第424話 エイマの獣人国での奮闘記 その6 隠蔽魔法
――――木の陰に隠れながら ゾルグ
変装用の装備を身にまとい、香や泥水、川の水で体臭をごまかし、木の陰に隠れ息を殺し……魔石を使って隠蔽魔法を展開したゾルグ達の視線の先には、山道を進む武装した兵士達の姿がある。
木々を切り開いて作った道を整然と進むその兵士達は、種族ごとに部隊を分けられていて……その一部を目にしたゾルグは思わず息を呑む。
白銀の武具に身を包み、白木で作った大弓を肩に駆け、長い金の髪が揺れて見える耳は長く尖っていて……ゾルグにとってすっかりと見慣れたあの二人を思わせる姿をしている。
(……いるかもしれないと聞いてはいたが、まさか内乱を起こそうとしてるとはなぁ)
小声でゾルグがそう呟くと、仲間の鬼人族が身を寄せてから言葉を返してくる。
(どうする? 連中は見逃すか? お前の姪っ子の同族なんだろ?)
(その姪っ子を村から追い出したような連中だ、見逃す理由はない。
むしろ姪っ子達に手を出してこないよう、ここで痛い目に遭わせておきたいくらいだ……が、エイマの指示に逆らう訳にはいかないから、今ここでそこまでするつもりはない)
と、ゾルグがそう返すと鬼人族達はそれ以上何も言わずに頷いて……それぞれ魔石と大量の縄を手にしながら林の中へと散っていく。
(……俺が余計な考えを起こさなくても、何かあればエイマがあの子達のために動いてくれるだろうしな……今はただ指示に従った方が良いだろう)
そんな独り言を呟いたゾルグはそろそろ出番かと魔石を構え……そうして周囲一帯に隠蔽魔法を発動させるのだった。
――――山道を進みながら 獣人国のある兵士
後方の物資管理で問題が起きている、運送が順調なはずなのに何故だか前線に届かず、どこかで物資が滞っている様子なので確認をしてこい。
どこかの勢力による妨害工作の可能性があり、物資が停滞しているとの情報を掴んだ賊もいるようなので、十分な戦力でもって対応せよ。
そんな命令が発せられ、軍が編成され……たかが物資を確保するためにしては過剰過ぎる戦力が動くこととなり……その先頭を行く兵士の一人、鉄鎧姿の熊獣人が、手にした地図と道の先を交互に見やり……首を傾げて声を上げる。
「ん……? なんかおかしくないか?」
すると後方にいた熊獣人の上官が騎乗していた馬に指示を出して前へと進んできて、声をかけてくる。
「……なんだ、何がおかしいんだ、報告しろ」
「は、はい……その、地図に書いてある道がないんですよ、ここから道が二手に分かれていて、そこを右手に進むはずなんですが……ほら、そこです、その先に進む道があるはずが……ね、林でしょう? で、左手にはちゃんと道があって……なんかおかしいんですよ。
いや、さっきも道の脇にあるはずの大岩がなくておかしいなぁとは思ったんですが……でも、ここまで一本道でしたし、道を間違えたとかではないはずで……。
大岩は撤去されるなり石材にされるなりしたかなと思ってたんですが……道がないってのはなぁって」
「……岩ならまだしも道がなくなったりなんてするものか。
地図が間違っているか、地図を読み間違えたかのどちらかだろう……おい! 他にも地図を見ていた者がいるだろう、こちらに来い!
……よし、他の連中とすり合わせろ、その上でこのまま進むのか戻るのか、どうすべきか意見をまとめろ。
それまでは一旦停止、休息とする……後方に伝えろ!! 停止だー! 一旦停止! 休息とする!!」
そう言って上官が後方に向かって声を張り上げる中……周囲の兵士達が集まって話し合いを始める。
そしてそんな兵士達の前方……本来なら道があるはずの場所には、数人の鬼人族達が立っていて、隠蔽魔法によって林のような光景を作り出していた。
隠蔽魔法は何かを隠す際、幻像を作り出すことも出来る魔法だ。
そうでなければ村を……魔法でユルトを隠したとしても、草の無い地面が変に露出しているというおかしな光景を残してしまって、本来の目的を果たせなくなってしまう。
村やユルトを隠す際には周囲の草原の光景を借りて、幻像を作り出すことでそこが草原だと偽ることが出来るし、季節が冬であれば雪原だと偽ることも出来るし、やろうと思えばユルトの幻像を本来の数以上に作り出し、村を大きく見せることも出来る。
周囲の光景を借りているので、風が吹けばそれに合わせて幻像も揺れるし、雨が降っていれば幻像も濡れるし……と、周囲の状況変化にも対応しているため、それが幻像であると見破ることは簡単なことではない。
そして今鬼人族達は、周囲の木々の光景を借りて道を覆い隠していて……少し離れた場所に汚れや模様、枝葉の生え方などが全く同じ木が生えているという、おかしな状況となっているのだが、兵士達がそれに気付くことはない。
あるはずの道が無いという状況にあって、周囲の景色がおかしくなっているなどとは微塵も思わず、自分達が何か失敗をしたに違いない、勘違いをしているに違いないとそちらにばかり意識を向けて、無駄に頭を悩ませ正しい答えを出せず……考えれば考える程、深みにはまっていく。
