第460話 母メーアの決断
母メーアが産んだ子は2人、ぷっくりと膨らんだ可愛らしい双子で、2人とも女の子だった。
しかしこのぷっくりと膨らんだという部分が問題だったようで、お腹の中で育ち過ぎたためか結構な難産となってしまったようだ。
そこでマヤ婆さんが、詳くは聞かされていないがかなり……アルナーが驚く程に荒っぽい方法で子供を取り上げたんだそうで、その荒っぽさは安産絨毯がなければ確実に命を落とす……という程だったようだ。
まぁー、結果としてみれば母子ともに健康で、母メーアもマヤ婆さんの決断を受け入れていて、結果良ければ……という感じなのだが、マヤ婆さんのこの手法はアルナーに結構な衝撃を与えたようだ。
アルナーでは到底思いつけない方法で、思いついたとしても実行出来るかどうか分からず……でも効果的で、仮に安産絨毯がなかったとしても子供は助かったに違いなく、今まで見えなかった目が開かれた思いで……そうしてアルナーはマヤ婆さんから魔法だけでなく、出産に関するあれこれを学ぶことにしたようだ。
『こんなことを言いたくはないが、マヤもいつまで元気な姿を見せてくれるか分からない。
そうなる前にあの知識全てを誰かが継承しなければ、世界に対する罪というものだ』
と、そんなことを言って懸命に学んでいて……エイマやアイサ、それとダレル夫人もこれを手伝い始めた。
マヤ婆さんから様々な話を聞いて、それを書きとめいずれは本にして村の宝とする。
本来そういった仕事は神殿の神官がやるべきことだったりするのだが……神殿は今はそれどころではないので、忙しさが落ち着くまではアルナー達に任せるつもりのようだ。
そして……母メーアが今回の出産で一つの決断をしたようだ。
「メァ~メァメァ~、メァ!」
ユルトの中で休憩していた私の下に、ぷっくり膨れてふわふわの毛を揺らす双子の入ったカゴを咥えてやってきた母メーアがそんな声を上げる。
その顔はいつになく真剣で……赤ちゃんメーア達がミァミァと可愛らしい声を上げる中、母メーアはずいと顔を突き出し、私に返事を迫ってくる。
「あー……領民になりたいということで良いのかな? そういうことならもちろん歓迎するが……その、旦那さんはどうしたんだ?」
メーアとの会話は最近になってようやく問題なくこなせるようになってきた。
正直その言葉の全てはまだ理解出来ていないが、表情や状況、声の強弱などでなんとなく察することが出来て……この会話方法は伯父さんから教わったものだ。
実は伯父さんもメーアとの会話はこの手法でこなしていたんだそうで……その人生経験や神官としての経験が、会話を成立させていたんだそうだ。
「メァ~メァメァー、メァ! メァー」
……恐らく、恐らくだが母メーアは旦那さんを放っておいて自分と子供達だけで領民になろうとしている。
父メーアに領民になろうと持ちかけたが断られ、喧嘩になり……説得を諦めて自分達だけでやってきたのだろう。
そんな決断をした理由は……聞くまでもないことだ。
野生のままであったなら出産で命を落としていたに違いなく、自分も子供も今こうしてはいられなかったはずで……私達への感謝とかもあるのかもしれないが、何よりもこれからの自分達の安全などを考えた結果なのだろう。
まぁ、イルク村にいる限りは病気や怪我の心配をする必要はないからなぁ……それも当然のことなのだろう。
「私としてはその、母メーアと子供達だけでも大歓迎ではあるのだが……もう一度だけ父メーアと話し合ってみないか?
もし酷い喧嘩になるようなら私やアルナー、伯父さんやマヤ婆さんなどの誰かを同席させての話し合いをしても良いし……出来る限りの力になりたいと思うから、どうだろうか?」
と、私が返すと母メーアは、半目になって心底嫌そうな顔をする……が、
「メァ~……メァメァ……」
なんて声を上げ、誰かが同席してくれるのならと私の提案を受け入れてくれる。
父メーアがどんな考えで、どんな態度でもって喧嘩をしてしまったのかは分からないが……子供が生まれたばかりなのに家族がバラバラというのも問題があるというか、悲しい話だ。
「すまないな……母メーアの気持ちは私も分かるつもりだ。
その上で父メーアにチャンスを上げて欲しいと言う気持ちもあって……つまりは私のワガママのようなものだ。
話し合いがどういう結果になるにせよ、こういった提案をした以上は責任を取るつもりだし、味方にもなるつもりだから安心して欲しい」
そう母メーアに声をかけると母メーアは頷いてくれて……同時に気が立っていたのが落ち着いてきたのだろう、すとんと座ってカゴの中の子供達に意識を向けて……ミァミァと鳴きながら興味深げに周囲を見回す子達にそっと口を近付けて触れ合う。
元気いっぱい、嬉しそうに声を上げる子供達の温かさをそうやって堪能しているかのようで……何も言わずその様子を見守っていると、ユルトの外から今までに聞いたことのない、なんとも言えない声が聞こえてくる。
「メヒィィン、ヒィィィン、メ~~ヒィィン」
「ん? ん?? なんだ? 何の声だ?
