第9話
「綺麗です、お姉さま……」
子爵領の神殿。フィリップとの婚儀に用意してあったドレスに身を包み、ミランダはダリルの視線に苦笑した。
「ありがとう、ダリルも素敵だわ」
フィリップと同じく騎士団に入り、彼もまた背が伸び逞しくなっていた。礼服でもある騎士服がよく似合う。
「お姉さまとこうしていられるなんて、夢のようです」
うっとりと口にするダリルに思わず目を丸くしてしまう。
「──もう、口が上手くなったんだから」
なかなか離してくれない手を困った思いで見つめていると、控室のドアが控えめに叩かれた。
「そろそろお時間です」
「……分かりました」
ミランダは小さく息を吐いて立ち上がった。
ツキリと痛む足に僅かに顔を顰める。このドレスの下には貴族令嬢としては致命的な傷がある……
過去をやり直しても、変えられるものと変えられないものがある。ミランダの傷は後者だった。
だからこの婚姻が成り立ったのだろうけれど。
「……ダリルありがとう。この話を受けてくれて」
ミランダの傷が醜聞として広まったのは侯爵代理が吹聴したものと思われる。
こうなるともう、ミランダがモリス家の汚点として貴族界に認識される前に、父としては片を付けざるを得ない。
そしてレドルは本気で侯爵家を自分のものにするつもりのようだ。
その為に侯爵やフィリップに近しい縁を切り、やがて自分の息子に爵位を継がせらるよう、地盤を固めていこうとしている。
もしダリルがこの話を受けなかったら、自分の未来はどう決められていたのか……
レドルは勝手をしているように見えるが、他家のお家騒動に口出しをしてくる貴族はいない。更にガルシア侯爵の名を出されてしまえば、代理と分かっていても下級貴族では有無を言えない。
それに結果レドルが優秀な領主である事を示せれば、彼らもその名に阿るようになるのだから。
ダリルの父は先を見据え、その話に乗ったのだろう。
家の方針であれば仕方がないが、ダリル個人には迷惑を掛けている自覚がある。
「他ならぬお姉さまの為ですから」
そう言って照れた顔で笑うダリルに、改めて申し訳ない思いが込み上げた。
けれど、最後には笑っていたい。
結婚式というイメージで漠然と描いていた、幸せな花嫁のように。多くの人の祝福を受け、幸せを噛み締めたい。
だけど今日この式にはレドルたちも参加している。フィリップとの婚約を回避せざるを得ないように、ミランダとダリルの婚儀に圧力を掛ける為だ。
……彼らを見つけ、それでも自分は笑っていられるだろうか。
ミランダはそっと瞳を伏せた。
「それではお姉さま、名残惜しいですが。後で……」
指先に唇を落とすダリルは本当に離れ難いような顔をする。
「ええ、後でね」
後ろ髪引かれるように退室するダリルを見送り、ミランダは父の手を取った。
◇
礼拝堂は奏者が奏でるオルガンの音と、招待客の騒めきで溢れていた。
ミランダは高い天井に描かれた神々の風刺画を祈るように見上げ、堂内に意識を戻した。
そこに垣間見える動揺に聞き耳を立てる。
新郎がフィリップからダリルに変わった事へ興味関心だろう。けれどそれもガルシア侯爵代理の出席で、誰もはっきりとは口にできない。
そんな不協和音を聴きながら、ミランダは父と共にダリルの待つ場所まで一歩一歩進んで行った。
(フィリップ、私、結婚してしまうわ)
悲痛な顔で御神体を見上げる。
(お願い、目を覚まして……!)
父の手を離れ、ダリルの手を取ろうとした瞬間。礼拝堂の出入り口に立つ人物がいた。
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