第403話 再来訪のゴブリン


 正直ゴブリン達がやってくるのは来春……早くても冬のうちだろうと思っていたので、突然の到着報告には心底驚かされた。


 驚きのあまり嘘かと思った程だが……サーヒィが見間違える訳も嘘をつく訳もなく、とにもかくにも出迎えが必要だとベイヤースに活を入れて荒野に向かう。


 荒野に伸びる街道を進み、荒野を貫く仮設街道を進み……草原から続く小川を眺めながら南に向かう。


 街道沿いには作りかけの休憩所がいくつかあり、そこを過ぎると岩塩鉱床へと続く分かれ道が見えてきて……更に南に進むとあの水源が見えてきて、柵で囲われた湖のようなそこから更に南へと川が流れていく。


 そんな水源の側には休憩用の簡単な作りの小屋が建てられていて……今後様々なことに使いそうなそこは、今のところはここまでよく来ているサーヒィ達の休憩所となっている。


 この水源が出来て以来、洞人族達が少しずつこういった施設を増やしてくれていて……以前の何も無い荒野とはまた違った風景になりつつある。


 水源が出来たおかげか鳥や虫の姿を見るようになり……洞人族が言うにはネズミなんかもチラホラと見かけるようになってきているそうだ。


 セナイ達による種まきもちょこちょこと行われていて、来年の春には様々な草木が生え始めるとかで……特に石拾い広場と呼ばれる一帯には、積極的な種まきが行われている。


 その一帯には葉肥石など、前々から犬人族達やセナイ達が拾ってきていた石が転がっており……畑に力を与える石がある場所に種を植えたならそこまでの世話をしなくても元気に育ってくれるはずだ……ということらしい。


 今度暇な時に、その一帯にも足を運んでみるかとそんなことを考えながら一旦ベイヤースから降り、ベイヤースに持ってきた飼い葉を与え、小屋近くの水飲み場で水源の水をたっぷり飲ませ……それからしばらくの休憩をする。


 ここまでかなりの速度で走ってきた、早くゴブリン達に会いたい気持ちもあるが、だからといってベイヤースを潰す訳にもいかず、汗をヘラで拭い、ブラッシングもしてやって……と、そんなことをしていると、先にゴブリン達の下へと向かってくれていたサーヒィが南の方からやってくる。


「おーい! もう少しでゴブリン達がやってくるぞ!

 船着き場の予定地に誘導するが、構わないよな?」


 やってきて小屋の屋根に降り立つなりサーヒィはそんな声を上げてきて、私は頷きながら言葉を返す。


「ああ、まだ杭とロープしかない船着き場だが、船を係留するくらいは出来るはずだ」


 するとサーヒィはすぐに飛び立ち、今の私の言葉を伝えるために南へと飛び立っていく。


「どうやらこれ以上走る必要はないようだ、ベイヤースはここで休んでくれ」


 と、そう声をかけてベイヤースの顔を一撫でしたなら、船着き場の予定地へと……湖から伸びる川の根本辺りへと向かう。


 予定地とは言っても今のところは杭とロープしかない。


 一応川べりや川底を掘ったり削ったりして水深を確保して船を寄せやすくしているが、それ以外は特に何もしておらず、桟橋もない。


 ……と、思ったら杭のすぐ側に細長い木の板が一枚置かれていて……うん、桟橋代わりに用意してくれたものらしい。


 桟橋代わりではあるものの私が乗ったら割れてしまいそうな細さで……まぁ、小柄なゴブリン達ならちょうど良いのかもしれない。


 水の中を自由自在に動けるゴブリン達に桟橋なんて必要なさそうだけども……積み荷の積み下ろしの際には必要になるかもしれないしなぁ。


 なんてことを考えていると川の向こうにゴブリン達の船が見えてくる。


 船の上には荷物だけが置かれていて、船の周囲に数えきれない程のゴブリン達の姿があり……一体何人くらいいるのだろうか?


 正面で曳いているのが……4・5人、左右で船を支えているのが数人、おそらく後ろから押している者がいるはずで、もしかしたら船底で船に張り付いている者とかもいるかもしれず……大体20人くらいだろうか?


