第425話 エイマの獣人国での奮闘記 その7 そして……



――――林の中を移動しながら ゾルグ



 相手を徹底的に撹乱し時間を稼ぐという、思っていた以上に上手くいった作戦を無事に終えて……それから手に入れた物資の運搬を開始し、物資の量が膨大だったため、思っていた以上の時間がかかることになり……いくらかの物資を持ち帰らずに山奥に放棄すると決めたこともあって、真昼頃にようやく終わりが見えてきた。


 何度も何度も往復して運ぶことになった物資もこれが最後、ここが草原なら馬を使って楽々運べただろうになぁと、そんなことを考えながら物資を両手で抱え背負い……隠蔽魔法もしっかりと使いながら林の中を進んでいく。


 件の兵士達は夜が明けるまで無駄に歩き回ったという疲労から廃村で眠るかやる気なく項垂れるかしていて、動きを見せる気配はない。


 一応鷹人族の見張りをつけてはいるが……その必要もないくらいに気力と体力を失っているようだ。


 兵士達がそんな様子であれば多少警戒を緩めても良いはずだが、それでも先頭のマスティ氏族が鼻と耳を使っての最大限の警戒をしてくれていて、上空では鷹人族が周囲を見張ってくれていて……隠蔽魔法の効果もあって、誰かに見つかるような様子はない。


 用意してきた魔石もまだまだ在庫がある状態で……夜通しの作戦と繰り返した運搬による疲労以外は何の問題もなく事が進んでいた。


(……しかしあの森人達、魔力の使い方がまるでなってなかったなぁ。

 セナイ達だったらあっという間に隠蔽魔法を見破っただろうに……同族というだけで、能力はまるで別物ってことか?

 にしても幼いセナイ達の方が優秀ってのは……何がどうしてそうなったやらな)


 出来るだけ音を立てないよう慎重に足を進める中でゾルグがそんなことを考えていると……仲間の一人、鬼人族の若者が近寄ってきて、両手で抱えていた弓の束を見せてきながら小声で話しかけてくる。


(おい、ゾルグ、見てみろよ、これ。

 捕まえた連中から取り上げた弓なんだが……ほとんど何の加工もしてないぞ。

 木の枝に弦をかけてひん曲げただけ……確かに力強くて粘りがあって良い木材だが、無加工でこんな使い方してちゃぁ持ち腐れだぜ)


(……遠目で見た時からもしかしてそうじゃないかと思っていたが……まさかその通りだったとはなぁ。

 連中、重そうな金属の装備を身に着けていたし、弓に関する考え方が俺達とは全くの別物なのかもしれないな。

 ここは戦争ばっかりの国だって話だが、その割には変な所で洗練されてないんだなぁ)


 なんて言葉を返したゾルグは、懐にしまっていた魔石の魔力が尽きたことに気付いて一旦物資を地面おいてから、その魔石を取り出し腰に下げた袋にしまい、別の魔石を取り出し懐に潜ませる。


 それからその魔力でもって隠蔽魔法の維持をしたなら物資を抱え直して足を進め……そうしていると林の終わりが見えてきて、海岸へと続く街道が視界に入り込む。


(よし、後少しだ、最後まで油断せずに行くぞ)


 そう声を上げ別働隊全員の顔を見回したゾルグは、後少しで休めるぞと気合を入れ直し……街道で待っているはずの荷車隊と合流するために、焦ることなくゆっくりと足を進めていくのだった。



――――海岸で物資の運搬を見守りながら エイマ



 すっかり定位置となったアルハルの頭の上に乗ったエイマの視線の先では、ジョー、ロルカ達による物資の運搬が行われていた。


 荷車から海岸のイカダへ、イカダの周囲にはゴブリン達が待機していて、魔法で濡れないよう保護した上で……イカダがいっぱいになったのを確認してから沖に浮かぶ船へと運ばれていく。


