第413話 悪い笑み

 夕方になって、日が傾き始めた頃、結婚式は結婚を祝う宴へと本格的に変化し、洞人族が持ち込んだ酒による酒盛りが始まった。


 王国の結婚式と鬼人族の結婚式と犬人族の結婚式を混ぜた形式にするなら、洞人族の結婚式も混ぜさせてくれとのことで……まぁ、言ってしまうとただの酒盛りをすることになる。


 その酒は洞人族が得意としている特別な方法で作るものなんだそうで……美味しいとか美味しくないとかではなく、とにかく酒精の濃いきつい酒になっているんだそうだ。


 それを小さなコップ一杯、飲み切れたなら一人前の……家庭を持つに相応しい男として認められるとかで、それをジョーを始めとした新郎達が飲んでいく。


 相当にきついのか、飲んだ直後から喉を抑えながら叫んだり悶えたりし……それはそれとして美味しかったのか、もう一杯とコップを差し出す。


 すると洞人族達は皆が満面の笑みとなって特性の……銅製の酒瓶を傾けて、コップに新たな酒を注いでいく。


 その様子を見てかフランシス達メーアが宴を盛り上げるためか、皆を祝うためか『メァメァ~メァーメァ~』と大合唱を始めて、場が一段と盛り上がっていく。


 その大合唱に負けないような声量で、


「あんまり飲みすぎるなよ!」


 と、私がそんな事を言っていると、アルナー達が二度目のごちそうを運んできて……魚料理中心の料理が夕食ということでテーブルの上に並んでいく。


 その中にはただ焼いただけの魚もあり……それを見るなりセキ、サク、アオイの3人が飛びつくように手を伸ばし、口に運び、


「本当にこの魚はうんまいな!」


「これならいくらでも食べられるー!」


「獣人国でもこんなの食えなかったよ!!」


 と、兄弟仲良く同時に声を上げる。


 確かにイービリス達が持ってきてくれる魚はとても美味しい、私が過去に何度か食べた塩魚とは全くの別物と言うか、比べようが無い美味しさとなっている。


 臭くもないし変な食感もしないし、塩辛くもないし……特に戦争中に食べたものは酷い味で、どんなに腹が減っても塩魚だけは食べないなんてことを言う兵士もいたくらいだ。


 だけども腹が膨れるし塩分はとれるしで、食べない訳にもいかず……どうやって塩魚の味をごまかすか、なんて話し合いがされていたこともあったくらいだ。


 セキ達だけでなく犬人族達も、鷹人族達も、洞人族も……皆が皆、魚を喜んで食べていて……イービリスを始めとしたゴブリン達はその様子を嬉しそうに、誇らしげに眺めている。


 そうやって宴がどんどん盛り上がっていく中、日が沈み始め……近くの席で楽しそうに様子を見守っていたセナイ達がうつらうつらとし始める。


 朝から準備のために忙しなく働き、体力が限界だった所で夕食を食べて眠くなってしまったという所だろうか……アルナー達はまだしばらく忙しくしているだろうしと、立ち上がってセナイ達を抱きかかえ寝る前の身支度をさせるためにユルトへと向かう。


 するとエイマとマヤ婆さんが一緒に来てくれて……2人に手伝ってもらいながら湯で体を洗ったり着替えをさせたりとしたなら、同じく眠くなってしまったのだろう、六つ子達を連れて戻ってきたフランシスとフランソワと共に寝床へと入り、セナイ達を寝かしつけるついでに、自分もまた目を閉じるのだった。



 

 翌朝。


 目を覚ましユルトを出て身支度をしていると、イービリスのものと思われる声が響いてくる。


「これがあれば魚を更に美味しく処理出来ることだろう!」


 その声を受けて何があったのやらと首を傾げた私は、身支度を済ませてから声がしてきた方へと足を向ける。


 するとイービリスが宴で使った物の片付けで人が行き交う倉庫前に立っていて……その手には大中小、様々な大きさのハサミが握られていた。


「……ハサミ?」


 ハサミと魚の味に一体どんな関係があるのか? と、そんな疑問が出てきて私がそう声を上げると、そのハサミをイービリスに渡した……というか、作ってきてくれたらしいナルバントが言葉を返してくる。


