第418話 最初の報告書




 船が出来上がり、装備が出来上がり……エリー達が先行して獣人国に入り、そうしていよいよエイマ達が出立する日がやってきた。


 船はイービリスを始めとした顔見知りのゴブリン達……イルク村にやってきたあの面々が運んでくれることとなり、イービリス達もまたドラゴン装備での参戦だ。


 更に追加で10名程のゴブリン達が手を貸してくれるとかで……確実かつ迅速に獣人国に運んでくれることだろう。


「無理だけはしないようにな」


 荒野の湖……あのトカゲが大地を割ったそこは、今ではすっかりと立派な湖になっていて……その岸辺で私がそう言うと、マスティ氏族長マーフの頭の上に乗ったドレス鎧姿のエイマが、


「任せてください!」


 と、元気な声を上げる。


 それに続いてジョーとロルカと他の面々も声を上げて元気な様子を見せてくれて……うん、この様子ならきっと皆無事に帰ってきてくれることだろう。


「イービリス達も無理はしないように。

 どういう結果になっても礼は十分にするから、程々にな」


 続けて私がそう言うと、イービリス達は牙まみれのその口を大きく開けて高らかに笑い、


「我らに任せておくが良い!」


 と、そんなことを言って自らの胸を強く叩く。


 それから乗船が行われ、船出の準備が開始となり……見送りのためにやってきたジョー達の奥さんや、マーフ達の奥さん、セナイとアイハンが大きく手を振り、パトリック達やフェンディアが戦勝の祈りを捧げる中、船が岸を離れて湖の中を進み、いつの間にやら随分と幅が広くなった川を下っていく。


「ささ、ディアス様、皆様、村に戻りましょう。

 ジョーさん達の代わりに結構な人数を関所に回していますし、たくさんのお仕事が待ってますよ」


 川を下る船が見えなくなったところでカーリッツがそう声を上げ……見送りに来ていた皆は、ジョー達の分まで頑張ろうと張り切った様子で馬に跨り、馬車や荷車に乗り込み、村へと戻っていく。


 その姿を見送り、乗り遅れた人がいないかの確認をしたならセナイとアイハンを馬……ではなくラクダの背の上の鞍に乗せてやり、私もまた別のラクダに乗り、ラクダ達の様子を確かめながらゆっくりと村へと移動する。


 ラクダは暑い地域に住んでいるものらしい。

 そのため暑さと乾きには特別強く、そうなると寒さには弱いのかと思っていたが……全くそんなことはなく寒さにも強いらしい。


 寒くなるとその毛を長く、ふっくらとさせ……その防寒性はかなりのものになるんだとか。


 犬人族や馬の冬毛よりもしっかりとしていて、メーア達と互角かもしれないレベルだとかで……川さえも凍るような寒さでも平気らしいのだが、それはそれとして暖かい方を好んでいるのも確かで、こうして荒野に連れてきてやると喜んでくれる。


 草原より風が弱く気温も高く……穏やかな荒野はラクダ達にとっての憩いの場という訳だ。


 ……まぁ、荒野には餌となる草が生えていないので、腹が空くとすぐに帰りたがったりもするのだが……そんな所もまたラクダらしいと言えばらしいなぁと思う。


「ブァァァー……」


 ゆったりと村に向かう中、私を乗せたラクダがそんな声を上げ始め……どうやら腹が減ってきたようだ。


 そして勝手に駆け足となって、少しずつ整備が進んできた荒野の道を北上し……草原に入ると良さそうな草がないかと周囲を探し始め、見つけたなら食事をするから邪魔だと、そんな視線をこちらに向けてくる。


 仕方なしにラクダから降りて、食事に付き合ってやるかと腰を下ろそうとしていると、そこにアイセター氏族の若者が駆けてきて声をかけてくる。


「ディアス様、こいつの世話はオレに任せてください!

