第422話 エイマの獣人国での奮闘記 その4 とりあえず一息


 エイマ達が物資の横取りを始めて、数日が経った。


 始めた当初は上手くいくかどうか半信半疑の作戦だったが……いざ始めてみると予想以上に上手くいくことになり、特にこれといった問題が起きることもなく、エイマ達が占領した砦に物資が積み上がることになった。


「いやぁ……まさかこんな山みたいになるとは予想外でしたねぇ」


「エイマは頭が良いんだな……帝国に来たら出世できるんじゃないか?」


 砦内の一角……隠蔽魔法で覆われた木造倉庫の中で、積み上がる物資を前にエイマがそう言うと、エイマを頭に乗せているアルハルがそう返してきて……アルハルの耳が嬉しそうに揺れる。


 山のように積み上がった物資のうち、食料は自分達で消費する以外のほとんどをペイジン商会に譲り……当初の予定通り、周辺の住民や備えが少ない地域の住民へと格安で販売されることになっている。


 エイマ達としては無償の譲渡でも構わなかったのだが、無償では逆に疑われるとのペイジン達からの意見があり……住民達の財布事情に配慮した金額での販売となった。


 食料以外の物資……武器や防具は下手に売ってしまって内乱勢力に渡っては元も子もないので、鹵獲品として持ち帰ることになっていて……持ち帰ったなら鬼人族と折半することになっている。


「……帝国にはあまり興味がありませんね。

 今興味があるのは、これらをどうやって持ち帰るかってことですかね」


 エイマがそう返すと、アルハルは不機嫌そうに耳を後ろに向け、それから言葉を返してくる。


「ふぅん……そっか。

 で、物資ね……物資を奪いに来ておいて、運搬方法を用意していなかったのか?」


「いえ、そのための商隊が事前にこの国に入ってはいるんですが、ここまでの量は予想してなかったと言いますか……用意した商隊だけでは手に負えなさそうなんですよねぇ」


「あぁー……確かになぁ、これからまだまだ増えることを考えると船で運びたいとこだが、船と港を確保するのは流石に難しいだろうしなぁ」


「モントさん達が輸送隊に化けての奇襲でどんどん砦や倉庫を落としていて……そこからの物資もじきに届きますし、どうしたものですかねぇ。

 結構派手に動いちゃってて、ことが露呈するのも時間の問題なので、あんまり時間もかけていられないんですけど……」


「ま、無理をすることはないだろ、持ち帰れる分だけ持ち帰って、後は海にでも捨ててしまえば良い。

 どんな出来の良い武具だって錆びちまったらゴミみたいなものだからな」


「それも手なんですけど、これだけの量となるともったいなさすぎると言いますか……やっぱり船ですかねぇ、なんとか船を用意できれば、港の問題はまぁなんとでもなるんですけど」


「いや、港が一番大事なんじゃないか……? 港がなかったら船があってもしょうがないだろ?」


 ゴブリンのことを知らないアルハルのそんな言葉に、エイマは何も返さず「うーん」と唸り、考え込んだ振りをする。


 船さえあればゴブリン達が浜からでも荷物を積み込んでくれることだろう、安全に荒野まで運んでくれることだろう、荒野まで運んだなら最近手に入ったばかりのハルジャ種での運搬が可能なはずだ。


 そうなると問題は船だけとなり……いっそここで作ってしまうか? なんてことまで考え始める。


 荷物だけならイカダでも良いかもしれない、いっそイルク村で作ってもらっても良いかもしれない……それかペイジン商会から船を買い取るのも良いかもしれないと考えて、イルク村の木材を消費したり、素人が変な船を作ったりするよりかは、買い取った方が良いのかもしれないと、そんな答えを出す。


 食料を売った収益で船を何艘か買って……足りなければ武具も売って、赤字にならず鬼人族にも納得してもらえるギリギリの数を見極める必要があるだろう。


 とりあえずその方向で皆に相談してみようと決めたエイマは、自分の左右にあるアルハルの耳が不機嫌を示す後ろ向きになっていることに気付く。


 アルハルは悪い人間ではないのだが……色々とあったせいか、精神的に不安定になっている。

 

 唯一の女性であるエイマが側にいないと不機嫌になるし、エイマが構ってくれなくても不機嫌になる。


 男性が近くにいても不機嫌になるし、腹が空いていても不機嫌になる。


 その機嫌の良し悪しは特に耳に現れ……次に尻尾、最後に尻尾や髪の毛に現れる。


 最悪なまでに不機嫌になると、尻尾に力が込められてぶわりと膨らみ、髪の毛が逆立とうとしているのかふわりと持ち上がり……目が鋭くなり表情がきつくなることもあってか、まるで別人のようになってしまう。


 犬人族にも同じようなところがあるのだが、アルハルの場合は特に顕著で……モントが言うにはニャーヂェン族とはそういう一族なんだそうだ。


 気まぐれで機嫌の良し悪しがすぐに分かって……異様に柔軟で身軽で、身体能力に優れている。


 その身体能力は帝国でも重宝されているんだそうで、アルハルのように斥候を任せても良いし、重装備をさせても活躍するんだそうだ。


 身軽なニャーヂェンに重装備というのはエイマからすると、相性が悪そうな選択に思えたが、モントによると柔軟だからこそ重装備を上手く使いこなすとかで、重装備に負けずに鋭い攻撃を放てるし、多少なら駆け回れるし、いざ攻撃を受けてもその衝撃を上手くいなし、人間族が重装備をするよりも数倍頑丈……というか生存能力の高い兵士になるんだそうだ。


「……そう言えばペイジン商会が気を利かせてお菓子を用意してくれたんですけど、一緒に食べますか?

 とってーも甘い、砂糖をたっぷり使ったお菓子だそうですよ。

 獣人国でしか食べられないお菓子だとかで……海藻を使うことで不思議な食感になってるんだそうです」


 その境遇に同情をしている、手助けしてあげたいと思う、友達になりたいとも思うし……できることならイルク村の仲間になってくれたらとも思う。


 ただ兵士として有能だから、というだけではなく……きっとイルク村なら気難しい彼女でも楽しく、幸せに暮らせるはずだと、そう考えているエイマは、そんなアルハルを気遣って柔らかな声をかける。


 するとアルハルは、


「お菓子! 砂糖のお菓子は帝国でも食べたことなかったな! ハチミツのはあるんだが!!」


 と、そう言って目を見開き……耳を左右に向け、尻尾をゆらりとくねらせて、機嫌の良さを示してくる。


「じゃぁ、休憩所にいきましょうか、獣人国のお茶ももらったので、お菓子と一緒にいただきましょう」


 エイマがそう言うとアルハルは目を細めての笑顔を作り出し……なんとも軽快な足取りで砦内の休憩所へと、木造板張りの廊下を駆けていく。


 船のこととアルハルのこと……それとこれから動きを見せるだろう内乱勢力のこと、あれこれと考えながらエイマは、とりあえず今はお菓子だと思考を切り替えてアルハルとの時間を楽しむことにするのだった。



――――



お読みいただきありがとうございました。


次回は……いよいよトラブル開始となります



そしてお知らせです。


小説版『領民0人スタートの辺境領主様』第11巻の発売日が大体一ヶ月後の3月15日に決定しました!


既に大体の作業は完了していまして……ゴブリン族初登場となる一冊です!

予約も開始していますので、各販売サイトや書店をチェックしていただければと思います!!




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