第420話 エイマの獣人国での奮闘記 その2 アルハル


 その女性は帝国の海軍が中心となって行われた、ある作戦に従事していたらしい。


 軍船と呼ぶには小さな船に乗り、遠洋に出て西進し……そこで何かを調べようとしていたらしい。


 ところが急な嵐に遭ってしまい、船が小さいこともあって船が難破……救助を待っていると大陸語……王国で言う所の王国語を話せない魚人達が女性を助けてくれたそうだ。

 

 ……が、意思疎通が全く出来ないため女性が帝国人であり、帝国に戻りたいと願っていることを理解してもらえず、女性がその時にいた海がどこの海なのか、魚人達がどの方角に向かって移動しているのかも教えてもらえず……魚人達は女性をこの周辺、獣人国の陸地まで運んできてしまったんだそうだ。


 魚人達は良かれと思ってそうしたようだが、女性にとっては完全な余計なお世話で……帝国のことを全くと言って良い程に知らない土地へと連れてこられた結果、女性は獣人国の人々からは獣人国の住民であるという勘違いをされてしまうことになる。


『違う! そうじゃない! アタシは帝国人だ! 帝国にニャーヂェン人を保護したと連絡さえしてもらえればそれで良いんだ!

 すぐに救助が来るはずだし、礼金だって出るはず! 東の王国の向こうにある帝国に連絡してもらえれば―――』


 と、そんな風に女性は賢明に自分の立場を説明したのだが、何度も何度も繰り返し説明したのだが……それらは一切相手されず、ただの妄想であると片付けられてしまう。


 何故そうなってしまったかと言えば、彼女の外見が血無しと呼ばれる人々によく似ていたからなのだろう。


 獣人国において蔑まれ差別される血無し……地域によっては差別と言う言葉では済まされない程の扱いを受けることになる人々とよく似ていて……血無しがそんな状況から、どうにも出来ない現状から逃れるために作り出した妄想であると、そう判断されてしまったようだ。

 

 そうして牢に入れられることになった彼女は、たまに残飯を与えられるだけの獣以下の扱いを受けることになり……そんなある日、良からぬことを企んだ男達が牢へとやってきた折に彼女は不意をついて男達を攻撃し、鍵を奪取し、牢から逃げ出しここまで駆けてきたが……牢暮らしのせいで筋力も体力も衰えていて、男達に追いつかれ捕まってしまう。


 そうして男達が下卑た笑いを上げ始めた折……突然現れたなんとも形容し難い格好をした者達が現れ、男達を殴り飛ばして助けてくれた……というのがその女性のこれまでの物語であるようだ。


「ははぁ……なるほど、大変だったんですねぇ……―――」


 領兵達が用意していた着替えと予備のマントを手渡し、着替えてもらったなら簡単な食事を渡し……それらと引き換えということで情報を引き出していたエイマは、女性の前にちょこんとおすわりをしたマーフの頭の上でそんな言葉を漏らし、思考を巡らせる。


(つまりこの女性は帝国の軍人で、王国領海でなんらかの諜報活動をしている最中に難破し、ここまで来てしまったと、そういうことですね。

 所々情報を伏せようとはしていましたけど、伏せ方が雑というか素直過ぎて意味がない……この人、諜報に全然向いていませんねぇ。

 この様子だと王国の情報もほとんど入手出来ていないんでしょうし、解放しちゃっても全然良いんですけど……獣人国ここで解放してしまったら結局同じことの繰り返しになっちゃいますし、かといってイルク村に連れ帰っても帝国との伝手は無いんですよねぇ。

 どうにか帝国に隣接しているサーシュス公爵の所に連れていけたら良いんですけど、流石にそこまでしてあげる義理もないですし、連れていく過程で王国の情報与えちゃうことになっちゃいますし……うぅん、どうすべきでしょうか)


「―――モントさんは、どうしたら良いと思います?」


 思考を巡らせた結果、元帝国人に聞くのが一番だろうとの結論に至ったエイマがそう問いかけると、エイマ達の背後で待機していたモントが進み出て言葉を返してくる。


「村に連れ帰ってそこから海路で帝国に戻してやったら良い。

 海のあいつらに頼めば快諾してくれるだろう……が、タダって訳にもいかねぇだろうからな、その費用は村で働かせて稼がせれば良い。

 ……それか、今回の作戦で活躍してくれたなら、その報酬として帰還費用をこっちで持つってのもありだろう。

 ……ニャーヂェンはなんつったら良いか、基本的には気まぐれなんだが、恩人や上官が相手の場合は、妙に素直っつうか真っ直ぐな性格になるやつが多いからな、厄介なことにはならんはずだ。