尋常ではない様子だが……なんだ、馬の声ともロバの声とも違うし……ヤギか?
いや、ヤギだってこんな声は……」
それを受けて私がそんな声を上げるも、母メーアが答えを返してくることはない。
母メーアにだってこの奇妙な声が聞こえているだろうに、完全に無視を決め込んでいて……そんな母メーアの様子から私はなんとなしに声の主を察する。
「……メーアってこんな声を出すことがあるのか……?」
と、私がそう言った瞬間、出かけていたはずのフランシスが何故かお尻からユルトに入ってきて……その口で咥えているらしい何かをグイグイとユルトの中に引っ張り込んでくる。
それは声の主……父メーアで、フランシスに尻尾を噛まれた状態でここまで引っ張られてきたようだ。
どうやらさっき聞こえた声は父メーアの悲鳴だったようで……尻尾を噛まれたメーアはあんな悲鳴を上げるんだなぁ。
メーアの尻尾は小さく細く、変に力を入れて引っ張ったなら千切れてしまうだろうってくらいに弱々しい、それをああやって噛まれたなら悲鳴が出るのも当然で……その上、相手は自分の後方にいる。
体をよじって反撃しようとしても、余計に強く噛まれるだけな上に尻尾を引っ張りながら反対側に逃げての回避をされてしまう。
急所を握られた状態というか、抵抗のしようもない状態というか……こうなったら尻尾を噛まれた側は、ただただ降参するしかないだろう。
「……あー、フランシス? 大体の事情は察するが、一応説明をしてくれないか?
母メーアとの今後のことでフランシスと喧嘩したとかか? それとも母メーアと話し合いをさせるために無理にでもここに連れて来てくれたのか?」
そんな状態のフランシスに声をかけるとフランシスは、尻尾を噛んだままこくりと頷き、大体はその通りだと肯定してくる。
「……そ、そうか。
……そういうことなら、とりあえず尻尾を放してやってくれ。
まさか父メーアもここまでされて逃げはしないだろう……逃げた所で様子を見に来ている皆に捕まるだけだろうしなぁ。
……父メーアも逃げたりせず、話し合いに応じてくれると嬉しい」
父メーアの悲鳴を聞きつけたのだろう、ユルトの入口には犬人族達による人だかり……というか犬人族を積み重ねた塊が出来上がっていて、そちらをちらりと見たフランシスはパッと尻尾を放し、ふんすと鼻息を吐き出してから私の側へとやってきて、ストンと腰を下ろし、口を開く。
「メァメァメァ~、メァッ、メァメァー、メァ~~メァ!
メァ~~メァメァ、メァ~~!
メァーメァメァ、メ~ァ~」
長かった、その言葉は私には長すぎてすぐには理解出来なかった。
するとそれを察した犬人族の一人がそんな私のために声を上げてくれる。
「えっと、この父メーアが母メーアさんとの喧嘩の顛末を言いふらしていたっていうか、皆に聞こえるように愚痴ってたみたいです。
で、それを聞きつけたフランシスさんが叱ったのですが聞く耳持たず、このまま母メーアさん達を捨てるみたいなことを言ったことで、フランシスさんが怒って喧嘩になった……んですが、父メーアは最近ずっとご飯食べてばっかりで鍛えてなかったんであっさり負けちゃったみたいです。
……フランシスさんは毎日欠かさず村中のメーアの様子みたり、餌場の見回りしたり、いざという時に備えて体鍛えたりしてますもんね、当然の結果ですよね」
イルク村のメーアの長たるフランシスは、その義務を果たすべく日々励んでいて……父メーアは逆に安全なイルク村の環境に甘えてしまっていた……と。
もうすぐ春だと言うのにこの有り様……どの道父メーアは野生に戻れないのでは? なんてことを思った私は、とりあえず父メーアのためにもと様子を見に来た皆に解散してもらった上で入口を閉じ、それから父メーアの前に座ってから話を聞くべく、出来るだけ優しく静かに父メーアに語りかけるのだった。
――――
お読み頂きありがとうございました。
次回はこの続きやら、ついに来訪やらとなります
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