第419話 エイマの獣人国での奮闘記 その1 上陸後



――――報告書を読み進めながら ディアス



 報告書の概略を首を傾げながら読み終えた私は、概略だけでは何も理解出来ないなと、残りの報告書に目を通していく。


 すると概略の次のページからもう、とんでもない内容となっていて……残りの報告書は一体全体どんな内容になっているんだと頭が痛くなってくる。


「ねーねー、ディアス、エイマは元気? 皆元気?」

「みんなどうしてる? いつごろかえってこれそう?」


 痛くなった頭を片手で抱えていると、いつの間にか足元にやってきたセナイ達がそう声をかけてきて……私が膝を地面に突いて視線を合わせて言葉を返す。


「あー……うん、元気そうだよ、とても元気そうだ、皆無事だから安心すると良い。

 いつ帰ってくるかは……まだ全部読んでないから分からないけど、この分だと予定よりも早く帰ってくるのではないかな?

 ……とりあえず、全部読んだらまた教えてあげるから、少し待っていて欲しい」


 するとセナイ達は満面の笑みで頷いてくれて……安心したのかそれ以上何かを言うことはなく、両手で抱えた包みを産屋の方へと持っていく。


 おつかいの途中だったのかな? なんてことを考えながら二人を見送った私は……とりあえず全部読まないことには始まらないかと、報告書に視線を戻すのだった。



――――過日、獣人国上陸の当日 上陸地点で エイマ



 イルク村から川を下り、海に出て西進し……かなりの時間を船の上で過ごしたエイマ達だったが、その顔色は良く疲労しているような様子は全く見られない。


 それもそのはずで船の操船や管理は全てゴブリン達がしてくれて、食事の用意などもしてくれて、難しいかと思われていた上陸も、小舟を用意した上で陸まで引き上げてくれて……何もせず寝ていても目的地についてくれたという快適過ぎる船旅で、疲労が溜まるはずもなかったのだ。


 船が揺れたなら船酔いという問題も出てくるが、ゴブリン達が出来るだけ揺れないように気遣ってくれたことでそういった問題もなく……上陸した面々の顔は気力と体力に満ち溢れていた。


「では船の管理はお任せしますね、沖に出て獣人国の方々に見つからないようにしてください」


 上陸用の小舟からピョンと跳ねて降りたエイマがそう声をかけると、ゴブリン達は「了解した」と、そう言って小舟と共に海岸を離れていき……海上の船に合流するとそのまま沖へと移動していく。


 その様子を見送ったエイマがマスティ氏族長マーフの頭の上に飛び乗っていると、覆面をした黒い三つの影がどこからから跳んできて、エイマ達のすぐ側に着地する。


「ゲコッ……お待ちしておりました、羊角の方々」


 その影の正体はフロッグマン……ペイジン家の者だった、そしてフロッグマンが口にした羊角というのは、獣人国で活動する間の軍団名だった。


 まさかメーアバダル軍と名乗る訳にもいかず、かといって全く名前が無いではペイジン達との連絡の際に不都合がある……という訳でペイジン達に考えてもらった獣人国風の呼び名となっていて……そんな羊角の一団は、頭の上に耳があるかのような形状をしたフード付きマントを装備し、腰の辺りから長い……どの種族ともとれる微妙な形の尻尾を生やしている。


 生まれつき耳と尻尾があるエイマやマスティ氏族以外の全員、ジョーやロルカ、あのモントや鬼人族までがそうしていて……それらはエイマが発案した装備の一つだった。


 今回の作戦中、常に隠蔽魔法を使うことになっているが、それでも誰かに目撃される危険性は消しきれない。


 そのままの姿では目撃された瞬間、人間族あるいは鬼人族であると見抜かれることは確実で……その対策にと用意したのがそのフードと尻尾だった。


 獣人特有の耳があるかのような形のフードと尻尾を見れば、獣人だけが住まう獣人国の住民達はまず獣人であることを疑わないだろう……そんなことよりも一体あいつらはどの種族の獣人なんだ? と、そちらの方に意識を向けるはずだ。


 まさか人間族であるとは思いもよらないはず……と、そういった訳で洞人族と婆さん達が協力して制作していて……本当にその通りの効果があるかはまだなんとも言えないが、頑固なモントも納得し何も言わずに装備するくらいには良い出来上がりとなっていた。


「そちらは特に問題など起きていませんか? 起きていないようでしたら隠蔽魔法を発動した上で北上し、用意していただいたという拠点で一旦落ち着きたいと思いますが……」


 エイマがそうフロッグマンに返すと、フロッグマン達は問題ないと頷いて見せて、北上するならあちらにどうぞと指でもって指し示す。


 その先には王国では見かけない曲がりくねった木が生えていて……そんな木々が作り出す林の中を進むべきだと示しているようで、そちらを見やったエイマが耳を立てての索敵を行い……問題ないとなったなら早速ゾルグ達鬼人族に指示を出し、隠蔽魔法を使ってもらう。


 そうしたなら出来るだけ身を寄せて誰かが隠蔽魔法から出ないための密集隊形を取り……その状態でゆっくりと、フロッグマン達の先導に従いながら大きな音を立てないよう気をつけて林の奥へと足を進めていく。


