第459話 ゲラントの伝言と……
腕を上げてゲラントの足場を作ってやると、そっと腕に降り立ったゲラントは何故だか少し言いにくそうにしながらクチバシを開いてくる。
「お、お久しぶりでございます、メーアバダル公……今日もこうして我輩を歓迎してくれたこと痛み入ります。
……えー、本日はネハ様のことで連絡がございまして、エルダン様のご嫡男、つまりネハ様にとってのお孫様が元気に産まれたことをいたく喜んだネハ様が、大メーア神殿に足を運び、感謝の意を示したいとおっしゃり……異様なまでにはりきってしまっておりまして、そのあまりのはりきり様を見て、もしかしたらこちらにご迷惑をかけてしまうのではないかと、そうお考えになったエルダン様が、我輩に言伝を託したと、そういう訳でして……」
「おお……エルダンの子供のことはこちらも何かお祝いをしなければと思っていたんだが、こちらから何か送る前に来て貰う形になってしまうのは、なんだか申し訳ないなぁ。
……まぁ、春には関所を開いて神殿への礼拝や巡礼の許可を出すつもりだったし、こちらとしては全く問題ないぞ?
ちょうど今、アルナーやここにいる神官のピエールともそういった話をしていたしなぁ、むしろ良い時期に来てくれるようで、こちらとしてはありがたいばかりだよ」
私がそう返すとゲラントは、何故だかしょんぼりと頭を下げながら言葉を続けてくる。
「ありがとうございます、お優しい言葉を頂けて感謝の至りでございます。
メーアバダル公であれば、そう言って頂けることと我々も思っており、本来であればそのお言葉に甘えたのですが……その、ですな、ネハ様のはりきり様がその……異様なのございます。
具体的にはネハ様が取り仕切っているお屋敷の女官、仲働き、下働きと護衛、馬車の御者と馬丁……その全員を連れていくおつもりのようでして、大体100人と少しという大人数になりそうなのでございます。
い、いえ、我輩達もお止めしたのです、エルダン様もお止めしたのですが、興奮のあまり耳を貸してくださらないという状態でして……。
産むに苦労し、育てに苦労し、立場や病でエルダン様を苦しめてしまったと悔やんでおられるネハ様にとって、お孫様を無事に誕生させてくださった大メーア様は救い主……感謝してもしきれない神様なのでございます。
その神恩にどうにか報いようとはりきっておられるようですが、流石に……流石に100人はこちらにもご迷惑がかかってしまうのではないかと……」
とのゲラントの言葉に私は目を丸くする。
アルナーはネハの気持ちが分かる部分があるのか、驚きながらも納得したような表情をしていて……そしてピエールは顔色を青くし冷や汗をかきながらも覚悟を決めた表情で頷き、口を開く。
「も、問題ありませんとも。
100人となると相応の支度は必要ですが、聞けば女官など働き手も連れてきてくれる様子……そのお手を借りることにはなりましょうが、それでも良ければ我らは反対いたしません。
我ら神殿の仕える者は、神々に感謝し敬い、礼拝しようとするその気持ちを尊重いたします……神殿側に宿営地も用意しておきますので、マーハティ公もご母堂も、何の遠慮もなく足を運んでいただければと……」
その声は震えていて、かなりの無理をしていそうだが、それでもピエールはしっかりとゲラントの目を見て、覚悟を決めた表情でもって言葉を紡いでいて……その覚悟を受け取ったのだろう、ゲラントは頭を上げていつものように胸を張り、なんとも嬉しそうに声を上げる。
「クルッホホホホ、そう言って頂けて肩の荷が下りた気分でございます。
お言葉ありがたく……ですがエルダン様は今回、こちらへのご迷惑を考慮して来訪と礼拝を遠慮されるとのことでして……お邪魔するのはネハ様とその一団だけとなりますな。
……それと今回かかる費用に関しましては、全てエルダン様が持つとのことで、追々カマロッツがネハ様に先んじてやってくると思いますので、その際に受け取っていただければと思います」
「そうか、分かった、費用に関しては頼りにさせてもらうよ」
私がそう返すとゲラントはこくりと頷き、良い笑顔をこちらに向けてくる。
カマロッツが来るのならその際にネハがやってくると報せるでも良さそうだが……いち早く連絡するべきだと考えてゲラントを寄越したのだろうか?
