第399話 遠方の関係者達 その2

――――登場人物紹介


・サンセリフェ王国国王

 内政を得意とする国王、外交軍事を苦手とし、先の戦争では苦戦を強いられた。

 ディアスのことを友人かつ忠臣と考えていて、ディアスからの報告を楽しみにしている


・ヤテン・ライセイ

 獣人国参議、獣人のテン人族、ディアスのことを見下していると同時に適当に利用出来たら良いと考えている


――――



――――サンセリフェ王国 王城の自室で 国王



 リチャード王子の改革が上手くいき、そのことに沸く王城の中で、国王は実質的にその立場を失いつつあった。


 これまで内政においてその手腕を発揮してきた国王であったが、あくまで保守的で前例的な手法であり、リチャードのような革新的なことは一つも出来ておらず、だからこそ今日の日まで国を守れていたとも言えるのだが……どうしてもリチャードとの差が目立ってしまう。


 リチャードの改革は平時だからこそ出来たものだとか、戦時中にそんな賭けのようなことは出来なかったとか、そんなことを内政以外において失策続きだった国王が言ったとして相手にしてくれる者は少なく……最近ではさっさと立太子して隠居したらどうだと、そんな言葉があちらこちらから憚ること無く聞こえてくる始末だった。


(派閥なんてものが出来上がって、それぞれがそれなりの力を有している中、功績一つで立太子など出来るものか。

 リチャードとその派閥の者はそれで良いかもしれないが、他の者達は納得せず、国が揺れることは必定……最悪国が割れることだってあるかもしれん。

 そもそもいくつもの派閥が出来上がったきっかけは、戦場でのリチャードの失策があったからで……それが無ければこんなことにはなっておらんわ)


 ベッド側の椅子に深く腰掛け、豪華な装丁の本を撫でながらそんなことを考えた国王は……果たしてリチャードは自分のことをどうするだろうかと、そんなことまで考え始める。


 父と子という関係はとうの昔に破綻している、王であればそれも仕方ない所だが……そうなるとリチャードはいざその時には一切の容赦をしないだろう。


 容赦をせず命を奪われるか……どこかに幽閉されるか……。


 どちらにしても国王には受け入れがたいもので……苦渋を舐めたような顔となった国王は、ベッドの枕の下にしまっておいた布を取り出し、それを一撫でする。


 西の辺境の名産品として届いたメーア布、その柔らかさと手触りの良さは、荒んだ国王の心をこれ以上なく癒やしてくれる。


 この毛は一体どんな生き物のものなのか、一体どんな食事をしているのか、どんな世界で生きているのか……。


 やれ岩塩鉱床が出来た、やれ関所が出来たと、驚くような報告ばかりが届くかの地は今どんな光景を作り出しているのか……。


 国王がそんなことに思いを馳せる度に、国王の心はある決断へと向かって歩を進めていく。


 王座を捨てて隠居し、かの地にて静かな余生を暮らす。


 それは決して許されることではないのかもしれないが、それでもどうしても諦めきれない程に魅力的で……理性でもって決断すべきではないと分かっていても、心がどんどんとそちらに傾いていってしまう。


 路銀は用意した、そのための船も手配した。


 ……僅かに残った忠臣達はそれらの支度を、国王の意図に気付いていながら何も言うことなく進めてくれていて……後は決断さえしたなら、いつでもかの地に向かうことが出来る。


 ……これからの季節は冬、航海に向く季節ではないが、南海の辺りは冬でも暖かいと聞くし、冬の方がよく風が吹いてくれるとも聞くし……悪くないのかもしれない。


 まさか冬に航海に出たなど考えて追手の追跡が緩むかもしれないし……。


 ……と、そんな妄想をしていると更に心が決断へと向かって進んでいく。


 このままいけばそう遠くないうちに決断をしてしまうだろうと、そう分かっていながらも国王は考えることを止めることが出来ず……それから国王はしばらくの間、心の中に作り出した空想の草原世界へと思いを馳せるのだった。