 素直なやつが諜報に向くのかって疑問を持つかもしれねぇが、こいつらは体が異常に柔軟かつ身軽で、夜目が効いて耳も鼻も良くて、気配を消すのが得意で戦闘も得意で……んで上官の命令には忠実だからな、色々と便利なんだよ」


「なるほど……では一旦、村で体を休めてもらってから、海路でということにしましょう。

 費用をどうするかは……本人に選んでもらいましょうか、話を聞いていたと思うんですけど、あなたはどうしたいですか?」


 モントの言葉を受けて頷いたエイマがそんな問いを投げかけると、その女性はエイマのことを、すっと細めた目でじぃっと見やってから言葉を返す。


「アンタらは助けてくれたし、帝国に戻してくれるってんなら、作戦でもなんでもやってやるよ。

 アンタらがどこの誰なのかも……ま、なんとなくは分かってきたし、それでも助けてくれるってんだから文句もないサ。

 ただしアタシが従うのはそこの……ネ、じゃなくて鼠人族のねーちゃんだ、他の連中はお断りだよ。

 今はちょっと男に近寄りたくない気分だし……そこのモントっておっさんはまだしも、他の連中は変に殺気立ってるし、ちょっと無理かな。

 ……アタシの名前はアルハル・ゲール、ねーちゃんの名前は?」


「エイマ・ジェリーボアです。

 そういうことなら……アルハルさんはボクの副官ということで、しばらくの間、よろしくお願いします。

 とりあえず今から移動しますので、敵にバレないよう警戒しながらの移動をお願いします。

 ……それとそこの男の人達はしっかり拘束した上で連行しますが、出来るだけ近付けないようにするのでちょっとの間だけ我慢してくださいね」


 と、エイマがそう返すとアルハルと名乗った女性は「いいよ」とそう言ってニカッと笑い、目深に被っていたフードを脱いでからエイマの元へと手を伸ばす。


 その手にエイマが飛び乗るとアルハルは、自分の頭の上にいろとばかりにその手を移動させる。


 それを受けてエイマはアルハルの頭へと飛び乗り……ピンと頭の上に立った両耳の間に立って、それから彼女のことを改めて観察する。


 光沢のある真っ直ぐ伸びた灰髪は手入れがされていないのか少し傷んでいるが、手を触れてみると柔らかくサラっとしていて……手入れさえしっかりしたなら美しく仕上がることが予想出来る。


 目は横に切れ長でつり上がっていて……瞳は宝石を思わせる緑色で、痩せて頬がこけてしまっているが、しっかりとした食事を続けたなら健康的な美人になるだろうと思わせる素材の良さがある。


 そして立ち上がるとジョー達よりも身長が高く、体は細いが確かな力強さがある。


「……んで、どっちに行くんだ? こっち?」


 と、そう言って歩き出すと自然な動きながら全く足音を出さず、枯れ葉を踏んでも草木に触れても音を出さず、それでいて驚く程に早い足運びで前へ前へと進んでいく。


「あ、ちょ、ちょっと待ってくださいね、皆さんと一緒に進みましょう。

 特別な魔法を使いながら行くのでその範囲に入ってください。

 この先にある拠点についたら小休止をして、それから作戦開始となるのですが、消耗しているアルハルさんはそのまま休んでも構いませんからね……作戦参加はその次からで全然構いませんから」


 そんなアルハルにエイマが声をかけると、アルハルはすっと足を止めて腕を組んで首を傾げて……少しの間だけ頭を悩ませ、笑いながら言葉を返す。


「飯は十分もらったし、ちょっと休めばいけるだろ。

 この国の連中に仕返ししたいし、アンタらに価値を見せつけたいし……ま、任せておけって」


 そうしてアルハルはその言葉の通り、拠点での小休止を終えた後の作戦に参加し……ペイジンと共に斥候としてとある砦に忍び込み、あっという間の砦の占拠に大いに貢献するのだった。




――――


お読みいただきありがとうございました。


次回からは本格的にVS獣人国となります

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