第4話


 ミランダ・モリスは二十歳の伯爵令嬢である。

 十代で結婚してしまう貴族令嬢の中で、行き遅れになりかかっている理由こそ、二歳年下のフィリップであった。

 

「ミランダ、結婚して」


 出会い頭に十二歳の少年に求婚され、十四歳のミランダは固まった。

 その頃のフィリップは小さくて女の子みたいで。けれど愛嬌はなく、なんだかとっつきにくそうな子だった。


(……手に負えなさそう)

 そう考えた。

 とはいえ、緊張に震える子供の求婚を笑い飛ばす程、ミランダは非情にはなれなかった。


「ありがとう、けれどあなたはまだ若いから。二年後、もしまだ私の事が好きだったらまた言ってくれる? 考えてみるわ」

「……分かった」


 大人しく頷いて引き下がるフィリップに多少の後ろめたさはあったけれど。

 彼は確かガルシア侯爵家の嫡男だった筈だ。家柄から格式まで違う両家を思えば、正直とても釣り合わない。

 そもそも子供は飽きっぽいものだ。二年なんて待てないだろうと、ミランダは黙って立ち去るその背を見送った。


「ミランダ、結婚して」


 けれどきっかり二年後。フィリップは変わらぬ様子でミランダに結婚を求めた。


「えーと、」


 ミランダは十六歳。そろそろ婚約と結婚を考える時期になる。けれど、年下はちょっと……抵抗があった。

「二年後に考えてくれるって言ったよね?」

「……言ったわ」


 忘れていた訳ではないけれど。それにフィリップはこの二年、定期的に花や手紙を贈り、熱意を伝えてきてくれた……子供らしくて可愛いと思っていたものの。彼の真摯な想いは、どこか見ないふりをしていた。


 理由は困る、から。

 というのはこの国で爵位が継げるのは十八歳の成人後。婚姻もそれに準じている。

 フィリップが十八歳になる時、自分は二十歳となり行き遅れ確定となってしまう。実家の伯爵家にも迷惑が掛かるかもしれないし、この面倒な貴族社会で隙を見せるのはごめん被りたかった。


 ミランダは意を決してフィリップににっこりと笑いかけた。

「フィリップ様、私を想って頂きありがとうございます。ですが、私たちは知り合ってほぼ交流がありません。今から二年ほど時間を設け、お互いに気が合うようでしたら婚約という形に致しませんか?」

「……それは」


 逡巡した後、こくりと頷くフィリップにミランダはホッと息を吐いた。

 相も変わらず無表情ではあるが、物分かりのいい子で助かる。


 もしかしたら彼は年上の女性に憧れでもあるのかもしれない。

 自分を慕ってくれる従弟の顔を思い出し、得心する。

 確かに自分は年齢より年上に見られがちだけど。

 それなら二年あれば彼と同じ年や、年下の少女たちにも目が行くようになるだろう。


 そもそもミランダは一般的な貴族らしい容姿ではあっても、人目を引く美しさがある訳でもない。やがて彼も関心を無くす筈だ。


 それに家柄を考えれば、彼の親も良くやったと褒めてくれるのではなかろうか。

 ミランダは自分の判断に満足気に頷いた。


 けれど、

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