――――獣人国 西方低地のある屋敷で ヤテン・ライセイ


 

 獣人国参議、ヤテン・ライセイの屋敷は、一言で言ってしまえば趣味の悪い屋敷だった。


 金箔銀箔張り巡らせ、宝石散りばめた門柱を立て、石畳一枚すらも高級な石を使い。


 作りとしては獣人国では一般的な木造り平屋の屋敷であるのだが、とにかく趣味が悪く派手で、通りすがった人の目を嫌でも引くものとなっていた。


 そんな屋敷の最奥の自室にてこれまた派手で立派な座椅子に胡座で腰掛けたヤテンは……公には出来ない配下からの報告を受けていて、あまり良くはない報告に苦虫を噛み潰したような顔となっていた。


 その配下には何年も前から、あの草原に関わる事柄を任せていた。


 どのくらいの広さなのか調査させ、どれくらいの鬼人族が住んでいるのかを調査させ……鬼人族の何人かに色仕掛けなどの手法で繋がりを作らせ、いざという時に利用出来るようにさせ……と、様々な手を打っていたのだが、配下によるとそのほとんどが潰されてしまったという。


 様々な調査を手伝わせていたペイジン商会の動きが急激に鈍り、いくつかの繋がりも鬼人族の動きの変化によっていつのまにか絶たれ、再構築しようにも不相応に立派な関所が邪魔をし迂闊に近付けない。


 ヤテンのあの草原に関する方針は当分の間静観する、というものだったのだが……こちらが静観する間に草原側の方からどんどんと接触がなされ、挙句の果てがアースドラゴンの騒動……。


 これ以上何かがあったら、おかしな流れが出来かねない、変な影響がこちらにまで到達しかねない。


 静観すべきではなかったのか? もっと積極的に手を打つべきだったのか?


 しかし草原に味方するキコの手前それも簡単なことではなく、何が正解だったのか考えても考えても答えが見つからない。


 ペイジン商会がこちらに転べば様々なことが解決しそうだが、最近特に変化しつつある態度を見るにそれは難しく……大きい商会が相手だけに下手な手も打てない。


 打てる手が全くない訳でもないが、どれもこれも強引な手であり、相応のリスクがあり……国内問題で多忙な今、そんなことはしていられない。


 手出しは出来ないが、今手出ししておかなければ後々厄介なことになる、そう感じていたヤテンは悩みに悩み……答えの出せぬまま苦悩することになる。

 

 ……そうして数日後にヤテンは、こんな方針を定めることになる。


ペイジン商会と一部の民があちらに付くだけならば何の問題は無い、そこまでを許容しそれ以上の影響を遮断すれば良い。


 ……あちらに付いてしまったペイジン商会に関してはじわじわと締め上げてこちらに付くよう促せば良い。


 大きく動かず、じっくり着実に……。


 そんな方針を決めて動き出したヤテンが、ディアスやペイジン商会が未知なる神と邂逅したとの情報を得たのは、方針を定めてから数十日が過ぎてからのことで……この決断を後のヤテンは大いに後悔することになるのだった。



――――???? ??



「……あんまりあの連中と仲良くなられても困るんだがなぁ」


 暗闇の中何かを見つめる男が、そんな言葉を吐き出す。

 

 すると返ってくるとは思っていなかった返事があり……男は目を丸くしながら言葉を続ける。


「は? そのための存在? そのためってお前……んな話聞いてねぇぞ、どういうことだ?」


 またも返事があり……男は苛立ちを隠せなくなる。


「はぁ!? 器を見極めてる!? てめぇらは今更何を言い出してやがるんだ!?

 ならなんだって―――」


 そうして男は声を荒らげ、暴れ始めるが会話の相手は淡々と言葉を返し続け、それがまた男のことを苛立たせる。


 その苛立ちはしばらくの間収まることなく……男は暗闇の中で暴れ続けるのだった。




――――あとがき


お読みいただきありがとうございました。


次回はディアス視点に戻り、関所やらのあれこれの予定です。


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