第12話


「ミランダ! 連れてきたわよ!」

「セシリアっ」


 突然の訪問者に礼拝堂がどよめいた。

 連れてきた、というよりは引きずられてきているようだが……ぜえぜえと息をするイーサンの背中にいるのはフィリップだ。


「……っ、フィリップ様」


 ミランダは急いで踵を返し、フィリップの元へと駆け出した。

 怪我をして療養していると聞いてる間、レドルたちの采配で一目も合わせて貰えなかった。

 意識のないフィリップは目を閉じたまま、青い顔で、けれど小さく息をしていた。

 その姿に胸が詰まり、喉の奥が絞られるような感覚を覚える。


 ミランダはイーサンの背から降ろされたフィリップの両手を取り、声を掛けた。

「フィリップ様」

 ざわざわと場内に広がる困惑を背中に感じながら。ミランダはフィリップに顔を寄せ、再び名を呼んだ。

「フィリップ様……起きてください」


「おい! 何だ、どうしてここにフィリップがいるんだ!? 屋敷で療養させていた筈だ! まさか攫って来たのか!? この私の屋敷に勝手に忍び込んで! 衛兵! こいつらをつまみ出せ!」

 レドルの叫び声と物々しい雰囲気が背後に迫る中、ミランダはフィリップの頬に両手を添えた。


「起きて下さいフィリップ様。私と結婚して下さるのでしょう? 今起きて下さらないと、私は別の誰かに嫁ぐ事になってしまいますよ? ……六年も慕ってくれていたのでしょう?」


 衛兵の手がミランダの肩に触れたと同時に、フィリップのまつ毛が揺れた。

「うわ!」

「何をする!」

 振り向けばミランダの手を剣の鞘で叩き落としたダリルがすぐそこで衛兵と対峙していた。

「汚い手でお姉さまに触るな! ……おいフィリップ、起きないのか? このまま俺がお姉さまとの式を継続させてもいいのか?」


 どこか揶揄いを含んだ声音で叫ぶダリルの声に、フィリップが重そうに瞼を押し上げた。

「ミ、ランダ……」

 薄く覗く青い瞳が光を受け、サファイアのように煌めいた。


「フィリップ! 目が覚めたのね!」

 歓喜のあまり飛びつけば、目覚めたばかりのフィリップは受け止められず。ミランダが床に押し倒す形になってしまった。

「あ。ご、ごめんなさい……」

「いいよ……嬉しい。間に合ったみたいで良かった……」

 ぎゅっとしがみつくフィリップに堪らなくなってミランダも抱擁を返す。


 声を掛けても、やはり起きなかったらどうしようと思っていた。……怖かったのだ。

 震えるミランダの肩を叩き、フィリップはもう大丈夫と呟いた。


「フィリップ、起きたのか……し、しかしいくらお前でも勝手をされては困る。今はガルシア侯爵家にとっても大事な婚姻の最中で……」

 フィリップはミランダを片手で抱えながら目を泳がせるレドルを睨みつけた。

「僕の婚約者が他の男と結婚をするのが侯爵家の大事? 僕の許可も父の許可も得られないまま何を勝手な」

「そ、それは。仕方がないだろう。大体お前たちが使い物にならなかったからで。私だって侯爵家の事を考えてだな……!」

 唾を飛ばし怒鳴るレドルは強硬な姿勢を貫くようだ。この場で一番身分が高いのは自分。彼の価値観で決めつけられた序列は、彼の意志の後押しをしている。

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