 こいつ食事を始めたら休憩したりで長いんで……ディアス様は先に村に戻ってくださいな!」


「そうか……? そういうことなら任せるが……なんか悪いなぁ」


「気にしないでください! ディアス様にはいつもお世話になってますし、いつ出産が始まってもおかしくないので、村に居て欲しいです!」


 私が言葉を返すと、その若者は満面の笑みでそう言ってくれて、私は礼を言ってから同じくラクダの背から降りたセナイ達と共にイルク村に足を向ける。


 徒歩だと結構な時間がかかってしまうが、たまには悪くないかとセナイとアイハンと、


「エイマまたいなくなっちゃったねー……一緒が良いのにねー」

「ねー……」


「なぁに、すぐに戻ってきて、たくさんのお土産をプレゼントしてくれるはずさ。

 エイマならセナイとアイハンの好みを分かっているだろうから、きっと二人が喜ぶものを持ってきてくれるぞ」


「おー……お土産かぁ、獣人国のお土産……」

「なんだろ、やっぱりおにくかな?」


 なんて会話を楽しみながら足を進め……イルク村に入ったならそのまま神殿の方に進んでいく。


 神殿の側には産屋として建てられた大きめのユルトがあり、そこには今冬出産するだろう妊婦達が集められている。


 神殿の側にある理由としては伯父さんとフェンディアが妊婦達の相談役になっているのと、安産絨毯が神殿に保管してあるからで……そうしておけば急に産気づいたとしても伯父さんが対応してくれるので安心という訳だ。


 去年のように一斉出産となることはまずないだろうし、これから全員の出産が終わるまでは伯父さんにそうやって対応してもらい……伯父さんが休憩している時は私が代わりに対応することになる。


 そんな産屋の側にいくと、青空の下での伯父さん相談室が開かれており、今日も大盛況となっているようだ


 そこにはメーア達や犬人族達の姿もあり……それと最近になって妊娠? の兆候が現れたらしい、サーヒィの奥さん、鷹人族のビーアンネの姿もある。


 鷹人族は卵で子を産むので他の種族の妊娠とはまた違う状態らしいが、それでも不安が尽きないとかで産屋で日々を過ごしている。


 ……と、言っても妊娠? から出産まで4、5日程という短さなので他の皆よりは早くここを去ることになりそうだ。


 4、5日すると卵を1日1個で3、4個産むのだそうで……あとはそれをしっかりと温めておけば孵化となるそうだ。


 温める間、ビーアンネは家を離れられず食事の世話などを旦那であるサーヒィが行う訳だが……サーヒィは連絡役として獣人国に行っているので、婦人会の面々がその世話を担当することになっている。


 サーヒィもビーアンネもその方が安心出来ると受け入れてくれていて……うん、無事に産まれることを願うばかりだ。



  


 そうして自分のユルトと産屋を往復する日々が始まり……特に何事もなく平穏無事に日々が過ぎていって、5日後。


 ビーアンネの出産……というか産卵が始まったかと思えば、あっという間の安産で終わり、安産絨毯の出る幕は一切なかった。


 1個目の卵が無事に生まれれば後の卵も同様に生まれてくるんだそうで……無事に産卵を終えたビーアンネは安心したのかなんとも安らいだ表情を浮かべていた。


 そんなビーアンネのことを村の皆で祝福しているとそこに、


「う、う、産まれたか! よくやったビーアンネ!! ありがとう!!」


 との声が響いてきて、ウィンドドラゴン装備をしたサーヒィが物凄い勢いで飛び込んでくる。


 そしてビーアンネの下に向かおうとして……ハッとした表情となり、その前に用事があったとばかりに私の方にやってきて、足に掴んでいた封筒を渡してくる。


「ディアス! エイマからの報告の手紙だ! 書いたのは今朝だから最新の情報だぜ!

 じゃ、じゃぁオレはビーアンネと卵の世話すっからよ! じゃぁな!」


 そう言ってサーヒィはビーアンネの下に向かい、返事をする間もなかった私はとりあえず礼の言葉だけを返し、封筒の確認をする。


 エイマの署名と印章の代わりなのか足跡が押されたその封筒にはかなりの量の手紙が入っているようで、大きく膨らんでいる。


 封筒を開いて中身を取り出し、広げてみると1枚目には『報告書全体の概略』との文字が書かれていて……その下には今日までのエイマ達の行動が箇条書きにされていた。


 出立した翌々日に獣人国に上陸、ペイジンが用意してくれた部隊と合流、それから行動を開始し……今朝までに反乱を起こそうとしていた勢力の砦3箇所を占領、物資倉庫5箇所を確保、帝国人捕虜を保護、双方に被害なく全て順調に進んでいます。


 と、そんなことが。

 

 その箇条書きを見て私は、今ひとつ状況が分からないというか理解出来ずにぐいっと首を傾げ……傾げたままその箇条書きを何度か読み返し……それでも理解出来ないので残りの報告書へと目を通すのだった。




――――


お読みいただきありがとうございました。


次回はこの続き……というかエイマ視点でのあれこれとなります。

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