第15話
「……フィリップ、ごめんない。こんな傷を負ってしまって」
控室まで彼を見送った際、ミランダはフィリップに傷を晒した。
彼は気にしないと言ってくれると思ったが、それでも婚姻後には後には引けない。
恥いるように顔を伏せるミランダに、フィリップは愛しそうに、切なそうに彼女の傷を撫でた。
そうして彼こそ痛そうに顔を歪める。
「痛くて、辛かっただろう。君が怪我をした時に近くにいれなくてごめん。……君の為に強くなろうと思ったのに。でも、その傷で君が負い目を感じる必要は何一つないんだ……結局僕は、怪我だけで良かったとか、変わらず愛しいとか、そんな感情しか浮かばないから。それよりも……ミランダが生きていてくれて嬉しい」
眉を下げるフィリップの頬を、ミランダはそっと包んだ。
「私もよ、あなたが生きていてくれて嬉しい」
「待っててミランダ、今度こそ君の元に行くから」
「ええ待ってるわフィリップ」
本来なら新郎が花嫁を待つバージンロード。
けれどこの式ではミランダが。先程祈りを込めて見上げた風刺画に、今度は感謝の祈りを捧げ待った。
◇
突然変わった新郎へ対する司祭や参列者の物言いたげな視線は、礼拝堂の端で威圧感を放つ王太子に黙殺された。
「やっと君と結婚できた」
今にも泣きそうに笑うフィリップにミランダも泣き笑いを返した。
「フィリップ……大好きよ。六年も待ってくれてありがとう」
「うん僕も。ずっと大好きで、愛してる」
そうして幸せそうに笑い合う二人の影が重なって、祝福の鐘の音が鳴り響いた。
ずっと思い描いていた幸せな花嫁の姿。
それが今自分と重なるのを、ミランダは確かに感じた。
◇
「……良かったの?」
スカートを握りしめる隣の少女を一瞥すれば、彼女からは冷ややかな眼差しが返ってきた。
「当然よ、好きな人が幸せになったんだから」
涙を堪えるその顔に、ミルフォードはふうんと口にして、背中を預けていた壁から身を離した。
「君のやった事には何の利もない……僕には分からない感情だな。ま、国宝を使った代金は後日請求しにいくから、しっかりお父上や国王陛下を説得しておいてくれよ?」
「──何よケチ! 無感動! 臣下の幸せを願う器の広さぐらい持ったらどうなの!?」
ひらひらと手を振るミルフォードに悪態を吐いた途端、セシリアの意識はぐらりと傾いた。
「あら……?」
慌てて持参していた瓶に目を向ければ、思っていたより早く葉が青く染まってしまっていた。
真っ青な顔でそれを視界にいれる間に、セシリアの意識は六年後──回帰前に戻った。
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