第458話 神官の仕事
・登場人物紹介
・フェンディア
女性、人間族、神官、神殿で働いていて、普段は神殿で寝泊まりしている。ベンの部下であり、パトリック達の上司的立ち位置。
・パトリック、ピエール、プリモ、ポール
男性、人間族、神官兵、同じく神殿で働いている、普段は神官としての仕事をしているが、外交の場、儀式の場など、ディアス達が大勢の前に姿を見せる際には、護衛役を務める。
どう見ても武器にしか見えない、凶悪な形の杖を常備していて、神官の杖であるためそれを取り上げることは不可能ということになっている。
――――
だんだんと寒さが緩んでいって、春が近付いていることが分かってくると、自然と村の皆も活気付いていって、積極的にあちこちを出回るようになった。
まだまだ寒さも雪も残っているのだけど、そんなことはお構いなし、もう春になったとばかりに元気いっぱいだ。
春に近付いたということで、一時的に村や避難所で暮らしていたメーア達も積極的に外を出歩くようになり……いつかは村の外に出ていくのだろうなぁ。
まぁ、外を出歩くと言っても村の近くや街道の近く、見回りがいて安全だと分かっている場所だけを出歩いているようなので、そのいつかはまだまだ遠そうだ。
中には変にイルク村での生活に慣れてしまったことで、野生での暮らしへの恐怖心を抱いてしまった者もいて、外には全く出てない様子で……もしかしたらイルク村に定住してくれる、かもしれないなぁ。
まぁ、野生のメーア達に関しては夫婦メーアが上手く取り仕切ってくれているので、時期が来たら上手いことやってくれるのだろう。
春が近付いて……というより、関所の開放日が近付いて一番活気付いているのはフェンディアを始めとした神官達だった。
フェンディア、パトリック、ピエール、プリモ、ポール。
普段は神殿にいる彼女らは、イルク村へとやってきて、精力的に駆け回っていて……ある日の昼過ぎ、あらかたの力仕事を終えてのちょっとした空き時間に、そんなフェンディア達の様子をなんとなしに見守っていると、同じく家事を終えたらしいアルナーがやってきて声をかけてくる。
「織り機で服を作ってみたり、洞人族達の力を借りて革靴を作ってみたり、そうかと思えば森に行ってみたり……一体フェンディア達は何をやっているんだ?」
「あれは恐らく巡礼者を歓迎する支度をしているのだろう、巡礼者の歓迎は神殿の義務だからな……関所が開くまでにある程度の用意をしておきたいのだと思う」
アルナーの疑問に私がそう答えると、アルナーの疑問は更に深まったようで、小首を傾げたアルナーに私は言葉を続ける。
「巡礼……聖地や各地の神殿を目指して旅をするそれは苦行の一種とされている。
神々への願いや祈りを成就するため、あるいは信仰のため……安定した生活を捨てて、相応の財産を投じて命を賭けた旅をするのだから、それも当然だ。
そんな苦行を助けてやるのは神殿の義務のようなもので……旅に出る際のローブや靴、鞄なんかを無償で提供する他、巡礼者がやってきたら寝床や食事も提供しなければならないんだ。
これは神殿の絶対の義務だ、これを怠った神殿は場合によっては閉鎖に近い罰を受けることになる。
神殿や神官の存在価値が問われかねない罪悪で、巡礼者を軽視するというのは、普段自分がやっている神官としての仕事……普段やっている修行や苦行、祈祷なんかを軽視するのと同じことになるな」
神殿の主な収入は写本などを作っての売上か、来訪者からの寄付となる。
寄付金をもらったなら、その来訪者の願いや祈りが成就するように祈り、場合によっては相応の苦行をすることになる。
病人や妊婦の代わりに遠方の神殿まで巡礼をする場合ももちろんあって……それを軽視または否定するというのは、自分を否定するようなもの、神殿や神官が絶対にやってはいけないこととなる。
これは古道、新道云々関係ないはずで……何なら他の派閥というか、私達が知らない神々を信仰する神殿でも同じはずで、人々の祈りの代行者であることこそが神殿の存在意義……だと思っている。
「―――という感じで、フェンディア達はこれからやってくる……かもしれない巡礼者達に備えているのだろう。
ローブがあればそれに包まることで野宿が出来るし、靴があればどこまでも歩くことが出来る……交換用の靴底を渡すこともあれば、靴底の交換を請け負うこともあるから、結構大変なんだ。
当然、そういった作業を行いながら普段の祈りやらも行う訳だからなぁ、春になったら忙しい日々が続くと思う……が、やってきた巡礼者が神殿の仕事を手伝うこともあるので、なんとかはなるはずだ」
「なるほどな……神殿といってもただ祈っているだけではない訳だ。
パトリック達は中々の男気がありながら、狩りもせずどうなんだと思っていたが……うん、見方が変わったな。
この話を鬼人族の村の皆に話したら、きっとパトリック達と縁を繋ぎたいと思う女衆がいるはずだ」
私の説明が一段落したところでアルナーは、うんうんと頷きながら……おせっかいを焼くつもりなのか、そんなことを言い出してしまう。
「あー……うん、神官の中には修行の一環として未婚を貫く者もいるし、同じ神々を信仰していない者との縁を望まない者もいるので……程々にな」
問題が起こる前に念押ししておくかと私がそう言うと、アルナーはまたも小首を傾げて言葉を返してくる。
「うん? そうなのか? なんだか面倒なことをやっているんだな……。
神官であっても子がいなければ家を継げなくて困るだろうに……。
……まぁ、ディアスの説明のおかげで大体のことは分かったが、森はなんだ? 森まで何をしに行ってるんだ?
