第421話 エイマの獣人国での奮闘記 その3 砦確保
エイマ達にとって幸運だったのはアルハルが捕らえられていたのが、目標とする内乱勢力の砦であり、そこから脱走するために情報を集め記憶していたことだった。
砦全体は木造で、周囲を囲う塀と見張り櫓、中央にある兵舎などで構築されている。
現在砦内にいる兵士の数はそこまで多くなく、薪集め食料集めなどの名目で出入りが激しく、近場に敵がいないのか戦闘が起きた様子はなく、見張りも徹底はされていない。
「アタシのことを襲おうとしていた連中も薪集めを理由に外に出ていて……残っているのは10人に満たないと思う。
これは声や足音、気配なんかで把握した人数で……まぁ、そこまで外れていないはず。
なんて言うのか……連中の態度とか空気とか警戒の仕方から軍隊と戦おうって感じはなかったな……やたらと荷物が運び込まれていたから、前線に物資を送り込むための中継地点なんじゃないか?
ここ、海が近いんだろ? なら港から来た物資を溜め込んでるのかもな。
それと……連中の言葉はよく分かんないけど、ミヤコとかなんとか、そんな言葉をよく使っていたな」
砦に侵入する前にアルハルからもたらされたその情報は、エイマ達にとっては金銀にも勝る価値のものだった。
「アルハル殿の予測は当たっていると思います。
ミヤコ……つまり我らの首都から船で物資を運び、近くの港で引き揚げ、前線までの中継地……砦や倉庫に集積する。
これから起きる内乱のための備えということなのでしょう……そうするとこの付近の砦の役目は軍を相手にするものではなく、物資狙いの盗賊対策というところでしょうか」
ペイジン家の者がそう補足してくれたことで、その価値は更に跳ね上がることになり……、
「警戒が薄く練度も低いのなら、そんな砦さっさと攻略しちゃいましょう」
「連中が帰ってこないと不審がられても厄介だ、さっさと行くぞ」
と、エイマとモントが同時に声を上げたことにより、方針が確定されたのだった。
方針が決まれば後の作戦立案はモントの仕事だが……これは間を置くことなく完了となった。
鬼人族の隠蔽魔法を使って砦近くまで移動し、砦内を知っているアルハル、斥候を得意とするペイジン達が先行して内部に侵入、砦内の状況を確認し特に問題がないようなら見張りを制圧した上で門を開放し、隠蔽魔法を維持したまま全戦力でもって砦内に侵入、隠蔽魔法を維持したまま戦闘を開始することで敵を撹乱し、一気に砦を制圧する。
これに反対の声が上がることはなく、すぐさま実行に移されることになったのだった。
「誤算があったとすれば、敵のやる気の無さとアルハルさんの殺意の高さを見誤ったことですかねぇ。
斥候だけでほぼ制圧って……いやまぁ、被害が出ないに越したことはないんですけどね。
……あ、アルハルさん、殺してはないんですよね?」
砦を制圧後、砦内の兵舎へと移動したエイマがそう言うと、爪とマントのそこかしこを赤く染めたアルハルが、酷い扱いをしてくれた連中への復讐が出来たと満足げに笑い、静かに頷く。
「じゃぁ井戸で血を洗ってきてくださいな。
……それと皆さん、この砦、壊したり汚したりしないようにしてくださいね。
可能かどうか分からないですけど、ちょっと試したいことがあるので」
更にエイマがそう続けると、血を洗い流すことより興味が勝ったのか目を見開いたアルハルが「何をするつもりだ?」と、問いかけ……遅れて兵舎に入ってきたモントやゾルグも似たような問いかけを口にし、それを受けてエイマが答えを返す。
「えぇっと……本当に可能かどうかはやってみないと分からないんですけど、このままこの砦をボク達で運用してみようかなって考えているんです。
これからもミヤコとかいう所から物資は送られてくるんですよね? ならそれをここで受け取るって形で奪っちゃおうかなって。
