業用LEVだ。こうして今でも船の建造を進めている……完成まで、もう間もなくだろう」
私たちの乗るシャトルはそのまま、ベルゲルミル側面に開くハッチの中へと……進んだ。
────
移民船ベルゲルミルの中、私とそして、同行者のリノアは視察に歩いている。
「ここが居住区画か。うむ、本当にほぼ完成はされているようだな」
私たちは外部通路を歩き、窓から臨む船内の居住区を眺める。
広大な閉鎖空間に並ぶ建物と、間を走る道路……それはさながら一つの街が丸ごと、中に納まったかのような作りだ。私たちの案内を行う職員は解説を行う。
「スミノルフ艦長はご存じと思うのですが、移民船は数百年──人間で言うなら数世代もの時間をかけて地球から、目的地である惑星へと向かう予定です。つまり一生を移民船の中で過ごすのですから、船そのものの航行機能は勿論の事、人が何不自由なく暮らせるようにする環境を用意する事も大切なのでありまして」
「……だからこその居住区画と、言うわけだな」
「そう言う事です。……ですが」
すると職員の男は、心痛そうな表情を浮かべる。
「箱舟の数はベルゲルミルを含めて五隻、一隻につき二万人程……計十万人くらいしか地球からの脱出は叶いません。……全員を救う事は」
その事は私も、痛感している。
かつては数十億の数を誇り繁栄していた地球人類。だが核戦争により数は半減、生体兵器による代理戦争の後に暴走。
……残された人類は生体兵器の手が唯一及ばないとされた北米に逃れたものの、その地点で総数は十億人規模まで減少した。生体兵器により危機的状況に追い詰められた人類は、存続するために様々な手段を考えもした。
生体兵器の手の及ばない深海に都市を建て逃れる方法に、コールドスリープ装置を備えたシェルターに入り未来に希望を託す方法、そして──宇宙移民船で地球を逃れる方法だ。……だが、その三つの手段でさえ億単位の人類全てを救う事は出来なかった。救われる者と救われない者との争いまで起こり、合わせて数百万単位の人命が失われた。
更には海中深くに建造された海底都市も建造はされたが、それさえも進化した生体兵器により破壊されてしまった。
だからこそ、宇宙に逃れるしか……方法はないのだ。例えほんの一握りだとしても。
そして──研究者であった私も、この移民船ベルゲルミルの艦長としてここに来た。人類の未来が、私にはかかっているのだ。
────
それからはベルゲルミル内で私の仕事は続いた。
艦長ではあるが、船がまだ未完成の今は……建設の続く船の建造の監督もまた仕事だ。何しろ船の最高責任者でもある、私にはその役割もと責任も、またあるのだ。……最も建造の監督は業務の中心と言うわけではない。建造業務にはもっと精通している人間は何人もいる、大体は彼らに任せれば済む事だ。私が今一番に気にしている事は、船の航路の方だ。
「さて……これで大丈夫だろうか」
私は航路が入力されたコンピューターの情報を確認、調整を行っていた。
ベルゲルミルの管理を行う超大型のコンピューターが設置された、このコンピュータルーム。……入室が許される権限を持つ者はほんの一握りだ。
宇宙移民船ベルゲルミルが目指すのは、地球に代わり人類の居住が可能とされる新天地、新たな惑星だ。これはベルゲルミルのみならず他の移民船も、各々が目指す惑星に向けて出港する準備を進めている。
宇宙に出て、本当にその目指す惑星で人類を存続出来る保障はない。その為に移民先の惑星を幾つも調べ、移民船はそれぞれ別の惑星に行くと言うわけだ。
(何しろ長い航海にこの規模の船だ……例え何が起こったとしても、無事にたどり着けるようにしなくては)
ベルゲルミルが目指す惑星は天文学者である私が発見したとされている。しかし、実際は……違う。
「改めて聞くが、大丈夫なのだろうか? 確かに観測上でも人類の居住条件は満たしているのは分かるが、私以上に君が知っていると思うからな……リノア」
私は一緒に居た銀髪の少年、リノアに尋ねる。彼は私に頷き答えてくれた。
