第397話 地金と




「その地金は本当に良い出来でしてなぁ! これならば良い道具や装備が作れることでしょう!

 道具が良くなれば仕事の効率はどんどん良くなっていきますからな! 縫い針からクワ、全身鎧に至るまで洞人族にお任せくだされ!

 まぁ、当分は地金を長……ナルバント様のとこに送るのが主な仕事になりそうですがな!」


 そう言ってバーナイトが「むっはっは!」と笑う中、私は渡された地金をじっと見やる。


 それから叩いてみて……なんとも言えない違和感があって首を傾げる。


 見た目としては綺麗な鉄だが、妙に音が柔らかいというか……直感で普通の鉄とは何かが違うのでは? と、そんなことを思ってしまう。


「流石旦那! お気付きになりましたか!

 その鉄には少々の炭と砕いた魔石を混ぜてありましてな、そうすると錆びにくくなるのですよ!

 それだけでなく硬くもなり……同時に折れやすくもなるのですが、これが加工する時にはありがたく、重宝するという訳ですなぁ。

 大昔は魔石を混ぜたからと魔鋼なんて呼び方もしていたようですが……あまり聞こえが良くありませんからな、ここはメーアバダル鋼……いや、メーア鋼とでも呼びますかな!」


 するとバーナイトがそんなことを言ってきて、私はメーア鋼の両端を掴み……鉄が折れやすいとはどんなものなのかと、折るつもりで力を込めながら言葉を返す。


「鋼というのは聞いたことがあったが、魔石の鋼というのは初めて聞いたなぁ。

 まぁ、鋼と鉄にどんな違いがあるなんてこと、今まで考えたこともなかった訳だがなぁ……産地の違いとか、色合いの違いから来る名前だと思っていたよ。

 んー……折れやすいということだが、意外と折れないもんだなぁ」


「そりゃ旦那、板状や棒状にしたもんならともかく、地金の状態で折られちゃぁたまりませんぜ。

 それは鋳塊とも言って、運搬しやすいように塊にしとる訳で……って、うわっ、少し曲がってるじゃないですか。

 旦那……そんな真似、洞人族でも出来ませんぜ?」


 言われて地金を持ち上げて視線の高さに合わせてじぃっと見つめてみると……確かに、少しだけ曲がっているようだ。


 少しだけムキになって力を入れすぎてしまったみたいだが……まぁ、うん、鉄とそう変わらない硬さのようだし、それで加工しやすいというのなら、悪くない品なのだろう。


「このメーア鋼も、メーア布のように名産品ということで売れたりするものなんだろうか……。

 鉄のように迂闊に売れないのかもしれないが……バーナイトはどう思う?」


「まー、売れんこともないでしょうが、どうせなら物として完成させてから売った方が良いでしょうな。

 その方が儲かりますし……お言葉の通り敵の手に渡って武器防具にされても厄介ですからなぁ、慎重になるべきでしょうなぁ」


 私の言葉にそう返したバーナイトは、曲がった地金を受け取り片目でじぃっと見つめてから、壁際にあった棚にまるで宝石をそうするかのようにそっとしまい……それから他の施設も案内するとそう言って、岩山のような家々を案内してくれる。


 どこに行っても元気に働く洞人族達がいて……槌を振り回し、よく知らない道具を振り回し、本当に嬉しそうにしている。


 調理場に行けば楽しげに料理を……何故だか真っ黒なスープを作っていて、その側では働き疲れてしまったらしい若者が、スープの完成はまだかまだかとソワソワしながら周囲を歩き回っていたりもする。


 酒を飲んでいる者もいるし、酒を作るためなのか冷やし壺に詰め込まれた木の実の吟味をしている者もいて……これが洞人族の原風景なのだろうなぁ。


 洞人族も今まで色々とあったらしいが、こうして元の生活を取り戻せたなら、こちらとしても嬉しくなるなぁ。


 まぁ、ここはモンスターが多い危険地帯でもあるのだけど……これだけ頑丈な家とバリスタがあれば、なんとかはなるのだろうなぁ。


 ……そもそも洞人族はフレイムドラゴンの一撃や炎にも耐えていたから、余程のモンスターがやってこない限りは問題にもならないのだろう。


 そんな感じで鉱山の見学を終えたなら……バーナイトを始めとした皆に別れの挨拶をしてから、洞人族にたっぷりと世話をしてもらってご機嫌なベイヤースに跨って関所へと向かう。


 今日は関所で一泊するつもりで……そこまで急ぐ必要はないのだが、ご機嫌なベイヤースが勝手に駆けてくれる。


 跳ねるようにして駆けて駆けて、私が上手くそれに合わせないと少しだけ不機嫌になって。


 そんな感じで道を駆け進むと関所が見えてきて……同時にその手前にやたらと広く作られた畑も見えてくる。


 ……いや、本当に広いな。


 関所から草原側に向かってバーっと畑が広がり、井戸が複数あり、道具を置いておくためなのか小屋も複数あり……関所にいる領兵総出で耕したのではないか? というくらいに広い。


