第17話


 自分の顎は良く落ちるものだ、──なんて思いが頭を掠めながら……


「な、な、な、何よこれ────!!」

「何って請求書、六年分の利子付き」


 しれっと答えるミルフォードをわなわなと睨みつけ、セシリアはダンッとテーブルに書類を叩きつけた。

「何っで、こんな事に!?」

「何で、って君……フィリップとミランダの式の後、急に何の記憶も持たない八歳児に戻ってしまったんだから。いくら私でも子供相手にえげつない取り立てはできないよ」

「ろ、ろくろくろくねん……ぶん!」

 ミルフォードの答えを半分耳に留め、セシリアは再び請求書に目を落とした。


 ゼロが四つ五つ六つ……

 そこには絶対にセシリアのお小遣いじゃ届かない額が突きつけられていて……


「──って、払える訳無いじゃない!!」

「へえ、払えないと……?」


 にたりと笑うミルフォードにびくりと身体が竦む。

「払えない場合の誓約もちゃんと書いてあるよ」

「はっ? ……ちょっと向こう三年、下働き……!? 下働きって、何よこれ!!」

「君にできる事を代わりに考えてあげたんだよ。頭を働かせる仕事は向かないだろう?」

「なんですってえ?!」

「ああ、『うるさい姫君』だ」

「ムキー!!」



(……それでも)

 目の前で猿よろしく騒ぎたてるセシリアに一瞥してミルフォードは口元を緩める。

 

 六年前、丁度十五歳という年齢だった自分は、婚約者を選ばなければならない年頃だった。

 相手は誰も彼も同じような居住まいに様相、表情。


 サイコロにでも相談した方がよっぽど時間を有効に使えると欠伸を噛み殺していた頃。

 破天荒というか奇行というべきか……そんなこの公女の特攻がミルフォードの心を射抜いてしまったのだ。


『当然よ、好きな人が幸せになったんだから』


 自分の一番大事なものを守る為に、大事な人を諦めた人。

 馬鹿じゃないかと思う気持ちだけでは済まなくて、結局彼女はミルフォードの心を捉えて離さなかった。

 もうこれ以上は誰に会っても同じだと、見合いの席を全て断る程に。

 自分なら、好きな相手は幸せにしたいと思うから。


「……やっと会えた」

「遅いのよ! せめとあと三年早ければゼロの数があと……!」

「……」


 しかしどうやら彼女は六年振りの再会にも何の感動も持ち合わせていないらしい。ミルフォードは目の前の少女に冷たく目を眇めた。

(おかしいね、私の容姿はなかなか優れた部類に入るというのに……)


 取り敢えず。


 散々待たせた自分の恋心を遠慮なく踏み躙っているこの娘を、当面どう痛ぶってやろうかと。

 ミルフォードは窓の外に広がる見事な薔薇園に目を向けながら、楽しく模索したのだった。

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【完結】回帰した自称ヒロインから、あなたの婚約者は私の運命の相手だから今すぐ別れなさいと迫られた件について 藍生蕗 @aoiro_sola

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