「うむ、アルナー嬢ちゃん達に作ってやった布ハサミとはまた別の作りとなっている、魚ハサミといったところかのう。

 なんでもゴブリン達が言うには海の中で魚を解体出来ると、その分だけ美味しくなるとかでな……海の中であればナイフよりもハサミだろうと思って拵えてみたんじゃ」


「海の中で……? 海水の塩分で美味しくなるとかか?」


 と、私がそんなことを言うとイービリスは「ギャッハッハ!」と大口を開けての笑い声を上げてから、ハサミを動かしながらの説明をしてくれる。


「そうではない、そうではなくて……魚というのは死んだ瞬間から鮮度と味が落ちるものでな、絞めたなら出来るだけ早く解体し塩漬けにしてしまう方が良いのだよ。

 海近くの人間達もそれをよく知っていて、最初は港のすぐ側で調理をしていたのだが、それでは間に合わないと船の上に調理場を作り、そこで調理をし始める程なのだ。

 我らも当然そのことを知っていて、出来るだけ海の中での解体をしていたのだがナイフや槍では上手く解体出来なくてなぁ……

 だが、このハサミがあれば海の中で締めて解体し、内蔵を出して血を洗い……出来るだけ鮮度を保った状態での調理が可能となる訳だ!

 あとはイカダの上の仲間に手渡し、塩を薄く塗ってもらい……臭い水が抜けたならもう一度洗い、それから樽に淹れての塩漬けをしてもらえれば完成だな。

 ナルバント殿が作った鉄器は錆びにくい上に、水中でも切れ味が落ちにくくてなぁ……このハサミさえあれば、これまで以上に美味しい魚をこれまで以上の速さで塩漬けに出来ることだろう」


「ふーむ……なるほど、昨夜セキ達が美味しい美味しいと言っていたのは、その処理方法が影響しているのかな?

 獣人は人間族より味覚が鋭敏らしいし……獣人のセキ達や犬人族達が美味しいと言っているのなら、間違いないんだろうな」


 と、私がそう返すとナルバントは「そう言えば……」と、そう言って声を上げる。


「味覚だけでなく犬人族達の鼻も魚を管理する上で役に立つかもしれんのう。

 昨夜連中と話して驚いたじゃが、連中……樽の匂いを嗅げば中の魚がどんな状況が分かってしまうらしい。

 どれだけの鮮度なのか、美味しく漬かっているのか……当然腐っているのかも中を検めることなく分かるとそう言っておったのう。

 悪質な商人なんかは樽の奥底に質の悪い品を隠したりするもんじゃが、連中の鼻にかかればそれも丸わかりらしいのう。

 味覚と鼻が鋭敏な獣人相手の商売で、そういった失態は致命的じゃろうから、売る前に簡単に中のもんの質が確かめられるというのは、これ以上ない力となることじゃろう」


「あたし達の魔法だって商売の上じゃ欠かせないよ? 何しろ相手が騙そうとしていればそれが分かるんだから。

 行商するってなら今度から私達も連れていった方が良いんじゃない?」


 ナルバントに続いてそう声をかけてきたのは、片付けを手伝っていた鬼人族の女性……昨夜結婚したばかりの女性の一人だった。


 魂鑑定魔法……確かに以前アルナーがペイジン相手にそれを使って良い交渉をしていたなぁ。


 洞人族が作ったハサミでゴブリン達が解体し、犬人族がその品質を確かめて、売る際のトラブルは鬼人族の女性が防止する……か。


「それはまた……皆の力を借りられるイルク村だからこその商売になりそうだなぁ。

 商売っていうか、しばらくは食糧不足への支援になりそうだけど……それでも喜んでもらえそうだし、やる価値はあるのかもなぁ」


 そう私が感想を口にすると……イービリスとナルバントと、鬼人族の女性がニヤリとなんとも悪い顔をする。


「確かに、支援という形で隣国中に塩魚を広めて味を覚えさせれば、他の低品質な品など買っていられないと我らゴブリンが作った魚を求めることになるだろうな」


「うむ、他所の商人がいくら真似しようと思っても絶対に真似できん品となる訳じゃな。

 オラ共が作ったハサミは他所には売らん方が良いじゃろうのう」


「なんだいなんだい、結婚した翌日からそんな景気の良い話が聞けるなんて最高じゃないか」


 そして3人でそんなことを言って更にその笑みを……なんとも悪い笑みを深くし、そうして3人で一斉にこれまた悪い笑い声を上げ始めるのだった。




――――



お読みいただきありがとうございました。


次回は獣人国のあれこれやらになる予定です



今回で今年の更新は最後となります

来年ももっとこの物語を楽しんでいただけるよう励んでいきますので、これからも領民0をよろしくお願いいたします


皆様良いお年を

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