砦の管理者に成りすますか、いっそ物資を運ぶ運搬係に成りすましても良いですね、ここまでやる気も練度もない砦なら上手くやれば出来ちゃうと思うんですよね。
それと同時に他の砦も攻略していけば……あっという間に物資不足になって内乱なんて起こしたくても起こせなくなると思うんですよ」
そんなエイマの提案を受けてモントやゾルグ、アルハルは本当にそんなことが出来るのか? と懐疑的ではあったが……失敗したからといって何かを失う訳でもないと反対の声を上げなかった。
この場で反対の声を上げるとするならペイジン家の者達だろうと思われたが……顎に手を当て、あれこれと考えを巡らせた彼らはこんなことを言い出した。
「悪くないかもしれません、砦の主や運搬係に似た獣人を雇い、それらしい格好をさせて……割符や合言葉のようなものがあるとしても捕らえた連中から聞き出すなり奪うなり手はいくらでもありますな。
それと近くの港を管理している連中ならよく知っています、金品を積めば買収は容易いので、そこからも手を回しましょう。
もし運搬係を手配したのがその連中なら……話は一気に楽になりますな」
「もしそうなったなら物資の買い取りはペイジン商会にお任せください、もちろん飢えている者達に分け与えていただくでも、拠点に持ち帰っていただくでも結構です」
「事が露呈しないよう、足がつかないよう隠蔽工作もしておきましょう。
なぁに、山程の物資が手に入るのなら商会長達も喜んで手を貸してくださるでしょうし……後々面倒が起きたとしても勝てば官軍、勝ちさえすれば何も言われないのが獣人国です」
ペイジン家の者達も賛成してくれるとなって「ふぅむ」と唸りながら思考を巡らせたモントが声を上げる。
「他の砦に向かう運搬係に成りすませたら、運搬を装って砦に侵入なんてことも出来るかもしれねぇな。
ただそれにだけ注力する訳にはいかねぇから、そこらはペイジン達に任せて俺達は他の拠点攻略を進めよう。
……それとアルハル、他のニャーヂェンも同じようにここに来ているのか? 砦で監禁されているのか? もしそうなら救助を優先するが……」
「うーん……来てないと思うけど、アタシが顔を合わせてないだけでいる可能性はあるかもね。
難破したり溺れたり言葉の通じないやつらに運ばれたり、アタシもいっぱいいっぱいで周囲に気を回せなかったからハッキリしたことは何も言えないんだ。
ただ船に乗ってたのは10人もいなかったはずだから、いたとしても大人数ってことはないと思うよ。
ま……無事だったら保護してあげてよ、この国の連中はろくでもないのが多いからさ」
そしてモントにそう返したアルハルは、血を洗い流すために井戸のある中庭へと足を向け……その様子を心配したのか、エイマがそれを追いかける。
するとアルハルは、無言で足を止めてエイマが追いつくのを待ち……エイマはそんなアルハルに追いつき、体を駆け上り……アルハルの手を借りて肩に登る。
それから二人は仲良く言葉を交わしながら井戸に向かい……それを見送ったモント達は、成りすまし作戦についての詳細を詰めていくのだった。
……後にディアスはエイマからの報告書を読んで、こんな成りすまし作戦なんて上手くいかないだろうと、そんな感想を抱くことになるのだが、ディアスの予想に反してこの作戦は上手くいってしまう。
誰もがジュウハのように物資の重要性を理解し、厳格に管理するのが当たり前……というのはあくまでディアスの常識であり、獣人国の常識ではなかったようだ。
そして……作戦がただ上手くいくだけでなく、上手く行き過ぎてエイマ達がまさかの展開に巻き込まれることになるのだが……それについての報告書が届くのはまだまだ先のことである。
――――
お読みいただきありがとうございました。
次回はこの続き、その後のエイマ達となります。
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