 それからエイマ達は神経を尖らせながら……初めて足を踏み入れた敵地で孤立状態にあるのだという独特の緊張感にその身と心を焼かれながら足を進めて……どれだけの時間が流れたのかどれだけの距離を歩いたのか、かなりの疲労がたまり、何人かの息が乱れてきた所で足を止め、休憩を取り始める。


 隠蔽魔法の使い手を変更し、フロッグマン達が用意してくれた丸い木筒に入った水を飲み……それでもここは敵地なのだと神経を張り詰めて周囲を見回し、耳を立て、鼻を鳴らし、警戒を続ける。


 ……そうして一団の息が整い疲れた抜け始めた時だった、どこからか放たれた女性の悲鳴がエイマの耳に届く。


「え? 女性の悲鳴?」


 思わずそう口に出してしまった直後 エイマは悔いることになる。


 どうやら他の面々には今の声は聞こえていなかったらしい、エイマの大きな耳だけが聞き取ることが出来ていたらしい。


 そのことに気付いていれば黙っていることも出来たのだが……既に手遅れ、エイマの言葉を耳にしたジョーとロルカを始めとしたディアスの戦友達の目が細くなり、明らかな殺気を放ち始めてしまう。


 ジョー達はあのディアスの戦友達である……玉無し刑のディアスに心酔し、崇拝に近い感情を持つ者達である。


 その悲鳴の主を助けたいと言葉にしたり態度にしたりはしてこないが……助けたいと思っているだろう内心が殺気と共に溢れ出してしまっている。


 それを受けてエイマはモントに視線をやって助言を求めようとするが、モントは諦めているのか肩をすくめてやれやれと首を左右に振っていて……ならばゾルグにと視線をやると、ゾルグを始めとした鬼人族達は鬼人族達で、ジョー達には劣るものの似たような殺気を放っていて……それを見てエイマはこれはどうにもならないなと、諦めたような表情となって小声を上げる。


(状況を確かめるため、偵察隊を出します。

 メンバーはボク、マーフさん、ジョーさんとモントさん、それと領兵の中から3名、ゾルグさんと鬼人族の方から2名、フロッグマンさんから1名、林の中ですのでサーヒィさん達は待機のままでお願いします)


 その選出に異論が出ることは無かった。


 ただの偵察だけならもっと少数でも良いはずで……義足のモントまでが選ばれている。


 それはつまり偵察の結果次第ではすぐにでもモントが必要になると考えているからで……エイマが悲鳴の主を助けるため戦闘を覚悟していると誰もが察したからだった。


 そうして偵察隊が組まれ、エイマを乗せたマーフとフロッグマンが先頭、次に鬼人族、ジョーとモント達が最後尾という形で移動を開始し……それからすぐに女性を含んだ何人かの会話が聞こえてくる。


「―――だからアタシは血無しとかじゃないって何度言ったら―――くそっ、大陸語を喋ったらどうなんだ―――」


「―――――! ―――――!!」


「―――、―――――!」


「ダマレ! 血無シガ偉ソウニスルナ! 血無シナノダカラ濃血ニ従エ!!」


 女性は王国語を喋っている、相手の何人かの男は獣人国語を喋っている……が、興奮した状態での早口であるのと風の音に紛れての途切れ途切れだからか、獣人語を勉強したばかりのエイマに聞き取ることは出来なかった。


 そして男の中で一人だけ片言の王国語を話している者がいて……その内容をはっきりと理解出来た訳ではないが、どうやらあまり良い状況ではないらしい。


 その声の元に駆けつけるべきか、様子を見るべきか……それとも関わらずにこの場を離れるべきか。


 あれこれとエイマが悩んでいると、声の方で更に大きな声が上がり、悲鳴や怒声が聞こえてきたかと思ったら、その声の主がこちらへと駆けてきて……そしてエイマが指示を出す前にエイマ達の視界に入り込んでしまう。


 それは黒髪の女性だった、頭の上には二つの耳があり、腰からは長くしなかやにくねる尻尾が生えていて……それ以外の部分は人間族と変わらない姿をした女性だった。


 セキ達を思わせるような血無しと思われる獣人の女性の衣服は酷く乱れていて……それを見てエイマ達はそれぞれの反応を示す。


「こ、殺さないでください!」


 誰に言ったのかエイマがそう声を上げる。


「ニャーヂェンがなんでここに!?」


 次いでモントが声を上げる。


 ジョーと領兵達は何も言わずに駆け出し……女性の脇をすり抜け、女性を追いかけていた獣人の男達の方へと向かい……そして獣人達の肩に鬼人族達が放った矢が突き刺さる。


 矢を受けて男達は驚き怯みながら悲鳴を上げて……そこにジョー達の拳が放たれ、二度三度と放たれ、あっという間に制圧される。


 そこに駆け寄り、制圧された獣人の様子を確認したエイマは彼らが息をしていることを確認した上で、


「……被害なし!」


 と、誰に向けての言葉なのか、そんな声を上げるのだった。




――――



お読みいただきありがとうございました。


しばらくは奮闘記が続きます。


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