「―――いや、だからここまでは一本道だったろ……」
「だけど周囲の地形や、ここまでにかかった時間的にここに分かれ道があるはずで……お前達だって地図みてたんだから分かるだろ?」
「無いものは無い! こんなところでぐずぐずしていないで先に進んじまおうぜ」
「そうそう、進むしかないだろ、それともなんだ、戻るのか? どこまで戻るんだ? 一本道なのに無駄に戻るのか??」
「……てかあれだろ、まず分かれ道の前に大岩だろ? あの目印がまだなんだから、ここに分かれ道があるって話がそもそもおかしいんだよ」
地図を持たされていた兵士は一人ではない、見落としや見間違いで軍全体が迷ってしまわないよう、何人かの兵士に地図が持たされていて、その全員が意見を出し合い……結果、先に進むべきだとの結論に至る。
隠蔽魔法の中で緊張した面持ちで……本当に上手くいくのかと疑心暗鬼になりながら様子を見守っていた鬼人族達が、引っかかってくれたとほくそ笑む中、兵士達はその結論を上官に伝え……上官が決断を下し、前に進むことになる。
前に進み、どんどん進み……当然のように大岩も分かれ道もなく、結局彼らは分かれ道を左手に進んだ先にある廃村に到着してしまう。
やっぱり戻るべきだった、分かれ道をどこかで見逃していた。
そんな声を一部の兵士が上げても今となっては何もかもが手遅れで……上官は誤った決断を下した者達を責めることはせずに、適当な罰を与えることにした。
「―――仕方ない、ここで一晩野営を行うことにする。
誤った情報を寄越した罰としてお前達は、他の者達が食事を終えるまで雑用をし、その後は夜警をし……最初の交代時間となったら食事と就寝を許可する」
その頃には食事はほとんど残っていないだろうし、冷めきっているだろうし……就寝時間もかなり削られることになるが、それでも兵士達はその程度で済んで良かったと安堵し、その罰を素直に受け入れる。
そうして彼らは夜警を行うことになった……のだが、その中で彼らは一人残らず失踪することになる。
野営地の周囲には隠蔽魔法を使った鬼人族達が息を殺して隙が出来るのを待っていて……隙を見て襲いかかり、布で口を塞ぎ手足を縄で縛り上げ、連れ去っていたのだ。
そうやって人数が減っていけば当然夜警の者達が気付くことになるのだが……まさか誰かに連れ去られたなどと思いもよらず、脱走したに違いないと考え……考えながらも声を上げたり報告しようとしたりはしなかった。
脱走兵は発見されたなら、どんな理由があっても処刑となる、下手に声を上げて脱走兵やその家族に恨まれたくはなく……脱走自体も珍しいことではないことであり、余計な騒ぎを起こしたくないと考えたからだ。
騒ぎを起こして皆の睡眠の邪魔をしたなら、そちらでも恨まれることになるだろうし……と、誰もが気付かなかったことにして、静かに交代時間を待つことにする。
結果、自分も連れ去られることになり……それだけでなく厠だと起き上がった者や、寝所で寝ていた者までが鬼人族の手にかかり……そんな状況に気付かないまま交代時間を迎えた野営地は混乱に包まれることになる。
いつの間にか夜警が一人もいなくなっている、寝ていた兵士も何人かいなくなっている……そして何人かの夜警が守っていたはずの、物資の大半が持ち去られている。
何者かの襲撃があったのか、それとも集団脱走が発生したのか……まさかこれだけの数の軍を、こんな半端な襲撃をする者がいるとも思えず、彼らは集団脱走だとの結論を出し……そして物資を持ち去られてしまったことを受けて、朝を待つことなく野営地を撤収し、来た道を戻り始める。
来た道を戻って本来の進路を見つけるか、それとも前線に戻るか……どちらの道を選ぶにせよ、ぐずぐずはしていられない。
なんらかの方法で物資を手に入れなければ飢えで士気が崩壊することは明白で……残された時間は少ないと考えたからだ。
そうして暗闇の中を移動した結果、彼らは更に隠蔽魔法に惑わされることになり、山道を迷いに迷い、道を見失って山の中をかなりの時間歩き回ることになる。
歩いて歩いてようやく道を見つけて、その道を進み夜明けを迎えた彼らの目の前にあったのは……野営をすると決めたあの廃村だった。
そしてそこで一塊となって縄で縛られた兵士達を……脱走したと思われていた者達を見つけた上官は、混乱のあまり全身から力を失って膝から崩れ落ち……しばしの間言葉を失ってしまうのだった。
――――
お読みいただきありがとうございました。
次回はこの続き……撤退編かつ恐らく奮闘記ラストです、恐らく
そしてお知らせです
来月3月15日発売、小説版第11巻で登場するキャラのデザイン公開です!
近況ノートにて公開していますので、チェックしてください!
ゴブリンでありイービリスでもあり
他のゴブリン達も概ねこんな格好をしています
これから活躍し、色々なシーンでも登場することになる彼らのイラストも結構あったりしますので、11巻を書店で見かけた際にはチェックしてみてください!
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