「実際に見た訳じゃないけど、連中の欠点は多分、あの考え方なんだろうな」


 するとアルハルが突然そんなことを言ってきて……エイマは首を傾げながら言葉を返す。


「欠点、ですか?」


「ああ……連中、血無しがどうとか言ってただろ? で、同じ獣人で固まって行動してんだよな。

 自分達が一番で同族が一番で……他の獣人と協力しようとしない。

 他を見下して血無しだなんだと見下して……凝り固まって同じ獣人だけの国作って、他の獣人と争って……。

 馬鹿みたいな欠点だよな、そんなことしないで色んな獣人を集めてそれぞれ得意なことをさせたら良いのに。

 数ばかり多くて馬鹿ばっかりなんだろうな、きっと……そんで馬鹿だからあんな作戦に翻弄されちまうんだ」


「あー……なるほど……。

 獣人国にはかなりの種類の獣人がいるそうですから、全種族でその個性を活かす形で協力したら……凄い国になりそうですよねぇ。

 ……でも、それが出来なくて争いまで起こっちゃって、そのせいでより頑なになって、血無しへの差別なんかも生まれてしまって……うぅん、力があるからって上手く扱えるとは限らないんですねぇ。

 ……帝国ではその辺り、どうしているんですか? 帝国にもアルハルさんみたいな方々がいて、他にも色んな種族がいらっしゃるんでしょう?」


「ン? まぁ色々やってはいるよ。

 やってはいるんだけど……ちょっと前に無茶苦茶なやつにぐちゃぐちゃに負けたらしくてなぁ……。

 種族がどうとか得意がどうとか関係なく、ただただ純粋な暴力にボッコボコにやられたらしい。

 獣人の中には相手が自分より強いと分かると、それだけで逃げ出しちゃうやつもいて、一部の獣人が戦う前に逃げ出しちゃってお偉いさんにめちゃくちゃ叱られたとかも聞いたな。

 んで、今大慌てで軍の再建とかやってて、獣人に関するあれこれも見直してるらしーんだけど、どんだけ再建しても見直しても、そいつに勝てる気しねーってんで、話がまとまらないんだってさ。

 ……だから今は結局、その大暴れしたやつが老いて死ぬのを待つってことになったんだったかな?」


「へ、へー……そうなんですかー……。

 そ、それはまた凄い人がいたものですねぇ」


「……どうした? エイマ、なんか調子悪そうだぞ?」


「い、いえいえ、なんでもないですよ。

 これが終わったら帰れる訳ですし……帰ったらアルハルさんの今後のことも色々考えなきゃって思っただけです。

 とりあえず暮らしの方はなんとでもなると思いますから、あとは帰る方法だけですね」


「お、おう? まぁ、エイマ達はここにいる連中と違って話が通じる良いヤツらだから、そこまで焦って帰らなくても良いかなって思ってるよ。

 アタシなんかでも王国から帝国に行くのが楽なことじゃないってのも分かってるしな……サーヒィ達に手紙でも頼んで、向こうからの反応をじっくり待つのも良いかもしれないな」


 そう言ってアルハルは頭の後ろで手を組み、ぐぅっと背を伸ばす。


 色々と嫌な思いをした獣人国をようやく離れられるとなって、ちょっとした開放感があるのか、その表情はとても爽やかだ。


 逆にエイマの顔は何か考え込んでいるのか、なんとも難しい顔となっていて……そんな対照的な表情をした2人は、運搬作業が終わるまでの時間を、2人で会話しながら過ごすのだった。



――――そんな2人の横で物資を運びながら ジョーとロルカ。



「……なんか俺達、今回あんまり活躍出来なかったな、せっかく結婚したんだし、ここらで一つ手柄を立てておきたかったんだが……」


 物資を一生懸命に運びながらジョーがそんな声を上げると、隣で同じく物資を運んでいたロルカが言葉を返す。


「ま、元大工と元石工にしては上等の結果だろ? 怪我することなく物資を山程持ち帰れたんだからさ、しかも相手は2000人だぞ、2000。

 それだけの数に相手に無事に帰ってきた上に稼いだとなったら嫁さん達も喜んでくれるはずさ」


「まー……そうなんだけどさぁ、今回地味な力仕事や裏方ばっかりで終わっちまったなぁって。

 結局直接やり合った訳でもないしなぁ……ま、物資だけじゃなくてあれこれと情報は仕入れられたし、次があればその時には色々と役に立ちそうだけども」


「それで良いんだよ、それで。目立つことなく地道にコツコツ情報を集めてディアス様に知らせて支える。

 むかーしからそれが役どころだったじゃないか……情報が何より重要だってジュウハさんも言ってたしなぁ、今更何をそんな気にしてるんだよ」


「……いや、なんとなくなんだがな、今頃ディアス様はこっち以上の手柄上げてそうだなって、そんなこと思ってしまってな……なんかこっちの活躍がまた霞んでしまいそうなんだよなぁ」


「……そ、そんなことある訳……ある訳……いや、普通にあるかもしれないけど、それはもうなんか考えてもしょうがないだろ? 

