第3話
取り敢えず彼女にとっての大事な理由というのは分かった。
つまり彼と過ごす時間を長くとりたかった、という事だろう。
両手を組み、うふふと声を漏らすセシリアにミランダは頬に手を当てたまま固まってしまう。
それにしても、
「十八歳と十歳ってどうなのかしら……」
思わず呟けばセシリアはキッとミランダを睨みつける。
「失礼ね! 私は八歳よ!」
「……八歳」
近くにあるセシリアの顔が遠くに見える。
いや、二十四歳と十四歳もおかしい年齢ではないのだけれど。
十八歳と八歳で育む愛というのに、少しばかり疑問であるだけで……
事情のある政略婚ならいざ知らず、愛を貫いてと言われれば、フィリップは周囲から自分が抱いたような、あらぬ疑いをかけられるのではなかろうか……
「どうしましょう、イーサン」
「落ち着いてくださいお嬢様」
悩んでいると、執事のイーサンがささっと近寄って来た。
「そもそも破婚は許されませんよ……フィリップ様が……」
「ああ、ええ……そうよね……」
あれこれ考えるも、イーサンの台詞に改めてフィリップを思い浮かべ、ミランダは一つ頷いた。
「セシリア様、やはり破婚は難しいですわ。もし本気でお考えならそれは直接本人に……」
「──破婚? それは誰の話?」
その声にミランダとイーサンはびくっと身体を浮かせた。
「まあ、フィリップ様!」
一方声を弾ませるのはセシリアだ。
きらきらと明かりの加護でも受けているのか、光の反射スキルでも身につけているのか。
サラサラと流れるプラチナブロンドにサファイアのように輝く瞳。
綺麗に整った顔と、すらりと高い体躯……相変わらずの美男子っぷりを発揮して、フィリップは客間に颯爽と現れた。
「う、眩しいっ」
そんな婚約者の登場に、執事共々慌てて視界を塞ぎ、ミランダは顔を背けて瞬きを繰り返した。
そんないつもの二人の反応を気に留めるでもなく、フィリップはセシリアに一瞥をくれた後、ミランダの手を取りながら無表情に問う。
「誰この子?」
「ええと」
期待に目を煌めかせるセシリアに、ミランダは僅かに逡巡してから掌を上に向け彼女に指先を向けた。
「セシリア様です」
「あ、そう。それより破婚って何?」
手を掬ったまま無表情で見下ろすフィリップにミランダは視線を彷徨わせた。
「ああ、それは……」
「──っもう、何なのその紹介は! フィリップ様、私はセシリア・オッドワークですわ。隣国の公爵家の三女で……」
「今僕はミランダと大事な話をしてるんだけど」
割って入るセシリアに、フィリップは面倒そうな視線を向ける。
「私こそがあなたの大事な将来の伴侶です!」
「大丈夫この子? 頭がおかしいのかな」
「……」
ミランダはイーサンと一緒にそっと視線を逸らした。
流石フィリップ、遠慮がない。話を根底から覆してしまった……
元々彼はあまり周囲に関心がない。
だから他人に対して無神経なところがあるというか何というか……
ミランダはセシリアの肩書きと勢いに飲まれ、真面目に話を聞いてしまった自分を少しだけ恥じた。
それでもセシリアはめげない性格なのか、フィリップに近付き焦れたように訴える。
「フィリップ様! あなたは私の生涯の騎士となり、薔薇園で赤い薔薇を捧げて下さったのです。『麗しい姫君』と仰って下さいましたわ!」
それは絵になりそうだとその光景を思い浮かべていると、フィリップは呆れた顔を返した。
「そもそも僕は君に会った覚えはないのたが……? どうせ君が落とした薔薇を拾ったのを勘違いしたとか、その辺りじゃないのか?」
ぴくっとセシリアの動きが止まる。
「う、麗しい姫君と……」
「うるさい姫君の間違いだろう」
かこんと音が聞こえる程、セシリアは大きく顎を落とした。
「あの、フィリップ様。セシリア様はまだ八歳ですし……その辺で……」
堪らずフィリップに声を掛けるも、彼は無表情なまま、ぐるりと首を巡らせ、ミランダに覆いかぶさるように詰め寄った。
「──で、破婚って? 何の話?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます