第401話 学び舎



 それから朝の関所を見て回り……そのついでに皆に挨拶をし、それが終わったならたっぷりと世話をされてご満悦のベイヤースに跨り、関所を後にする。


 街道に出ると体力が有り余っているからかベイヤースが駆け出し……結構な速さでイルク村へと向かっていく。


 そうしてあっという間に神殿が見えてきて……神殿前の側にある屋根付きの施設、学び舎にダレル夫人を始めとする、何人かの姿がある。


「……婦人会、かな?」


 ベイヤースに速度を緩めるよう指示を出しながら、そんなことを呟く。


 ダレル夫人の側にいたのは犬人族で……その全員がメーア布で仕立てたと思われるドレスを着ていて、女性なのだろうと分かる。


そして婦人会の面々はダレル夫人に習いながらのスカートをつまんでの丁寧な礼をしていて……どうやら礼儀作法の授業が行われているらしい。


 そんな学び舎の中には去年生まれたばかりの、そこそこに成長してきた子供達の姿もあり……どうやら子守をしながらの授業となっているようだ。


 そんな学び舎の側へと進み、ベイヤースから降りていると、授業を受けていた皆が先程のような礼をしてくれて……それから休憩の指示を出したダレル夫人がこちらへとやってきて声をかけてくる。


「お疲れ様です、ディアス様……鉱山や関所に問題はありませんでしたか?」


「ああ、特に問題はなかったよ……ところで先程やっていたのは、礼儀作法の授業なのか? 以前子供達に教えている所を見かけたが、大人にも教えることにしたんだな」


 私がそう返すとダレル夫人は、微笑みながら言葉を返してくる。


「はい、その通りです。

 アルナー様、セナイ様、アイハン様が不在でやることもなく……冬備えを手伝おうかとも考えたのですが、手が足りている様子。

 そこにちょうど彼女らが教えて欲しいと声をかけてきましたので、授業をさせていただきました」


「ふーむ……なるほど。

 まぁ、礼儀作法なら学んで無駄になるということもないだろうし、子供達も学んでいる訳だし、良いのかもしれないな。

 それに中々様になっていたようで、流石ダレル夫人だと驚かされたよ」


 と、私がそう言うと……ダレル夫人は少しだけ悩む様子を見せてから口を開く。


「実のところを言いますと、そちらに関しましてはわたくしも驚かされたのです。

 ……教える前に彼女達は子供達と違って物覚えが悪いから根気良く教えてくださいと、そう言っていたのですが、そんなことは全くなく……生来の素直さもあってか驚く程に上達してくれました。

 隣領では色々と不遇だったそうですが……それが不思議なくらいでして……。

 ……何か一つのことに特化する才能があるのか、それとも能力を発揮するのに特別な条件でもあるのかと悩んでおりました」


「そこら辺に関しては私達も前々から感じていたが……やっぱり何かあるのかもしれないなぁ。

 エイマの授業を受けている子供達も、エイマから見て驚く程の賢さになっているようだし……何なんだろうなぁ。

 これを学ぶと心に決めて、実直に学んだのならその道を極められる……とかだろうか?」


「考察はいくらでも出来ますが……答えを出すのは難しそうですね。

 ……今お名前が出ましたエイマさんも似た状況にあるのかもしれません。

 彼女の一族は砂漠で狩りをしながら暮らす一族だそうで、本来であれば狩りの腕や跳躍力に長けているそうなのですが……エイマさんはそれらを不得手としているそうです。

 その代わり……という訳ではないですが、王都の学者達を凌ぐのではないかという記憶力と賢さを有していて……状況はよく似ていますね。

 もしかしたら小柄な獣人が有する特殊能力なのかもしれません……小柄ゆえにそうやって生存能力を高めている……とか」


「なるほどなぁ……。

 もしそうなら、上手くやれば色々な所で活躍出来るようになるのかもしれないな」


「はい、同感です。

 今すぐに……という話ではないですが、そのうち余裕が出来ましたら、エイマさんがやっている授業をもっと本格的なものにし、この学び舎ももっと立派な施設にしても良いのかもしれません。

 学者を招き、様々なことを教えてもらい……その対価として給金を払い、様々な研究の支援する施設にしてみてはどうかと。

 ただその知識を披露してくれと言っても学者達は動いてくれませんが、研究を出来るとなれば動いてくれる方もいるはず……。

 そこで希望する方に様々なことを学んでもらい、才能を育てていく……という訳ですね」


「……関所で孤児院の話をして、今度は勉強と研究のための施設の話かぁ。

 孤児院の子達もそこで勉強をしてもらえば、自立した後に困ることもなさそうだなぁ」


 私がそんなことを言うとダレル夫人は目を丸くしてから微笑み、


「それは良いことですね」


 と、そう言って……張り切った様子で授業を再開させる。


 すると婦人会の面々は休憩したのが良かったのか張り切って授業に挑み始め……その様子を見やりながら、村に戻るかとベイヤースの下に向かうが……すぐ側で待っているはずのベイヤースがいない。


 どこに行ったのかと周囲を見回すと……神殿側の白い草の群生地で草を食んでいるメーア達の側で立っている姿が視界に入り込む。


 一緒になって食事をする訳ではなく、耳を立てて周囲を見回し……まるで見張りをしているかのようだ。


 周囲にはマスティ氏族の兵士達がいて、見張りと護衛の仕事をしっかりとやっているのだが、それでもベイヤースはお構いなしといった様子だ。


 よく見てみると食事をしているメーア達は、エゼルバルドの妻達を中心とした妊娠している面々で……ベイヤースなりに、彼女達を守ろうとしているのかもしれない。


 妊娠中のメーア達は去年のフランソワと違って外に出かけられないという程ではなく、普通に外出をしたり、こんな風に食事をしたりしていて……やっぱり六つ子は特別のことだったんだなぁと痛感する。


 それでも歩くのは大変そうだし、普段よりは辛そうにしているしで、十分気を使ってやる必要はあるのだけど……と、そんなことを考えていると、マスティ氏族の若者がブラシを手にこちらへとやってきて、満面の笑みでブラシを差し出してくる。


 メーア達をブラッシングして欲しいということなのだろう、それを受けて私は頷きブラシを手に取り……食事を終えたメーア達を丁寧に優しくブラッシングしていくのだった。




――――



お読みいただきありがとうございました。


次回はこの続き、施設に関するあれこれです。

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