 それにディアス様は地味でも裏方でもちゃんと頑張れば評価してくださるじゃないか」


「ま、そうなんだけどな……待遇も十分過ぎる程に良いし不満もないんだがな……。

 ふぅー……次回はもっと活躍出来ると良いなぁ……」


 と、ジョーがそんなことを言いながらため息を吐き出すと、ロルカは苦笑し……苦笑しながら荷物をイカダに乗せ、波で靴が濡れるのを嫌がってか足早に荷車の方へと駆けていく。


 ジョーも同じく荷物をイカダに乗せたなら荷車の方へと駆け出し……と、そこで周囲に隠蔽魔法をかけていた、こちらに残った1人の鬼人族が手を挙げて誰かがやってきたと報せてくる。


 それを受けて全員が口を閉ざし動きを止め、息を殺して周囲を見回し……と、そこに数人の男達……薄汚れた布を身に纏った男達がやってくる。


 濁って座った目をし、周囲に殺気を撒き散らし……それでいて覇気は無く、飢えているのか酷く痩せている。


 そんな男達の姿はぱっと見では人間族にしか見えないが、体の一部だけに獣人としての特徴を残していて……一同はその特徴から彼らが血無しと呼ばれる者達であると気付く。


 セキ達三兄弟と接しているイルク村の者達はもちろん、散々血無し扱いされたアルハルもそのことを察していて……そんな血無し達は周囲をしばらく見回してから、こちらに気付くことなく、どこかへと歩き去っていく。


 その後姿を見送ったジョーとロルカが、姿が見えなくなったとしても油断することなく息と気配を殺していると……耳を立てていたエイマが「もう良いですよ」と、そう言って作業を再開させるよう指示を出し始める。


 そしてその中でエイマは、


「……恐らく彼らがこの辺りで活動しているという盗賊なのでしょう。

 冬を前にあの痩せ方……盗賊になるしかなかったのでしょうね。

 ……流石に武器や防具は渡せませんが、少しの食料を彼らが去った辺りに残しておきましょう。

 ……また彼らがここに来るのかも、残した食料を彼らが見つけるかも分かりませんが……ボクらに出来るのはそのくらいなので」


 と、そんな言葉を口にする。


 食料をここで残していけばその分だけ、船上での食事が減るということなのだが、その言葉に対し異論を唱える者は1人もおらず……そうして鬼人族と合流し、全ての物資を船に積み込んだジョー達は、いくらかの食料だけを残して獣人国を後にし……王国に、イルク村に帰るためにまずは荒野に向かっての船旅に出る。


 ―――と、ちょうどその直後、西の方から何艘もの船がやってくる。


 その船の上にはいかにも荒くれ者でございますといった、筋骨隆々の獣人達の姿があり、エイマ達が乗る船を見つけるなり手にしたオールを激しく動かし速度を上げてくるが……その船の周囲にゴブリン達がいると見るや、動きを止め舵を切り……まるで何も無かったかのように西へと帰っていく。


 そんな荒くれ者達の様子を船上のジョーとロルカが訝しがっていると、海から顔を出した1人のゴブリンがその大きな口を開けて声をかけてくる」


「安心すると良い! 連中は海での我らの強さを良く知っているようだ! 海で生きる者として我らに敵対することはあるまい!

 恐らくここでこの船を見たとも言わないはずだ! そんなことをして我らと敵対したが最後、連中は海での仕事が出来なくなるのだからな!」


 その言葉を受けてジョーとロルカは納得したという顔になり……ゴブリンに礼を言い、それからこの情報も先程の血無しのことと合わせてしっかりとディアスに伝えるべきだろうと考えて、懐にしまっていた紙束と炭片を取り出し、それに事細かく書き込み始める。


 この紙束と情報が本当に役立つ時が来るのかは2人には分からなかったが……それでも波で船が揺れようとも、船酔いしてしまって気分が悪くなろうとも手を止めることはなく、しっかりと紙束に書き記すのだった。




――――



お読みいただきありがとうございました。


今回手に入れた情報やらは遠からず活用される……はずです。


次回はこの続き帰還編となり、ディアス視点に戻る……予定です



そして今回も3月15日発売の 11巻に登場するキャラデザラフ公開です!


近況ノートに掲載していますので、気になる方はそちらをチェックしてください!



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