 そんな船の屋根の上にはサーヒィがいて、私がいる方に向かってくれとの指示を出している。


 そして……船の少し先に首飾りをしたゴブリンが顔を出し、私を見るなり目を細めて声を上げてくる。


「公! メーアバダル公! 懐かしき顔よ! 約束の荷を持って参った!

 イルク村の皆に変わりはないか! 草原の風は今日も爽やかに吹いているか! 

 我らの海は変わらず豊かであった! その恵みをわずかであるが持ってきた! 受け取ってくれ!」


「ああ! イービリス、よくきてくれた!」


 イービリス達が海へと向かったのは、そこまで前のことではなく懐かしいという言葉は少し大げさだったが、無事に海に帰れたこと、海からこちらまで難なく来られたらしいことを喜び、言葉を返す。


 するとイービリスは喜んでいるのかその尾ビレで水面を強く叩き……それから尾ビレを激しく振ってこちらへと向かってくる速度を上げ始める。


 そうして船が船着き場予定地に到着し……船と杭をしっかりと縛って繋ぎ、初めてのことなのでこれで合っているかはよく分からないが、とにかく係留っぽい形を仕上げる。


 そうこうしているうちに私を追いかけてきたらしい犬人族達がやってきて、イービリス達も川から陸へと上がってきて、つい先程まで誰もいなかった周囲が一気に賑やかになっていく。


 そして皆で協力しての荷下ろしが行われ……まずはエリーがゴブリン達に預けていた樽が運ばれてくる。


 その樽にはかなりの量の塩が入っていたはずだが、樽を満杯にしていたわけではなく、軽々と運べる程度の重さとなっていた……が、それが今ではずしりと重く、どうやらイービリス達はこちらの要望に見事応えてくれたようだ。


 次々と陸に上がってきたゴブリン達も荷下ろしを手伝ってくれて……それが一段落した所でイービリスが私の前に堂々と立ち、その大きな口を開く。


「依頼の通り、長持ちする美味い魚を捕らえ、頭を落とし内蔵を綺麗に掻き出した上で、塩漬け樽に詰めておいた!

 預かった樽は全て満杯で……他にも海近くの陸地や、離れ島にある木の実なんかも袋につめてきた!

 それと木材についてだが、太く長い木が並ぶ良い島を見つけたのでな、遠からず届くことになる……が! 慣れぬ伐採に苦労しているのでな! 冬以降のことだと思って欲しい!

 それと干し食材なんてものを作ろうとしているが、いかんせん良い場所がなくてなぁ……やはり大入江辺りに我らの村を作るのが最適だと思うのだが、どうだろうか!」


 それを受けて私は大きく頷く。


 安全かつ安心出来る場所で……陸地で子育てをしたいと、ゴブリン達が望んでいることは以前に聞いていた。


 荒野の南端にあるという大入江、その周囲に村を作りゴブリン達の領土とすることについては代表者の皆との話し合いも済んでいて……遠すぎて管理出来ないだろう私達からすると、友好的なゴブリン達に管理してもらった方が良いだろうとの結論が出ていた。


 領土とするのを許可し、村作りや港作りを手伝い、その代わり港の使用権みたいなものを貰う……と、そんな感じのこちらが希望する条件についてはこれからゴブリン達との話し合いの結果次第だが、なんとかなる……はずだ。


「ああ、その辺りにゴブリン達の村があるとこちらとしてもありがたい。

 細かい条件については話し合いたいが……大入江に港を作ったなら私達にもそれを使わせて欲しい」


 そう私が言葉を返すとイービリスは、満面の笑みでもって大きく頷き、


「ああ、もちろんだとも!」


 と、返してくる。


 ……なんだか、その一言で話し合いが終わってしまった気もするが、ともあれ落ち着いて話をしようと決めた私達は、水源近くの小屋へと足を向けるのだった。




――――



お読みいただきありがとうございました。


次回はこの続き、ゴブリンとの交易やら何やらです。

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