 いやまぁ、実際にそうなのだろうなぁ……普段は訓練と見回りしかやることないものなぁ。


 そんな畑には様々な作物が実っていて……世話の手伝いにきているのか、犬人族の姿もちらほらと見える。


 そして……出稼ぎにきてくれている鷹人族の姿もあり、その鷹人族は畑の中央辺りにあるカカシの上にとまって体を休めているようだ。


 小さな鳥も大きな鳥も鷹人族のことを怖がるらしく、サーヒィ達がいるイルク村にはほとんどやってこない。


 そのためセナイ達の畑や婆さん達の畑が鳥の被害に合うことはほぼなく……ここの畑でも同じような効果を狙っているようだ。


 そんな畑の合間を貫く道を進むと……前に来たよりも更に立派に、横に長くなった壁を構える関所が出迎えてくれて、中に入ると……領兵の皆や見慣れない獣人がい楽しげに行き交っている様子が視界に入り込む。

 

 うん? 獣人? 一体誰だ? なんてことを考えていると、領兵の一人が私に気付いてベイヤースの世話を申し出てくれて、同時にモントが義足を軽快に鳴らしながらやってきて、声をかけてくる。


「おう、やっときたか。

 ……獣人連中が気になるって顔をしてるな? 連中は以前のアースドラゴン討伐の際に助けた連中でな、たまにこっちにきて商売をしてくれてんだよ。

 向こうの珍しいもんを売ってくれたり、こっちの……畑の収穫物を買ってくれたりだな。

 ペイジン商会程の取引じゃぁないが、余ってる収穫物を買ってくれるのは中々ありがたくてな、今日もそのための市場を開催してたって訳だ。

 そのついでに王国語や神殿の教え、こっちの習慣なんかを教えてやって……ま、よきお付き合いの第一歩目ってところだな」


「……随分と広い畑を作ったかと思ったら売買が目的だったのか……」


「あん? 畑は広ければ広い程、良いもんだろ?

 収穫物を余ったら売ったら良い、売れ残ったら領主が買い上げれば良い。

 畑を広げて農業が盛んになれば軍が強く……って、そうか、王国じゃぁそういう決まりはねぇのか、それにここには孤児院もねぇしなぁ」


 と、そんなことを言ったモントに詳しい話を聞くと、帝国にはこんな法律があるらしい。


 領主は余った食料を全て買い上げる義務があり、買い上げた食料で料理を作り孤児や傷病者に振る舞わなければならない。


 豊作だった畑から直接買い上げることもあるし、店に並んでいる食品を腐る前に買い上げることもある。


 その価格は農民や商人が困らないような価格にしなければならず……こうすることにより孤児や傷病者を保護すると同時に、農業の活性化を促しているんだとか。


 どれだけ作ったとしても絶対に売れるのだからたくさん作った方が儲かる、だから少しでもたくさん作れるよう工夫を重ねるようになる……とかなんとか。


 そんな法律があると逆に食料を作りすぎてしまうのではないか? なんてことを思うが、農地には限りがあり、そこまでの食料が作れたことは未だにないそうで……いつか食料が買いきれない程に余るようになったなら、その時には法律を変えれば良いと、そういうことらしい。


 そんな訳で、帝国生まれのモントにとって畑とはとにかく広く作るものであり、広くしたら広くしただけ良いものであるという考えがあったようで、その結果が関所前のあの畑ということらしい。


「ふぅむ……それは何と言うか、悪くない話だなぁ。

 そんな法律があれば困る人が減るのだろうし……そのうちそんな法を作るのも良いかもしれないなぁ。

 ……まぁ、イルク村に孤児院はないんだがなぁ……」


「なら作りゃぁ良いだろ。

 この辺りに孤児がいないとしてもそこら中にいるんだからなぁ、引き取ってやればよそ様としちゃぁありがたい限りだろ。

 ……まぁ、まずはそんなことが出来るくらいの余裕を作ることが重要なんだがな。

 来年の夏になりゃぁこの辺りの畑も落ち着くだろうし、余裕が出来るんじゃねぇか?」


 私の言葉にそう返したモントは、近くにやってきた獣人の子供に声をかけられ、そちらに意識を向ける。


 犬か何かの獣人らしいその子は、元気いっぱい尻尾を振り回していて……どうやらモントに懐いているらしい。


 しばらくこっちに来なかった間に、こんなことなっていたとはなぁと小さな驚きを抱いた私は、その様子をしばらくの間眺め続けるのだった。




――――あとがき



お読みいただきありがとうございました。


次回は視点を変えてのあれこれの予定です

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