「もちろん、問題はないはずだよ。環境はスミノルフさん達人類でも問題なく適応出来るはずだよ。
……何しろ、僕の故郷でもあるからね」
このコンピュータールームいるのは私とリノアだけだ。彼も特別に、この部屋に入る事は許されている。
「ねぇ、耳を隠す必要は……もうないよね」
そして──リノアは隠す必要がなくなった彼は耳に被せているイヤホンのような被りものを外す。
露わになった耳は、普通よりも異常に尖った耳。リノアの耳にしろ、色素の薄い肌と、それに銀色の髪。……彼は人間ではない。私だけの秘密ではあるのだが、その正体は──宇宙人なのだ。
────
忘れもしない、リノアと初めて出会った、あの時の事を。
十数年前、当時は魔獣の暴走が始まりその脅威が重大視されていた頃であった。私もその時には地球におり、宇宙移民船の計画において重要な任に就いたと決まって間もない頃であった。
私は自分の他には誰もいない僻地の天文台で一人、星を調べていた。僻地と言っても、まだ当時は魔獣の襲撃範囲ではない。高地にある静かな、小規模な天文台。……私個人で所有している施設であった。
私に任された仕事は新たに人類が居住可能かつ、今後製造する移民船で移動可能な惑星の探索であった。そうして望遠鏡を覗き、観測もまた行っていた……そんな時に。
観測していた夜空に光点が瞬き、急激に輝きが増しこちらに迫ったと思った……瞬間にすぐ近くで激しい爆発音と衝撃が伝わったのを覚えている。
すぐに私は外に確認に向かった。天文台の間近には巨大なクレーターが形成され、その中央には、見た事のない流線形の乗り物のような物体が地面に突き刺さっていた。私は近づき、熱があるのを考え触れないようにして出来るだけ迫り観察すると……やはりそれは、人工物の乗り物らしき物だと分かった。
だが、継ぎ目もなく船体の素材と作り、後部に見える動力機関らしいものを含めどれをとっても人類の、地球の技術とは異質なもの。──まるで異星人の宇宙船みたいだと、そう悟った瞬間だった。
突如として継ぎ目のない船体の前方上部に筋が入ったかと思うと、上にぱかっと開いた。瞬間に空いた場所から煙のような気体が放出され、中から人影が現れた。
それは人間とほぼ同じ姿をした、耳の尖った銀髪の少年。……彼がリノア、地球とは異なる惑星から来た、異星人であった。
────
宇宙移民船の出港準備は着々と進んでいた。
他の移民船も出港は間近で、我々の船であるベルゲルミルもまた準備を整えていた。
「……移民は全て乗り込み、船体も既に完成され、残るは細かい調整確認のみだ」
「つまり、いつでも出航が可能、というわけですか」
「みたいですな。いよいよ我らの星、地球との別れ…………複雑なものではある」
ベルゲルミルのブリッジに集まった我々、移民船における責任者同士での会議。だが、会議と言うよりは、要は現状報告が主だ。
「とにかく、残る作業は後わずかだ。全員、最後まで気を抜かず……心の準備を済ませるといい」
この言葉を最後にして、話し合いは終わった。私はブリッジを後にして自室に戻った。すると──
「おかえり、スミノルフさん」
部屋に入ると私が出会った宇宙人の少年、リノアが出迎えてくれた。例え同じ地球人類ではないとしても……彼と共に過ごした時間はとても長いのだ。今では、まるで私の息子のようだと思っている。
「ああ、ただいまだ」
私はリノアに微笑んで挨拶を返し、部屋のソファーにゆったりと腰かける。
「会議の方は、どうだった?」
彼は両腕を後ろに回して、私に向かってニコニコとしながら……話すのだ。私はそれにこう返す。
「このベルゲルミルも出港準備は殆ど終わりだ。出発まで間もなく……君が教えてくれた、故郷の星にな」
そう、このベルゲルミルが向かう惑星──他には私が発見した惑星とされているが、本当はリノアが教えてくれた、彼がかつて暮らしていた惑星なのだ。
「確か一隻につき二万人だったよね、それくらいの人数なら……向こうでも受け入れる事は、大丈夫なはずだよ」
