第398話 遠方の関係者達 その1

――――まえがき


・登場キャラクター紹介


・ニャーヂェン族の若者

 元は独立部族だったが、帝国に支配され臣従した獣人の一族、褐色肌茜色の髪の色男で、猫に似た耳と尻尾を持つ。

 帝国に忠誠を誓っているとは言い難い(379話に登場)


・ナリウス

 ギルド所属の平民で、第一王子リチャードの協力者、何度かメーアバダル草原近くまで来たこともあり、食道楽。

 リチャードにそれなりの忠誠心を懐いている


・シルド

 リチャードの側近の老齢の騎士、戦地でディアスと面識がある?


――――



――――帝国南部の港町で 若い重騎士



 帝国南部、夏の暑さが残っているのかと思うような気候の港町で、黒く分厚い全身鎧を身にまとった重騎士が海を眺めている。


 帝国の未来を憂い海軍増強すべきと進言し……見事宮廷の許可を勝ち取り、この地に一族ごと異動となったその若者は、石造りの埠頭に立っていて……そんな若者が眺める海には多くのゴブリン族の姿がある。


 体を休めているのかただ海を漂っている者、重いはずの荷物を軽々運んでいるもの、海産物を次々と捕まえてみせては水上の籠に放り投げている者、様々な姿があり……若者はそんなゴブリン達の様子に感心しているような表情を見せる。


「……海軍増強となると、彼らの協力が必要不可欠という訳か。

 確かに海の中をあれだけ自由に動ける者達の力添えがあれば、凄まじい海軍が出来上がることだろうな」


 若者がそう声を上げると、後ろに控えていた中年従者が言葉を返す。


「はい、その通りです。

 サンセリフェ王国では彼らと距離を取っているそうでして、結果王国の海軍は未熟なままという訳ですな。

 それと協力という点が重要でして……彼らを支配する、管理するなどという考え方はお捨てください。

 陸と海、住まう世界が違う彼らをどうこうするなど、神々にしか出来ないのですから」


「ああ、分かっているとも。

 王国がどうかは知らぬが、海産物は帝国の食卓のかなりの部分を支えている、ゴブリン族を怒らせてしまい、それらが手に入らないとなったらどれだけの被害が出てしまうことか……。

 聞けばゴブリン族はただ海産物を交易品として売るだけでなく、海産物が減っての不漁を避けるため、海の中の均衡を保つために様々な手を打っていると聞く……そんな彼らに無礼を働くなど、あってはならないことだからな」


「はい、はい……我らニャーヂェン族にとっても海産物は欠かせない食物、彼らとは良い関係を築くことが肝要でございましょう。

 良い関係を築き、ニャーヂェンの特性を活かせる新たな海軍を作り活躍し……その結果をもって皇帝陛下に若の戦略……展望を上奏したならば、帝国と我らニャーヂェン族の未来は明るいものとなるでしょう」


「何もかも上手く行けばそうなるかもしれないが……油断は出来ないぞ。

 以前言っていたお前の嫌な勘も気になるし……相手はあのディアスだからなぁ……。

 油断せずじっくりと前に進めて……いざとなればお前が言っていた通りの別の手に頼るとしよう」


 若者の言う別の手とは、一族総出で帝国を出奔しディアスに下るというものだった。


 そのために若者と中年はそれらしい理屈を重ね、根回しをし……一族ごとの異動という、普通なら考えられないことをやってのけていた。


 海軍に必要ないであろう老人や赤子までをそうやって連れてくるのは楽な道ではなかったが……いざという時に人質にされるよりはマシと、弁舌を尽くし策謀を巡らせ、多少の賄賂まで使ってそれを成していた。


「まぁ、ゴブリン族の協力があればいざという時なんてものは来るはずもないのだろうがな!

 海軍を増強して戦功を稼ぎ、海運を盛んにさせて財を積み上げ……ついでに美味い魚を食べ放題! 一族を連れてきたのは大正解だったという訳だ!

 ほら、あちらを見てみろ! 今日も子供達が元気に魚を食べているぞ!」


 と、そう言葉を続けた若者が埠頭近くにある倉庫の側へと視線をやると、そこには5・6歳といった年齢の子供達の姿があり……猫のような耳をピクピクと動かし、猫のような尻尾をくねらせながら、ゴブリン族達が獲ってきたばかりの魚を美味しそうに食べている。


 海から離れた北西部の砦では海魚などまず手に入らず、手に入ったとしても不味い塩漬け魚ばかりだったのだが、ここでは新鮮な魚を好きなだけ……飽きる程に食べることが出来る。


