第461話 夫婦メーアのその後とか


 私の説得が良かったのか、それともフランシスに噛まれたことが効いたのか、父メーアがイルク村の住民となることを受け入れてくれた。


 野生の誇りとかこだわりとかは捨てきれた訳ではないが、生まれたばかりの可愛い子達には負けるようで、私の説得の後に響いてきた子メーア達の鳴き声を受けての承諾だった。


 フランシスを長と認めて、歌い合うことはなく……名前は私が挙げた候補の中から気に入ったものを選んでくれた。


 父メーアはパルト、母メーアはマルト。

 双子の女の子メーアはミルトとメルト。


 新たなメーア一家を、フランシスを始めとした村のメーア達はいっぱいの笑顔で歓迎してくれて……そうして一家はあっという間に村での生活に馴染んでいった。

 

 まぁ、元々イルク村で暮らしていたのだから馴染むも何もないのだが……。


 そして野生を捨てる決断をした父メーアのパルトは、それから意識が変わったのか、どうにか村で役に立てないかと四苦八苦するようになり……そうした態度もまた皆に受け入れられていった。


 母メーアのマルトにせっつかれた結果のそうした態度だったようだが、それがまた良い具合に作用することになり……父メーアの意外な才能を開花させていった。


 父メーアはとにかく逃げ隠れするのが上手かった。


 特別足が早い訳ではないが、逃走経路を選び取るのが上手く、相手の体勢が崩れた所で方向を切り替えてみたり草陰に隠れ潜んでみたり、いざという時の判断力というか逃げ勘のようなものに優れていた。


 マルトはどうやら、そんなパルトの才能に惹かれていたらしい。

 

 逃げ隠れが得意ということはつまり、自分達の安全を保障してくれることにもつながる訳で……野生の環境の中では、重要な才能だったのだろう。


 そんな才能は避難所の建設を進めているイルク村にとってはありがたいもので……メーアの避難所だけでなく、婆さん達や皆が使う避難所にもパルトが提案した工夫が足されることになり……より逃げ込みやすく、安全な避難所が構築されていった。


 たとえば入口が上手く隠されているとか、厠にしか見えない建物で偽装されているとか、入口を複数作ることでいざという時の脱出口にするとか、他の避難所と繋ぐ地下通路を作るとか、あれやこれや。


 洞人族は地下室作りの名人であっても、避難所作りの名人という訳ではなく、私達も避難所に関する知識は全く無かったので、パルトの意見は凄く参考になり……ネハの歓迎の準備と避難所関連の作業で、村はいちだんと賑やかになっていった。


 そして……そんなイルク村には野生のメーアやゴブリン達以外にも1人の滞在者がいて、ある日の昼食後……神殿に行っていた、その滞在者が片付けの進む広場へとやってきて……いつものように私が腕を上げると、そこに止まって私に声をかけてくる。


「……いやはや、話には聞いていましたが、素晴らしい神殿でございましたな。

 いえ、規模とかの話ではなく、その教えが素晴らしい……。

 特にあの奇蹟……難産を安産に変える素晴らしい神々の御業を見せられては、大メーアを敬う気持ちが否が応にでも湧いてくるというものです。

 ネハ様に先んじる形となりましたが、来て良かったというものですなぁ、クルッホホホ」


 それはゲラントだった。


 私達にネハがやってくることを知らせてくれて……その途中、マルトの出産騒ぎがあり、その様子をたまたま見学することになり……安産絨毯の力を目の当たりにし。


 ユルトの中の様子を見ていた訳ではないが、それでも中から聞こえてくる緊迫した声や悲鳴に近いマルトの声などから状況を察することは出来たようで……奇蹟を目の当たりにしておいて、神殿に足を向けないでは失礼に当たると、今日まで神殿に足を運び……そしてベン伯父さんの話に耳を傾けていたようだ。



「何か得るものがあったなら良かったよ。

 まぁー……私はあまり足を運んでいないのでどんな話を聞いたかまでは分からないが、伯父さんなら変な話をしたりはしないはずだ」


 私がそう返すとゲラントは、クルッホと一笑いし……それから小首を傾げ言葉を返してくる。


「ベン殿のお話にも感服いたしましたが、神殿側の学び舎でしたか、そこでお話をされていたエイマ殿のお話も中々興味深かったですな。

 特に歯車学、あれはなんとも興味深く面白く、得心するお話でした。

 ……特に世界最初の発明が歯車というのは驚かされました、しかして世界や星々が歯車によって運行されているのなら、それも納得というものですなぁ。

 太陽の歯車、月の歯車、それによって回る季節と一日の歯車……我輩も学問はそれなりに嗜んでおりましたが、未熟さを痛感させられました」


「……うん? そうなのか? 世界最初の発明が……?

 ……いや、歯車を作るにしたって道具がいるだろうし、最初っていうのは流石に―――」


 と、私のそんな言葉の途中で、聞き慣れたいつもの羽音……ゲラントのそれによく似た音が響いてくる。


 その音と同時に1人の鳩人族が飛来してきて……もう片方の腕を上げるとその鳩人族はゲラントを真似てかそこに止まり、それから私に頭を下げゲラントに頭を下げ、クチバシを開く。


「突然の来訪失礼いたします、メーアバダル公をお見受けいたします。

 ネハ様がメーアバダルの関所に到着したこと、お知らせさせていただきたく参上いたしました。

 こちらに到着するのは距離と馬車の速度からして恐らく明日、出迎えなどは不要で、村で待っていて欲しいとの伝言を預かって参りました。

 護衛に関しましてもマーハティから手練れを連れて来ておりますのでご心配なく。

 寝泊まりは馬車や用意した天幕で行う予定ですが、聞けば歓待の準備をしてくれているとのこと、甘えられるとこには甘えながら、自分達である程度の準備もしたいとネハ様は仰せです。

 食事もまたマーハティ特産の品々を持ってきまして、それをネハ様が手ずから調理するとのことですので、ご心配なく……とのことです」


「そうか……分かったよ。

 では明日到着ということでこちらも準備を進めておく。

 食事に関しては……以前の礼だとアルナーもはりきっていて、あれこれと準備をしているから、そのつもりでいてくれると嬉しい。

 マーハティの料理には負けるだろうが、精一杯のものを用意するつもりだ。

 ネハには来訪を楽しみにしていると伝えて欲しい」


 と、私が伝えるとゲラントの部下らしい鳩人族はしっかりと頷いてから関所の方へと「ポポポポポ」と飛び去っていく。


 それを見送った私はゲラントと共に、今聞いたことを伝えるために村中を歩いて回る。


 ある程度準備を進めていたこともあり、皆は特に驚くことなくそのことを受け入れてくれて……そうして翌日の昼食前。


 想像していたよりも多く立派な馬車の列が東からやってきて……同時に先頭の馬車の中からネハのなんとも元気な、


「メーアバダル公、ご無沙汰しておりましたぁぁぁーーー!」


 という、力いっぱいの声が響いてくるのだった。


 

 

――――



お読み頂きありがとうございました。


次回はこの続き、ネハ襲来などです

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