第412話 盛大な結婚式




 セキ達から少し遅れる形でジョー達が関所からやってきて……簡単な出迎えの挨拶をしてから広場に向かうと、結婚式の準備がすっかりと整っていて……そして準備の指揮をとっていたアルナーがハルジャ種を見つけるなり目の色を変えてこちらに駆けてくる。


「な、な、な、何事だこの馬達は!?

 お、大きいし足も太いし、胸もしっかりしていて……凄く良い馬じゃないか!?」


 駆けてくるなりアルナーはそんな声を上げて……そしてハルジャ種の何頭かに鬼人族の女性達が張り付いていることに気付き、私があれこれと説明する必要もなく事情を察したようで……自分のものにはならないのかと露骨に肩を落とすが、すぐにセキ達や女性達が声をかける。


「いや、あたし達で全部なんて欲張らないよ」


「うん、アルナーも良いの選びな、早くしないと他の連中が目つけちゃうかもよ」


「アルナー様、予想以上の数が手に入ったんで、イルク村でも何頭か飼えますよ」


 するとアルナーは喜び勇んでハルジャ種の群れへと飛び込んで……声をかけ顔を撫で足をしっかりと握り、どの馬が良い馬かと選び始める。


 いや、そんな風に確保しようとするのは鬼人族だけだろうし……焦る必要はないだとか、まずは結婚式が先だろうとか、色々言いたいことはあったが……喜んでいる所に水を差すのも悪いので好きなようにさせてやり、その間に私は私の準備を始める。


 今日の結婚式はクラウスの時と大体同じ形となる。


 ただいくつか違う部分があり、11夫婦が一斉に式を挙げることになることと……鬼人族の家族が参列すること、それと鬼人族風の結婚式も行うのがその違いとなる。


 鬼人族風の結婚式というのは、むかーしに私がアルナーとやった婚約式に相当するもののようで……結婚式用の小さなユルトの中で、鬼人族の神官……のような仕事をしている人の前で夫婦となることを誓えば完了となる。


 ややこしい作法もなく決まりもなく……しっかり相手を想って誓えば良いというもので、こちらの結婚式の後にやっても問題ないくらいに短いものとなっている。


 私達の式は聖句の関係でどうしても長くなってしまうが……そこら辺は文化の差なのだろうなぁ。


 鬼人族の式はその代わりに盛大に飲んで食べての大騒ぎをするようだし……。


 まぁ、何はともあれ今日はその聖句を唱える役目があるし、しっかり準備をしなければ。


 結婚式の際の聖句、本来であればこれは神官である伯父さんの仕事なのだが、ジョー達はクラウスのことを羨ましがってか、私にやって欲しいとそんな希望を出していた。


 それはつまり本職の前で、本職の仕事の真似事をしろという、なんともとんでもない話だったのだが……長年私の我儘に付き合ってくれたジョー達の願いなのだから叶えない訳にもいかず、そのための準備という訳だ。


 以前アルナーが用意してくれた神官服に着替えて、伯父さんが用意してくれた神官用の杖を持って……クラウスの時よりも本格的な格好をして。


 ユルトの中でそうやって準備をしていると、フェンディアとパトリック達がやってきて、着替えやら事前の聖句の確認やらを手伝ってきて……ううむ、勘弁して欲しいものだ。


 本職による指摘をたっぷりともらって心労を溜め込みつつの準備をしたなら、再度広場に向かい……準備が終わって集まってきたのだろう、人でいっぱいになっている広場を見回す。


 新婚夫婦達にセナイとアイハンとエイマ、フランシス達を始めとしたメーアの群れに、マヤ婆さん達にクラウス達にモント、ヒューバートにダレル夫人に犬人族達、サーヒィ達にゴルディア達にセキ達、鬼人族の村から来た人々にゴブリン達に、早速酒盛りの準備をしている洞人族達に。


 たまたまと言うか、何と言うか……イルク村にやってきていたゴブリン達も当然参列してくれていて、特に子供達なんかは今から何が起きるのかとか、これからテーブルに並んでいるごちそうを食べられるのかと、そんなことを考えているのか、いつになく落ち着きのない様子でソワソワとしている。


 ……改めて思う、イルク村は本当に大きくなったのだなぁと。


 そして今また、新たな領民が増えようとしている訳で……うん、これは気合を入れて頑張らないといけないな。



 

