第13話

「それはどうだろう」

 けれど勢いを取り戻しかけたレドルに、別の声が掛かった。

 はっと顔を上げれば、そこにはここアドル国の王太子、ミルフォードの姿があった。


 隣には身体を強張らせたセシリアが立っている。

 何故この人がと呆然と見上げるミランダに、ふっと笑みを浮かべ、ミルフォードは独り言のように口にした。

「──未来を、視てきた」


 あっと、あがりそうになった声を慌てて飲み込む。 アドル国の聖樹、未来を視る枝……

 ミランダに支えられるように座るフィリップは落ち着き払っている。恐らくセシリアの行動を知っていたのだろう。


「侯爵代理?」

「は、はい?!」


 突然現れた王太子にレドルは居住まいを正した。

 しかし今までこの場で一番爵位が高い立場だったレドルは、それが覆され忌々しいという感情を隠しきれていない。

 それすら見透かしたようにミルフォードは笑うようにふっと息を吐いた。


「残念ながら君には逮捕状が出ているよ。現侯爵の薬に毒物を混ぜ身体を弱らせていた事、それにその嫡男への医療行為の放棄」

「なっ?」

 驚くレドルに変わらぬ様子で笑みを深め、ミルフォードは続ける。

「こちらの令嬢はフォート国の公女であり、どうやらフィリップに恩があるそうでね。……彼の負傷を聞き、良薬の手配の為に病状を確認しようとしたそうなんだが。侯爵家に出入りする医者へ辿り着けないと不審に思われたそうで、我が王室に相談に来られたんだ」


 淡々と話すミルフォードはまるで事実しか語っていないように堂々としているが、セシリアとフィリップの関係は嘘八百だ。王族って凄い。


「そ、そんな……そんな話、聞いた事がない……」

 でしょうね!


 そんなミランダの内心は他所に、青褪めるレドルにミルフォードは小首を傾げて笑ってみせる。

「あれ? ここで最初に否定するのが二人の関係性ってどうなのかな? 君の罪は認めるととってもいいのかい?」


 レドルは益々青褪めた。

「そ、それは勿論! 事実無根でありますが!」

「まあ、取り調べに応じてくれればこちらは構わないさ。なんせガルシア侯爵家という名家を失えばアドル国にも影響が大きいからね。……だから確認させて貰ったんだけど──」


 君じゃ、その素質はなかったよ。


 誰にも聞こえないような小さな声を、しかしミランダはその耳に拾ってしまった。

 離れた場所にいるレドルも、不思議とその言葉は届いたかのようで、目を大きく見開いた。


 ミルフォードの冷たく無機質な声に身体が強張る。そんなミランダを慰るようにフィリップが背中を撫でてくれた。


 セシリアの顔が引き攣って見えるのも、ミルフォードに突きつけられた条件が破格だったのかもしれない……

 確か彼はまだ十五歳ではあるものの、とても頭が良く、為政者としての頭角を表していると評判だ。……同時に冷淡だとか、誰に対しても平等に厳しいという噂のある人物でもある。

 

 そんな相手に立ち向かってくれたセシリアにはもう感謝しかないけれど。

 彼女は自分の為だと言っていたが、レドルのしていた事を考えれば、もうそれだけには止まらない。間違いなく彼女はアドル国の恩人だ。

 とは言え彼女の様子は気になるところで。


「せ、セシリア様。大丈夫ですか?」

 そっと問いかければ、セシリアは力無く首を振って笑ってみせた。

「大丈夫よ、少し面倒くさい人だったけれど」

 そう言ってチラッとミルフォードの横顔を見遣る。


 ……我が国の王太子がごめんなさい。

「これでも私、精神年齢は十四歳の公女なんだから」

 そう明るく言ってみせるセシリアは頼もしい事この上ない。今更ながら、彼女はとても素晴らしい公女様だ。


「面倒くさいって何さ」

 ミルフォードは不服そうだが、ここはセシリアの意見を尊重したい。

 とはいえ王族や、それに連なる者の意識の高さには改めて感心してしまうものだ。自分が十四歳の時とは正直比べものにならない。

 

「お、おい! やめろ!」

 そんな事を思っているうちにミルフォードは手を振り、彼の騎士たちがレドルを取り囲んだ。そのまま動揺と共に喚き出すレドルを連行していく。


 ……フィリップはもしかして、レドルの本質を見透かしていて、最初からこの場で断罪するつもりでいたかもしれない。彼が関わるなとミランダに言いおいたのも、冷淡と評判のあるミルフォードとの関わりを懸念したせいだったのだろうか。


 動揺に揺れる礼拝堂内のどよめきを払うように、ミルフォードが花咲くような笑顔を見せた。


「そう言えば今日は結婚式だったんだって? 式を中断してしまったようで申し訳なかったね」

「え……め、滅相もない……」

 誰へともない問いかけに、そこにいる一同はぶんぶんと首を振った。それに満足そうに頷いて、ミルフォードはダリルに目を向けた。


「で、君が新郎かい?」

 その言葉にダリルは困ったように眉を下げた。

「いいえ」

 いつの間にその腕には、目を潤ませた別の令嬢を抱えている。


「我が家が侯爵家の圧力に耐えられず受けた婚姻でしたが、実は私には、他に将来を誓った女性がおりまして……」

「おやおや、それは気の毒に」

「……」

 ダリルとミルフォードのやりとりが妙に白々しく感じるのは気のせいだろうか……


 しかしそれを受け、益々混沌とする礼拝堂内を見ては、ミルフォードは楽しそうに笑みを深める。

 ダリルも臆する事なく先を続けた。

「それに私は元々そこの悪縁あるフィリップに脅されていたのです。ミランダとは自分が結婚するから、そのつもりで挙式を行うように、と」

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