 一族の皆がそうやって美味しい魚を食べて笑顔になっている様は、一族の長たる若者にとっては何よりも嬉しいことで……その様子を見ていると、今回の決断は間違っていなかったのだという強い確信を得ることが出来る。


 彼らの協力があれば海軍の増強も難しいことではないだろう、王国に泡を吹かせることも出来るだろう。


 それを成せば出世も間違いなく……若者は何もかも順調だと力強く頷き、従者はそれを微笑ましげに見守る。


 それから彼らはしばらくの間、笑みの絶えない日々を送ることになるのだが……その笑みは10日程が過ぎたある日に失われることになる。


早朝、騒がしい声が耳に入り、目を覚ました若者が声のする方向……埠頭へと向かうと、何故だかゴブリン族が慌ただしく港から去ろうとしている。


 それを見た若者が何事かと尋ねると、ゴブリン族の一人がこんな言葉を返してくる。


「ゴブリン族の英雄が水のない荒れ地を踏破する大偉業を成した!

 そしてその大冒険の果てに神々と邂逅し、偉大なる勇者と友誼を結んだ! そのことを祝う大宴が数日後に西方海域で開催される!

 これに参加するのはゴブリン族の義務であり……参加を逃せば生涯後悔することになるだろう!

 ニャーヂェン族の長よ! 悪いが数日は仕事を休ませてもらうぞ!」


「ま、待て、今西方海域と言ったか!?

 西方とはどの辺りだ!? 帝国領土か、それとも王国か!? 偉大なる勇者とは一体何者なのだ!?」


 ゴブリン族の言葉に聞き逃がせない部分があり、若者がそう返すと、尾ビレをくねらせ波間を泳ぎ始めたゴブリン族が若者の方を振り返ることなく、口だけ大きく開いて答えを返す。


「俺も詳しくは知らん! だが距離からして帝国の話ではないだろう!

 勇者の名は……メーアどうとかいうらしい!

 詳しい話は大宴が終えて帰還したなら聞かせてやるから、それまでは我慢せい!」


 そう言ってゴブリン族達は港から去っていき……それを見送ることになった若者は、


「またディアスか……」


 と、そう言って膝から崩れ落ちるのだった。



――――サンセリフェ王国 王城のとある部屋で ナリウス



 リチャードの依頼で王国中を駆け回ることになり、疲労困憊になりながらも仕事をどうにか終わらせ久しぶりに王城へと帰ってきたナリウスは、王城の東棟に並ぶ空き部屋の一室をあてがわれ、リチャードが用意してくれたのか、そこに置かれた質の良いベッドに横たわり体を休めていた。


 平民であるナリウスには縁遠いそのベッドは、横たわるとすぐに眠気を誘ってくれて……ウトウトとし始めるが、すぐに騒がしい声が聞こえてきて眠気が覚めてしまう。


 今王城には各地からの納税品が届いており、それらの確認や勘定で慌ただしく内政官達が駆け回っており……リチャードの改革が上手くいったおかげか、いつになく大量の品が届いたこともあり、例年以上の騒がしさとなっていた。


(戦争が終わって、改革が始まって……ようやく景気が良くなってきたってことなんスかねぇ)


 そんな事を考えて寝返りを打ったナリウスは……部屋の外の騒がしさを受け入れることにし、目を閉じる。


 外から聞こえて来る声は忙しさを嘆く声や、早く仕事を終わらせろと部下を叱責するような声ばかりだったのだが、その声色に明らかな喜色が込められていて……内政官達はこの忙しさを喜んでいるようだ。


 納税額が増えたからといって彼らの懐が温かくなる訳ではないのだが、これだけの納税が行われたなら予算不足に胃を痛める心配はなく……むしろこれだけの予算があるならば、今まで手が回らなかった所にも手が回すことができ、国内を豊かにすることが出来るだろう。


 それこそが内政官の本懐……戦時中ずっと出来なかったことが出来ると彼らは喜んでいるようで、城内は慌ただしくも明るい空気に包まれていた。


 そんな空気の中で眠るというのは悪くないものであり……ナリウスがウトウトとし始めていると、


「ナリウス! 仕事だ!」


 と、リチャードの側に常に控えている老齢の騎士シルドの声が響いてくる。


 それを受けてナリウスはやれやれと首を振って眠気を払ってから起き上がり、部屋を出たなら声がした方へと……未だに眠気が残るフラフラとした足取りで向かうのだった。



――――あとがき



お読みいただきありがとうございました。


次回も似た話が続く予定です

ディアスの出番は少し先になりますが、もう少しだけお付き合いください



そしてお知らせです!

コミカライズ10巻の発売日が12月13日に決定しました!


既に各通販サイトなどで予約が開始していますので、チェックしていただければ幸いです!



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