馬を持ってないパトリック達にとっては、森まではかなりの遠出になるはずだが……何度も何度も向かっているようだぞ?」
「森は……なんだろうな、街道の確認でもしているのかな?
雪が振っている間も、雪を除けたりして手入れは欠かさなかったから問題はないはずだが……」
暇を見つけてベイヤースと一緒に街道の確認はしている、セナイ達が積極的に見回ってもいるし、犬人族達や鉱山とイルク村の間を移動する洞人族達だって確認をしてくれているはず。
そもそも出来たばかりの街道に、そんな頻繁に確認を必要とするような問題は起こらないはずだが……。
と、そんなことを考えていると話を聞いていたのか、神官の1人……眼鏡をかけたピエールがこちらにやってきて声をかけてくる。
「お話の途中に申し訳ありません、たまたまお話が耳に入りましたので、お答えに参りました。
……我々が森で何をしているかの答えは養蜂の準備となります。
セナイ様とアイハン様が行っている養蜂を、更に拡大したいと考えていまして……今のうちから場所の選定や養蜂箱の用意をしているのです。
養蜂も神殿にとっては重要でして……4人の中でも一番体力のあるこのピエールが、主となって森まで駆けていっております」
そんなピエールの答えに私が、まさか自分の足で走って森までの行き来をしているのかと驚く中、アルナーはそんなことはどうでも良いとばかりに、ピエールに言葉を返す。
「養蜂が? 神殿にとって重要なのか?
……なんだ、祈りにハチミツがいるのか?」
「いえいえ、確かに個人的にはハチミツも大好きですが、大事なのは蜜蝋から作るロウソクでして……。
蜜蝋から作ったロウソクは香りがよく、室内で使うのに向いており……祈りの際や写本をする際には欠かせないのです。
ロウソクの火には浄化や鎮魂、祈りの成就や祝福などなど様々な力や役割があり、消費する数も相応に多いので、自分達で作らねばならないのですよ」
「……なるほど、火に祈りを捧げるのは私達もやっているから分からないでもないな。
儀式になっているのならランプで代用という訳にもいかないのか……ふぅむ。
しかしそういうことならわざわざ森でやらなくても、神殿の周囲でやっても良いのではないか? すぐには出来ないかもしれないが、1年か2年かけて花畑でも作ればなんとかなるだろう?」
「もちろん、そちらも進めるつもりです。
巡礼者への食事の材料はできる限り自分達で手に入れたいですからね……畑も養蜂箱も神殿の周囲に作る予定ですが、それもすぐに出来るものではないので、森での作業を同時にやっていくつもりです。
大メーア様と大トカゲ様、少なくとも二柱の神々がメーアバダルにいるのですから、そのくらいはやってのけなければなりません。
神々が与えてくださった様々なご加護に相応の労力で応えなければなりません……!
……そのためにしばらくは忙しくなるでしょうが、なんてことはありませんとも!
……驚く程の大人数が巡礼にやってきたなら大変でしょうが、建立したばかりの神殿にそこまでの巡礼者が来るなど、まずありえませんからな! ハッーハッハッハッハー!」
そう言ってピエールは神官服の下に隠れたかなりの筋肉を盛り上げながら大きく笑う。
笑って笑って、私とアルナーがそれもそうかと考えて安堵する中も笑い続けて……まるでそんな笑い声に誘われたかのように、聞き慣れたあの音が響いてくる。
ポポポポポ。
それは隣領の鳩人族、ゲラントの飛行音で……私達が空を見上げると何故だか焦った様子のゲラントが、大きく膨らんだいつもの鞄を揺らしながら私達の下へと飛来してくるのだった。
――――
お読み頂きありがとうございました。
次回はこの続き、ゲラントの知らせやら何やらです
そしてお知らせです
コミカライズ最新、57話がコミックアース・スターさんにて公開となりました!
黄金低地の話が開始となるのですが、ユンボ先生が面白い形に仕上げてくださっているので、ぜひぜひチェックしてください!
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