「そうか……」
この言葉を聞いて私は改めて安心する。だが、それとともに一つの疑問が。……実は以前からありはしたが、なかなか聞けないでいた事だ。
「リノア、君に少し聞きたいことがある」
「どうしたの、スミノルフさん。何だか改まっちゃってさ」
不思議な顔を浮かべるリノア。そんな彼に、私は尋ねてみる。
「なぁ……君は、どうして私たち人類を救う手助けをする。やはり、君自身故郷に帰りたいからなのか。しかし──」
かつて宇宙船に乗り、地球に不時着した宇宙人の少年リノア。墜落のショックで船は大破、自力で帰る事は出来なくなっていた。
私の質問に、彼はふっと微笑む。
「故郷に帰る、か。……元々は僕自身片道になる事を覚悟した冒険だった。
この星──地球と言うんだっけ。
僕達の祖先には太古の昔、ルーツになった本当の故郷の星があるって……伝説がある。
その話を知って僕はここまでやって来た。それを解き明かすのが、ずっと夢だったから」
「……だったな」
この話は私も聞いた覚えがある。
リノアの種族、その祖先はかつて大昔に地球にいたと言うらしい。最も、あくまで伝説であり真偽ももはや定かであるかどうかは不明であるが……こうして僅かな差を除けば人類と大差ない。一見して見分けすらつかないくらいなのだから。
「それで……僕はこの星、地球に来た。地球の人たちは僕らとは少し違う、けれど殆ど似ている、人の姿で。文化や言葉も共通している部分もあった。
だから──僕なりに確信した。やっぱり伝説は本当だったと。僕達の種族もこの星に暮らしていて、やがて遠くの宇宙に旅立って、新しい文明を築いた。……それが分かった、夢が叶ったから。僕はもう────満足なんだ」
リノアの言う通りかもしれない。
もしかすると我々人類と、リノアの種族は遠い昔、先祖を同じとしているのかもしれない。かつて地球上でも伝説とされた大陸の古代文明、アトランティス文明、ムー文明…………。それさえ、築いたのも彼らかもしれない。馬鹿げた空想なのは分かっているが、もしかするとそんな可能性もあるかもしれないと。
そして、文明を発展させた太古の種族はやがて地球から遥か宇宙へと進出し、いくつもの惑星へと生活圏を拡大した。それが……リノアの種族であると。
「この星、地球には僕たちに近い種族、人類が暮らして滅亡の危機に瀕していた。さっき言ったみたいに、もしかすると祖先を共通していた、言うなれば兄弟かもしれないから。だから放ってなんて、おけないだろう?」
「成程……な」
リノアもまた、私と似た考えを持っていた。それに彼の考えもまた理解は出来る。……が、どうも腑に落ちない部分がある。
「だが──私はどうも納得が出来ないのだ」
「納得できない、だって?」
私の趣旨が、いまいち分からない感じのリノア。だが仕方ないことだ。私は改めてある事を伝える。
「君から見て、本当に人類は……救う価値があるのか? そもそも移民船の責任者である私が言うのも恐らくは無責任極まりない事かもしれない。だが、それでも人類は愚かで救いようがないかもしれないと、思えてならない部分が……拭えはしないのだ」
私は思うのだ、人類は……愚かなものだと。人類は人類として存在してから、絶えず醜い争いを、裏切りを、そして殺し合いを続けて来た。
それは文明の発展とともに変化し、最初は素手や棍棒程度だったのがより殺傷能力を増した剣に、矢と言った『武器』が生まれ、やがては銃や大砲、戦車に戦闘機に……それに核爆弾とも言った恐ろしいものにまで、気付が発達を遂げてしまった。全ては争いを常に求め、続けて来た人類の業によるものだ。
その挙句に、生み出した生体兵器によって今滅びようとしている。……自業自得の結末、例えこれで滅びても仕方がないと……当たり前かもしれないと、思いもするのだ。
「とりわけリノア……君はそんな人類とはまた違うわけだ。だから猶更愚かだと思っても仕方がないはずだ。
実際、君は人類をどう思う。…………それが知りたい」
