第402話 2年目の森と
丁寧にメーア達のブラッシングをしていると、ダレル夫人の授業が再開となり……学び舎から元気な声が聞こえてくる。
それに呼応しているのか負けじとメーア達も声を上げ……メァメァと大合唱が響き、護衛のマスティ氏族達がそれに合わせて楽しげに体を左右に揺らす。
慣れていると言うかなんと言うか……食事の度にこんな光景になっていたのかな? なんてことを考えながらブラシを動かしていると、ベン伯父さんがやってきて、私と同じようにブラシを受け取り、ブラッシングをし始める。
そうやって2人でのブラッシングの時間が始まり……メーアの合唱が終わった所で、無言で続けるのもなんだかなぁと声をかける。
「そう言えば学び舎についてなのだが―――」
そう言って先程ダレル夫人とした話をすると伯父さんは「なるほど」とそう言ってこくりと頷き……少しの間を置いてから口を開く。
「流れが変わったってことなんだろうな。
今までは必要とされる施設をどんどん作っていった訳だが、必要なもんは大体揃って次の段階……改良の段階に入ったんだろう。
新しい施設を作るのではなく、改良して増築してより良い施設にしていく。
鉄が手に入り、木材も手に入るかもしれないとなったら、村中の施設を改良していくことになるんだろうな」
「……別に今のままでも困ることはないのでは?」
と、私がそう返すと伯父さんは笑いを含んだ呆れ顔となって言葉を返してくる。
「お前はそうかもしれんが村の皆はそうではないかもしれん。
竈場がもっと便利になると知ったらアルナーさんは喜ぶだろう、洗濯場だってそうだ。
厩舎だってガチョウ小屋だって数が増えてきたんだから立派なものにしてやった方が良いし……酒場も学び舎も畑も関所も、どんどん改良していくべきだろう。
迎賓館だっていつまでもユルトのままと言う訳にもいかんからなぁ……やることは山のようにあるぞ。
お前も領主として考えを切り替えて、これからはどうしたら村がより良いものになるのか、生活が楽になるのかを考えるようにすべきだ。
……ま、それも明日明後日にすぐって話ではなくて先々……来年の春や夏の話になってくるんだろうがな。
その頃には鉱山から鉄が届き、海から木材やらが届いているだろうさ。
それまでに村や関所の様子をよく確認して、話を聞いて、どう改良すべきかをまとめておくと良い」
伯父さんにそう言われて私は「なるほどなぁ」と返して考え込む。
考えて考えて、そうしながらブラシを動かして……イルク村をどう改良していくか、どういう未来が待っているかで頭を悩ませるのだった。
それから村に戻り、森から帰ってきたアルナー達に何があったのかを報告し……翌日。
今度こそということで私も森に行くことになり……一旦関所に向かってベイヤース達を預けてから、セナイ達の手によってすっかりと様子が変わった、伯父さん風に言うのなら改良された森の中を歩いていく。
以前見た時よりも更に木が伐採され、陽の光と風がよく通るようになり、色々な草が生えていて、それぞれの木々が大きく枝を伸ばしていて……どの木も木の実をたくさんつけている。
中には木の実が多すぎて枝が曲がり、折れそうになっている木もある程で……手入れをするとこんなにも様子が変わるのかと驚かされる。
そしてそんな木の実や草を食べているからか、動物の姿もかなり多く……去年とは全くの別物というくらいの速度で採集と狩りが進んでいく。
背負籠を満杯にして、動物を狩って……すると関所から犬人族達がやってきて、それらを受け取って運んでくれて、更に採集と狩りに励むことが出来る。
「これがセナイ達が言っていた手入れをした森の姿か……」
ひょいひょいと木の実を拾い、背負籠に放り投げながらそんなことを言うと、セナイとアイハンが自慢げに胸を反らし「ふふん」と鼻息を吐き出す。
「もっと奥に行くと凄いよ!」
「きのこもたくさんあるよ!」
そうしながらそんなこと言ってきて……私が「楽しみだ」と返すと、二人は満面の笑みを浮かべて、そして手近な木に飛びつく。
昨日もそうやっていたのか、飛びついた木を凄まじい勢いで登っていき枝へとしがみつき……高い位置に成った木の実を次から次へと落としてくる。
それを私とアルナーと、慣れた様子でぴょんぴょん跳ねて次々木の実を集めているエイマとで籠の中に入れていき……そうしながら森の奥へと少しずつ進んでいく。
すると去年作った柵に……クラウス達が手入れをしてくれたのだろう、随分と立派になった柵に囲われた一帯が見えてきて、セナイ達がソワソワとし始める。
件のキノコが生えている一帯、去年から色々と手入れをしてきた場所。
果たしてどれくらいのキノコが生えているのやら……と、その柵を乗り越えて奥へと進むと、木々の間隔が広くなり、陽の光がより強くなり、一気に明るくなる。
「土が十分育ったから、この方がよく育つ!」
「これからは、じめんがあったかくないと、だめ!」
と、セナイ達がそう説明してくれて……よく見てみると太い木もなくなり、細い木ばかりになっている。
そしてほとんどの木の葉が落ちていて……これもキノコが育つための条件なのだろうか?
なんてことを考えていると、エイマや護衛としてついてきた犬人族達が鼻をすんすんと鳴らし始め……開けた森の各地に駆けていって、拾った木の枝をそこらの地面に刺していく。
するとセナイ達がその枝の真下を掘り始め……そしてあの不思議な形のキノコが姿を見せる。
黒く丸っこく、独特な香りがするもので……セナイ達はそれを籠ではなく、腰に下げた袋にしまっていく。
これだけは特別ということなのだろうか……? まぁ、皆この香りが大好きで喜んでくれるようだし、特別扱いも当然か。
「私達も手伝うか」
と、そんなことを言ったならアルナーと二人で、セナイ達の真似をしながら地面を掘り返していき……去年とは段違い、驚く程の数となるキノコを拾い集めていく。
そうやってそれなりの大きさの革袋、四袋を満杯にしたなら関所へと向かい……一袋をクラウスに食べてくれと渡し、ベイヤースに跨り村に戻る。
今日で二日目の冬備えとなる訳だけども、木の実やらが豊富なおかげか、まだまだ全てを見切れておらず……あと数日は森に通うことになりそうだ。
そういう訳で冬備えのための森通いはそれから5日、続けられることになり……その翌日、早朝。
「ディアス! もうゴブリン達が戻ってきたみたいだぞ! 荒野の川を船が遡ってくるのが見えた!」
とのサーヒィからの報告を受けて私達は、驚くやら困惑するやら、何かあったのだろうかと心配になってしまって……手早く身支度を整えたならベイヤースに跨り、荒野へと向かうのだった。
――――
お読みいただきありがとうございました。
次回はこの続き、ゴブリン達再び、になります。
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