 そんな訳で、結婚式は何事もなく……概ね無事に終わることが出来た。


 聖句の途中、何度か伯父さんからの間違いを指摘する肘打ちを食らったりもしたが……うん、無事に終わったと言って良いだろう。


 聖句が終わったなら村を挙げての、盛大過ぎる程に盛大な食事会が始まり、程よい所で犬人族によるこれからこの人は既婚者だよという見せびらかしと、独身者によるペシペシ叩きが終わって……そんな光景を見やりながら食事の手を進めていると、隣にクッションを持ってきて座り込んだモントが、その騒ぎの五月蝿さに負けるか負けないかの、微妙な所の小さな声をかけてくる。


「……おう、セキ達から話は聞いたぜ。

 隣国の事態にどういった手が打てるのか、選択肢があるのか、大体のことは俺の方で考えておいてやるよ。

 だからまぁ、お前は適当に構えておけばそれで良い。

 ……隣領の話を色々と聞いて前々から考えていたことではあるしな」


「……任せても良いが、前々からってなんだ? 一体どういうことを考えていたんだ?」


 と、私がそう返すとモントは、手にしたワイン入りのコップをぐいと煽り、それを私の前に置かれた横に長く背の低い、宴会用のテーブルへと叩き置いて声を上げる。


「そりゃぁ色々だ、色々。

 ここにはジュウハの野郎がいねぇからな、なら俺が考えるしかねぇだろうとなって、毎日毎日色々考えて考えて……セキ達がお前相手に思わず漏らしたってぇ隣国の象人族の話で、大体考えがまとまってきたってとこだ。

 犬人族達から聞いたが、セキ達はとんでもねぇ話をしていたようじゃねぇか?

 隣国の王朝になるかもしれねぇ血筋が行方不明で……象人族と来りゃァどこの誰かは、大体想像がつくってもんだ。

 そしてその血筋に子を産ませて侵略しようって企んでた悪いやつの頭の中にも想像がつく。

 実際、そんな子供がいりゃぁ侵略まではいかなくとも、一定の影響力は得られるって話だしなぁ、野郎がやっていた商売を思えばそりゃぁもう都合良いことがたくさんあるんだろうな。

 ……そんな風に民が商品扱いされてるのに、いつまでも動きを見せなかった獣人国にも、色々と思惑がありそうだ。

 王の座が不安定で群雄割拠な中で、そんな野郎と組んで儲けたり、そんな野郎の武力を宛にして勢力拡大をしようとしたり……色々とな。

 ま……そんな野郎が好き勝手出来てた程度には隙がある国なんだろうしなぁ、やりようは色々とあるだろうさ」


 そう言ってからモントは、私の分の料理を乱暴に掴んで口に押し込み、私が何か言い返す前にコップを手にとって立ち上がり……フラフラとどこかへと歩き去っていく。


 モントのとんでもない話には色々と言いたいことはあったが……今日はおめでたい席だ、ここであれこれ言うのも無粋だろうと何も言わず、目の前で行われている余興……アイセター氏族一同による、横一列に並んでの軽快なダンスへと意識を向ける。


 そうやって余興を楽しんでいると今度は、ゴブリンのイービリスがやってきて、ほろ酔いなのだろうか、なんとも陽気に楽しげな様子で声をかけてくる。


「相変わらずイルク村の宴は良い宴だ! 陽気で楽しく豪勢で最高の宴だ! 子供達も仲間達も皆楽しんでいる、皆笑顔だ!

 その上、良い話までもらえてどこまでも良い気分となってしまうな!

 うむ、先程だ! つい先程モントという御仁から魚をもっともっと山のように送って欲しいと言われてな! 今日の宴でもたくさんふるまわれていたが、我らが用意した魚をそこまで喜んでもらえるとは光栄だ、ただただ光栄だ!!」


 と、そう言ってイービリスはモントが作り出した席に座り……どれくらいの量の魚を持ってこようとか、一族総出で漁をするのも良さそうだとかそんなことを、どこまでも楽しげに語り続けるのだった。




――――


お読みいただきありがとうございました。


次回はゴブリン達とのあれこれや、獣人国のあれこれ……までやれたら良いなぁ。

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