私は彼に聞いたのだ。
この問いに対し、さすがにリノアは……沈黙して考えこむ感じであった。やはりそうだろうな。このような人類など救うに値するか、断言出来る人間などいないはずだ。
「──確かに、そうかもね」
ようやく一言、そう言ったリノア。
「スミノルフさんの言う通り、人類には確かに悪い面もあるかもしれない。同族同士戦いを繰り広げ続けるのもそうだし、自分達の暮らす……それに僕達の本当の故郷でもある星、地球の環境も自分達の手で破壊して。こうなるのも当然だったのかもしれない。
やがて自滅するのは当然の種族、そうなのかもしれない」
言いにくい様子ながらも、そう話すリノア。……だが無理もない。きっとそれが普通の考えなのだから。
「やはりそうであるな。人類など……本来は救うになど値しないものなのだ」
本来は私の方こそ人類に絶望しているのだろう。人類を救うべき重要な立場にいながら、その実こうして人類に絶望し救う事に消極的にある。
だが、そんな私にリノアはこう話すのであった。
「けど、それでも僕は──見捨てられないから」
「……それは、どう言う意味なのだ?」
彼は私の目を見据えて、更に話を続ける。
「確かに人類には負の面もあるけれど、それでも救いがないわけでは、僕は決してないとおもう。
争いはするし自分達の事を優先し過ぎているかもしれない。けれど──それでも人には良い部分だってちゃんとあるって分かるから」
リノアのその言葉に、私ははっとしたのだ。
「誰かを愛したり、想ったりも。何が正しくて間違っているのかも理解して……その多くの人は正しくあろうとする。スミノルフさんだってそうじゃないか。
今回の事もただ──少し誤っただけだ。それで全て滅ぼされていいだなんて僕は思わない」
「そう……か」
そしてリノアはうっすら微笑んで、言った。
「だから僕はこうして協力している。一握りかもしれない。けれど救えるのなら……救いたいと願っている」
リノアの言ってくれたそれらの言葉。彼があそこまで考えるのなら、それでも人間は捨てた物ではないと。
私は──そう思ったのだ。
────
そしてついに、ベルゲルミルの出港の時が訪れた。ベルゲルミルのみではない、外宇宙に旅立つ残り四隻の移民宇宙船もまた、この時を以って地球を発つ。
私は身支度をして自室から出る準備をする。出港式は船のブリッジでとり行う、艦長として出ないわけにはいかないだろう。そこで初めて船を起動させ、発進する。他の移民宇宙船とともに……この地球から去るのだ。
そう、地球から……永久に。そして数百年にも及ぶ長い、長い旅路をそれぞれが目指す星に向けて旅立つ。地球も、他の移民船とも、この日を以って永遠にお別れになる。
「では、そろそろ出かけるとも」
私は部屋にいるリノアに出掛ける事を伝える。
「行ってらっしゃい、スミノルフさん。でも……」
心配げな表情を見せるリノア。気になる私に、彼はこう続けた。
「大丈夫かい? だって今の貴方は、とても寂しそうに……見えるから」
「ふむ」
そんな言葉。ああ、確かにその通りだろうな。私は苦笑いして答えた。
「仕方あるまい、これで地球ともお別れになるのだから。我々人類の故郷である母なる星から」
私はそう答え、部屋の窓に映る地球の姿を横目に見た。
大気は乱れ、淀んだ色と化した……地球。人類や、その他無数の動植物が太古の昔より暮らして来た故郷。それを自らの手でああまで汚した果てに、こうして見捨てて逃げ出すと言うのだ。
(思う所がない、と言えば嘘になる。だがこれもまた運命なのだ)
「……例え、自らの手でああまでして地球を汚したのが人類で、このような結果になったとしても私は……私たち人類は生き延びようと手を尽くさなければならない。それが生命として、種としての定めだ」
私は自分に言い聞かせるように言った。それから──。
「それでは行って来る。良い子で、待っていてくれたまえ」
そう伝えると私は部屋を出て、リノアと別れを告げてブリッジへと向かうのだ。