まぁ、人数が人数だからその気持ちも分かるし、逆の立場だったら私達もサーヒィをやって少しでも早く連絡しただろうなぁ。
と、そんなことを考えていると、犬人族の女性……シェップ氏族の氏族長、シェフの妻の1人が、なんとも慌てた様子でこちらに駆けてきて、大きな声を張り上げる。
「でぃ、でぃ、ディアス様! 大変です!
あの、ほら、野生のメーアの夫婦のお母さんメーアが、なんか結構前から産気づいてたみたいです! 気付くのが遅れちゃいました!!
一応見回りしてたのですが、最近はあんまり近くに来られると逆に気になって負担がかかるとかで、回数を減らしてたのが裏目に……!
お父さんメーアもどうしていいか分からなくなって、混乱しちゃってたみたいで……い、一体いつから産気づいてたのかわかんないくらいです!!」
「すぐ行く! 絨毯を夫婦メーアのユルトに!」
その声を受けてすぐさまそう返した私は、アルナーと一緒に……ゲラントを腕に乗せたまま夫婦メーアのユルトへと駆けていく。
夫婦メーア……まず妊娠していた母メーアを保護し、その後行方不明になっていた父メーアを保護し……それからずっとイルク村に滞在していた彼女達は、母メーアの出産間近となったことで私達から距離を取っていた。
イルク村の群れではなく野生で、野生だからか妊娠した時期もズレていて、野生だからこそ私達が側にいることを負担に感じていて……。
初めての出産を控えて少しだけ心が乱れていた母メーアを気遣って、出来る限り近付かず接触もせずにいたのだが……どうやらここに来てそれが、とんでもない逆効果となってしまったらしい。
……だけど大丈夫なはず、安産絨毯はある、サンジーバニーの薬湯も恐らくセナイ達が飲ませたはず……大メーアの加護だってあるんだ、何も問題もないはずだ。
そう思って駆けていくと、何人ものメーアや犬人族達や婆さん達が少し離れて見守るユルトがあり……その入口側には父メーアの姿もある。
父メーアの口には、父メーアを救助した際に刈った毛で作った赤ちゃんメーア用の産着が咥えられていて、それを噛み潰さないようにしながらも不安だからか歯噛みをしている。
そこに到着したなら私は父メーアに挨拶をし、ゲラントを婆さんの1人に預けてから……私ユルトの側に急遽しかれた絨毯の上に座り、そこで腕を薬湯でもって洗ってもらう。
アルナーも同じく腕を洗い、お産を手伝う時用のエプロンを着用し、慌ただしくユルトの中に入っていき……シェップ氏族達が届けてくれた安産絨毯もユルトの中へ。
それを確認してからユルトの中に手を突っ込んで……あとはアルナーからの合図が来るのをただ待つ。
待つ間、なんとなしに視線を周囲に巡らせると父メーアや村の皆が不安そうな表情をする中、ゲラントだけが一体何が起こっているのか、私が何をしているのか訳が分からないといった困惑の表情をしていて……それでも邪魔になってはまずいと思っているのか、問いを投げかけてきたりはしない。
まぁー……うん、今は緊急事態だ、事が落ち着くまではそのまま待っていてもらうしかないだろう。
そうこうしているとユルトの中から「ディアス!」との声が上がり、私は絨毯にしっかり触れてから力を込める。
すると今度は「よしよしよし!」というアルナーの声があって……中にいる人々から次々に安堵の声が上がる。
……どうやらお産は無事に済んだらしい。
と、言ってもまだまだやることはあって、すぐに解散とはならないのだが、とりあえず私の仕事は終わり、アルナーに確認を取ってからユルトから腕を引き抜き立ち上がる。
するとゲラントがやってきて……また私の腕に止まってからあれこれ質問を投げかけたい気持ちはあるが、何から聞いて良いのか分からないと、そんな顔をする。
「あー……うん、細かい話はアルナー達が出てきてからにしよう。
とりあえず私のユルトで豆や白湯を出すから、飛行の疲れを癒やしてくれ」
そんなゲラントに私がそう言うとゲラントはこくりと頷いて……それから私達はユルトへと入り、アルナー達が戻ってくるまでの間、ゆったりとした時間を過ごすのだった。
――――
お読み頂きありがとうございました。
次回は夫婦メーアの赤ちゃんやら何やらの予定です
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