新天地へと目指す箱舟、移民宇宙船ベルゲルミル──旅立ちの時だ。
────
我々二万人もの人類を乗せたベルゲルミルは旅立った。
異星人であるリノアが示した彼らの惑星へと。数百年に及ぶであろう、長い旅路だ。私も艦長として船を指揮し、忙しい日々を送っている。
(もう冥王星を過ぎたな、ここまででももう……一年か。長い物だ)
地球を発ってから一年。ベルゲルミルは太陽系の冥王星、その周回軌道の範囲を超えた。
……ここまででも途方のない距離ではあるが、これからの道筋に比べれば、大したものではない。
「さてと、僕の故郷の星……惑星エデンにまでは、確か500年くらいだったよね」
エデン──それがリノアの種族が暮らす星の名前だ。かつて地球において聖書で描かれていた楽園と同じ名を冠しているのは偶然か、それとも。
そして私はリノアの言葉に頷きこたえる。
「その通りだ。惑星に辿り着くまで、短くて500年。……不測の事態を考慮すれば更に100年、200年長くなるだろう。
無論人類はそこまで生きる事など出来はしない。私も含めてこのベルゲルミルに乗る移民は全員この船の中で暮らし、一生を終える。そして──数世代も先の子孫の代となりようやく、エデンに辿り着くのだろう」
「500年……か。僕は地球人類に比べたら三倍以上は長生きだけど、それでも生きているうちに帰る事は、出来なさそうだね」
そう話すリノアは、心なしにか寂しそうにしていた。
やはり自らの故郷、帰れるものなら帰りたい。故郷を失った今だからこそ、その辛さは分かる。我々人類は地球を失ったが……それでも彼には帰る場所がある。
「……」
私もまた複雑であった。
……彼は人類を救うために尽力してくれたのだ。であれば、私も彼に出来ることは──。
「リノア、良ければ少し構わないか?」
私にはまだ、僅かでも出来る事がある。リノアは不思議そうにしていたものの、気になったように顔を向ける。
「いいけど、どうしたんだい?」
「実はリノアに見て欲しいものがある。秘かに私が用意していたものがある、それを……君に」
それでもまだ分からない様子のリノア。まぁ、無理はない。私は彼のために、ある物を用意した。せめてもの礼として……私は。
彼は少し考えていたようではあったが、やがてこう答えてくれたのだ。
「──いいよ。だって、僕のために用意してくれたんだよね。楽しみだから」
本当に、とても素直な良い子だ。私は微笑み、頷いた。
「そう言ってくれると有難い。……では、私について来てほしい。少し歩くかもしれないが、構わないだろうか」
そうして私はリノアを連れて、ある場所へと向かうことにする。
────
ベルゲルミル内を歩く私とリノア。今は通路を歩く私たちであり、窓からは船内の居住区画が見下ろす事が出来る。
「改めて思うけれど、本当に街みたいだ。……人だってあんなに沢山で」
途中、窓から居住区画を眺めるリノア。私もまた隣で、さながら都市のような居住区を眺める。
彼の言う通り、居住区画には今や、地球を離れた二万近い数の人類が暮らしている。まさに普通の都市同様、通りには多くの人間が歩き、建物には生活している様子が垣間見える。
「確かにな。彼らにとっては今のこの船の中が、世界の全てでもある。一生涯を過ごす世界ではあるが」
「それでも、みんな普通に暮らして、それに幸せそうに僕は見えるよ」
そんな風にも、リノアは言ってくれた。私はそうだな──と、答える事にした。
「もう生体兵器の脅威はない、狭い世界とは言え平和を手にしたのだから。
最も、この先どうなるかは彼ら次第ではあるのだが」
「……そうだね」
この先数百年間、それまで人類社会を守って行くのは彼らと、その子孫たちなのだから。先の事は、まさにそれにかかっているのだろう。
「さて、では再び歩こうか。目的の場所まであと少しでもあるのだから」
そして我々二人は歩みを再開する。リノアに言うように……あともう少し、なのだから。
私とリノアが歩き、たどり着いた先。そこは私自身が個人的に使用していた資料室だ。
部屋の規模はせいぜい小部屋程度のものではあるが、並ぶ棚には長年集めた研究資料が数多く置かれている。言うなれば、まさに私の研究の集大成と言うものだ。
「ここは私の資料室だ。管理に関しては今は私がしているが、例え己が亡くなった後でもここは現存のまま保存するよう伝えてある」
「僕も何度か来た事はあるよ。スミノルフさんの資料、面白いものが結構多いから」 リノアの言葉通り、彼も私と共にこの部屋には何度も来たことがある。しかし、今回ここに来たのは、また別の理由でだ。資料や本を読みに来たわけでは、決してないのだ
私は棚の一画、そこに置いてあった資料を指定の順番で外し、並べ替える。──すると。
近くの棚が奥へと沈み込み、それから横へと移動し入口が現れる。
「これは──」
リノアは驚きの表情を見せた。だが、無理はない。
「誰も知らない、私の隠し部屋だ。……秘密にしておきたい物もあるからな」
「秘密に、しておきたい物って?」
そう言う彼に、私は優しく微笑んで答えるのだ。
「あともう少しで分かる。君に見せたいものはあの部屋に中にあるのだから」
私はリノアを連れ、今度は開いた入口の中へと入る。最低限の照明のみの薄暗い通路、私たちが入ると同時に扉は元のように自動で閉じる。心配するリノアを私は安心させる。
「心配しなくても、出るときには自動で開くようになっている。安心してくれたまえ」
そうして今度は通路を歩くが、距離はさほどではない。すぐに隠し部屋の扉に辿り着き、私は扉を開く。
部屋の中にあるもの……それは。
「あれは、僕が乗って来た宇宙船の一部……コールドスリープ装置だけ、取り外したの?」
部屋には多数の機器類を置き、それぞれ電線とチューブで繋げている。そして、中央には楕円型の……繭のような形の物体を置いている。
リノアの言葉通り、あれは彼が乗って来た宇宙船から取り外したコールドスリープ装置だ。驚く彼に私は説明する。
「君の船は地球の技術では修理不可能であった。そもそもエネルギーの用意自体からして、無理があったからな。
けれどコールドスリープ装置だけは、秘かに使用可能に出来るようにと研究を行っていた。船から外しても問題なく使えるように、一人修繕作業を行い……ようやく安全に使えるようにした」
「スミノルフさん。でも、どうしてわざわざ、こんな物を」
この装置は、ずっとある目的の為に作ったものだ。私は──。
「リノア、君のために用意したのだ。例え何百年経とうとも……故郷に送り届けるために」
「──!」
はっとしたリノアの表情。
「故郷を失った我々には無理だが……リノア、君には帰るべき故郷がある。コールドスリープは目的地である君の母星に辿り着いたら自動で目覚める設定にある。それまで君は眠り。星に着いたら移民船から降りる人々に混じれば気づかれはしないだろう。
リノア、君は帰る事が出来るのだ」
彼だけは、生まれ故郷に返してあげたかった。人類を残すのもそうだが……それが私の望みでもあった。
驚きを隠せないリノアであったが、心に何かを感じたように瞳が揺らいで。
「本当に、僕は……故郷に」
そう言ったリノアの様子は、言い表せなく感動しているような感じで。私は彼にもちろんだと、伝えた。
「そうだ。それが、人類に助けを差し伸べた君に対する、人類を代表して私に出来る事なのだから」
これが私に出来る精一杯だ。
リノアは俺を見つめて、そして──急に私に抱きついて言ったのだ。
「ありがとう! これで帰る事が出来るんだね。だってもう諦めていたから、帰れないって。
でも……故郷に戻れるなら、こんなに嬉しいことはないよ」
笑顔で、それに涙も見せている彼の顔。……とても嬉しいと言う感情が伝わる。喜んでくれて、私も嬉しかった。
「そうか、そうして喜んで貰えるなら……私も嬉しい」
「旅立ってからもう長い月日が経っている。星に戻っても……知っている人はきっともういないだろうけど。でも自分の生まれ育った星だから、帰れるものなら帰りたい」
そうしたリノアの想い、何よりだ。
私は改めて彼に……言葉を伝えた。大切な事を。
「そう言う事だ。このコールドスリープ装置はいつでも使える、その上で改めて共に過ごそう。
いつか──もしこれを使いたいと、その時まで」
────
それからも私はリノアと共に過ごした。
宇宙を飛ぶベルゲルミル、箱舟の中で二十数年。……艦長の任も既に降り歳を取り、私の死期が間近に迫った頃。
私と、そしてリノアはあのコールドスリープ装置がある、秘密の部屋へと来ていた。ここに来た──と、言う事は、ついに。
「それでは、これでお別れですね」
最初の頃、リノアと会った時はまだ子どもの姿ではあった。だが、今はすっかり大人の青年に成長した彼の姿。異星人である彼は、我々地球人類と比べて成長は緩やかだ。外見で言えば二十才程の若い青年と言ったところだ。
「リノア、君も今は立派な大人だな。それに比べて私は……こんなに、歳をとってしまった」
同じころ、まだ五十代後半の初老であった私は、すっかりやせ衰えた弱弱しい老人だ。年のせいもあるが……数年前から不治の病にかかり、そのせいでこうなったのだ。
余命はいくばくもない。だからこそ、まだ私が生きているうちに……お別れが出来るうちに眠りにつこうとしたのだろう。
リノアと言葉を交わすのも、きっとこれで最後になる。
「スミノルフさんに出会えて、良かった。貴方と過ごした時間はどれも僕にとって……大切なものだから。
いつか僕が目覚めた後も、ずっと忘れない」
そう言ってくれるとは、とても嬉しいものだ。
「ああ。君と出会えて、過ごせて、私も幸せであった」
「僕もだよ……でも」
リノアは寂しそうに、顔を伏せる。
「もうスミノルフさんと会えなくなる。それが寂しくて、たまらなく」
私とリノア、共に何十年も過ごした……言うなれば我が子のような存在であった。寂しい気持ちは、変わらず同じでもあるのだから。
「私こそ、そうだ。──だからこそ君に渡したいものがある」
私は自分の首から、あるものを外した。そして……それを彼に渡す。
「これは……ネックレス?」
リノアに渡したもの、それは青いサファイアがきらめく、美しいネックレスだ。それは私にとっては、とても大切な物で。
「このネックレスはな──かつて私の妻がプレゼントしてくれたものだ。
愛する私の……大切な人、リノアと会うよりずっと昔に生体兵器の暴走によって犠牲になってしまったがね。これは彼女が遺してくれた唯一の形見、私の宝物だ」
「そんな物だったら、なおさら受け取れるわけがないじゃないか。なのにどうして?」
「だからこそだ、リノア」
私は言葉をこう、続ける。
「見ての通り私の命はあと僅かだ。そんな私が、これを持っていた所で意味はないだろう。
今まで長い間大事にし続けて来た。だからこそ、これからは君に持ってもらいたい──頼む」
これが心からの私の願いだ。リノアはしばしの間沈黙していたが、やがて分かってくれたようにそっと手からネックレスを受け取ってくれた。
「ありがとう。きっと……ずっと大切にしていくよ」
リノアは蓋を開けたコールドスリープ装置に、ゆっくりと横たわる。
手には私が渡したネックレスを握りしめ、横になって私を見つめる彼。私は蓋に手をかけたまま、視線を返す。
「さよならだ、リノア」
「うん。──さよなら、スミノルフさん」
もう多く語ることはない。今まで、数十年──共に過ごして来た。言葉だって無数に交わした、私はもう悔いなどない、満足している。後はお別れを済ますだけ……コールドスリープの蓋を閉じるだけだ。
蓋を閉めれば、リノアは長い……長い眠りにつく。もう本当にお別れだ。
だからこそ、蓋を閉めることを躊躇っていた。……しかし。
「──君の故郷に帰れる事を、心から願っている」
出会いもあれば、別れは必ずあるものだ。私は別れの言葉を継げる。何も言わずにリノアは微笑んだ。
……そう、これでいい。彼を元いた世界に帰すことが、私の最後の使命であるのだから。私は一度だけ頷き、装置の扉を──閉めた。
これがリノアとの……最後の思い出だ。
────
かつてスミノルフさんと言う人間が遺した、大昔の記録。生体兵器により滅びの縁にあった地球人類が、生き延びる為にこの巨大な船を作り上げて、遥か長い星の大海を旅し出した……その顛末が記されていた。そしてもう一つ、そこに書かれていたのは彼の人生。大昔に生きて来た想いと、そして願いだったんだ。
(スミノルフさんと……リノアさん。ずっと大昔にそんな事が、あったなんて)
地球人と異星人、出会った二人の大切な絆。……今はもうボロボロに古びているけれど、かつてはこの船──移民船ベルゲルミルは何百年もかけて宇宙を、星々の大海を渡ってここまで辿り着いたんだと。
あの二人の絆があったからこそ、その旅があった。僕はつい……そんな長い、長い旅路の様子に思いを馳せる。
(あの後、スミノルフさんが亡くなって……そしてリノアさんがコールドスリープに入ってからも、きっと船は進み続けたんだろうな)
更に何百年も。スミノルフさんの話では地球人類の寿命は長くないみたいだから、船の中で沢山の人々が生まれて、死んで。そうして……長い時を経てやがてこの星に辿り着いたんだと。
(だからこそ船が、この惑星にある。だけど──)
コールドスリープに入った、リノアさん。結局あれから……どうなったのか。無事に目を覚ます事が出来て、ちゃんと故郷であるこの星に、帰れたのか。
けど、本当はその答えは──とっくに分かっていた。
(……そう言うことだったんだね。ようやく分かった、このネックレスの意味が)
ネックレスを出して、改めて僕は眺めた。青い石が輝く……古びたネックレス、これこそスミノルフさんがリノアさんへと送った形見だと、そう知ったから。
ネックレスは僕のご先祖に伝わる遺品。……と言うことは、僕のずっと昔のご先祖さまに、リノアさんがいたと言うことなんだ。そう考えると、何だか不思議な──驚きでもあって。
(本当に不思議だね。リノアさんが、僕のご先祖さまとしていたなんて。
故郷に帰ってもずっと時間が経って、もう知っている人はいなくて。色々大変だったとは思うけど、でもきっとリノアさんは幸せだったと……僕は信じてる)
ぎゅっと、僕はネックレスを胸に抱いて……そんな思いを馳せた。
────
あれから、僕はベルゲルミルを出て、そのまま後にした。僕が持って行けるような貴重品は結局なくて、手ぶらで出た。
でも、例え形にはなくても僕は大切なものを……確かに手に入れたような、そんな気がする。
エアバイクに乗って、僕は走らせて行く。用事は済んだ、後はまた元来た道を戻って家に帰る。……とても長い帰り道になるけれど、僕も早く──帰りたいから。
家族や友達にもまた会いたいし。それと、ここの事や知った事も、後で先生にも教えよう。きっと興味があると思うから……けれど。
ふと途中で、名残惜しくなってエアバイクを止めて降りて、後ろへと振り返った。
桃色の草原に佇む巨大な移民船──ベルゲルミル。あれには大昔、ある二人の想いが詰まった船。
(強い想いはきっと……永遠だよね。少なくとも、僕は忘れない。
遠い地球の人であるスミノルフさんと、それに僕の遠いご先祖様のリノアさん。貴方達の事と、繋いだ想いはこれからだって僕は覚えているし、大切にする)
あの日誌を見た内容もちゃんと覚えてもいる、もちろん記録もしておいた。いつか大人になったら自分で──本にしてみようか。だって、他のみんなにも知ってほしいから。
そう思って……僕はまた前を向いて、エアバイクに乗って走り去った。
彼らは大昔の今を生きた。僕も、これから今を──生きていたいと思うから。
遥か星々の向こう側へ ──To the other side of a long way off stars── @TwinCrow
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